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殺風景な教室とけばけばしい教室

  放課後、さまざまな教室を見て回ることがある。

 「明日の朝、この教室に子供達がやってくるのだ」と、想定してきちんと整えてある教室が数少ないことは残念なことだ。

 椅子は出しっぱなし。机は、曲がっている。ぞうきんは、落ちている。……

 子どもが「さよなら」と挨拶して、そのまま教室から飛び出していったそのままの状態がそこに残されている。

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 1980年代の冒頭に、校内暴力で中学校が荒れまくったときがあった。

 その時に、研究会で何度も中学校の教室を訪れたことがあった。

 驚いたのは、教室が実に殺風景なこと。

 張り紙が数枚あり、あとは何にもない。

 ここで生徒達は、毎日勉強しているのだと思ったら、寒気がしたことを思い出す。

 「教室ではない。これは空き部屋だ」

 いくつかの教室をのぞいてみたが、どこも五十歩百歩であった。

 校内暴力と、この殺風景さはどこかつながりがないのか、そう思ったものである。

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 小学校で学級が荒れているところも、同じ現象が起きているのではないかと思っている。

 先生達が、教室環境を整えることに気を配っていない。

 そういうところに気持ちがいっていない。

 そのように思えてならないのである。

 ★

 精神科医の中井久夫氏の「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)を読んでいる。

 「どんな環境が人を苛立たせるか」という章で、「色彩」をテーマにしてある。

今日は暴力という問題について、「予防」の見地から考えてみましょう。

すぐ改良できることに、色彩管理があると思います。

赤い色は、脳に対して賦活作用があります。逆に、青色と緑色は鎮静作用があります。東京大学にいらした高橋剛夫先生の研究によると、赤い色によって賦活された脳波は青色を示すことで瞬時に抑えられるということです。緑色も同じです。

  略

青色と緑色はどう違うか。青色はたしかに鎮静的だけれども、視線が安定しないという欠点があります。つまり、われわれは青空を見ると、一点を見ていることがむずかしい。視線がさまようのです。(われわれの先祖が上空から襲ってくるハヤブサを恐れていたのかもしれません。ハヤブサにやられた頭蓋骨がいっぱい出てきているそうです)。それに対して緑色は視線が憩う。経験的に窓の四分の一に緑が入っていると精神的に安定するといわれています。(熱帯の森の枝の上では敵がいなかったのです)

 私はエレベーターのドアだけに臙脂(えんじ)色を使いました。点景として使うと、強い色はじつによい効果を生みます」

 

  中井氏が精神科病棟を設計されたときの様子が語られている。

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 私は、殺風景の教室と共に、色画用紙をべたべたと貼り付けてある教室にも違和感を感じてきた。

 私は、教室に貼り付ける色画用紙は、白とあとは2つの色の色画用紙だけと制限していた。

 それでもそんなことを試みるようになったのは、最後の5年間ぐらいであった。

 教室を見ていて、こんなカラフルな色画用紙をごてごてと貼り付けたら、それに毎日接している子供達は、情緒が安定しないのではないかと思ったからである。

 そのように制限しているのに、さまざまな色画用紙が教室に持ち込まれる。

 全校用として、給食時計の紙、はみがき検査の紙、……。だから、私の試みも、あまり効果がなかった。

 そんなことを思いながら、退職してしまった。

 先生達は、この色彩のことについて無頓着である、とつくづく思ったものである。(私もえらそうなことは言えないのだが)

 私が教室の色画用紙を選ぶときに、よく空色の画用紙と黄緑の画用紙を選んでいた。

 どうしてもその色になってしまう。

 それは良かったのかどうか?

 

 

 

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