« 「味噌汁、ご飯」授業の提案をしたい | トップページ | 運命を分ける要素は、何だろうか »

小学校と中学校の文化の違いとは何か?

   私が書いた「殺風景な教室とけばけばしい教室」について、知り合いの中学校の先生合田先生にコメントをつけてもらっている。とても興味深いものだったので、もう少し考えたいと思う。

 とりあえず、合田先生のコメントを貼り付ける。

 「なるほどぉでありました。
 私は、新採3年目の頃(初めて担任を持った年です)、教室環境について考えました。新採研で知り合った新採仲間の小学校へお邪魔したときショックを受けたからです。
 中学校とはあまりにもかけ離れた賑やかな教室掲示物に度肝を抜かれました。
 ああ、そういえば自分の小学校の時代もそうだったかもしれないと、かすかな記憶を呼び起こしました。
 で、当時の先輩の先生に伺ったのでした。
「○○先生、中学校の教室って、なんだか殺風景ですねえ?」するとその先輩先生はこうおっしゃいました。
「あのね、合田先生、小学校とは文化が違うんだよ、文化が。そんな小学校のようなお飾りをしても意味がないの。中学校は勉強をさせる場なんだから。」
と、もっともらしいお言葉をいただきながら、今以上に変な教師だった私は、この先輩の言葉を鵜呑みにはしませんでした。むしろ、「そうかなあ?」と、軽い反発も感じていたのです。で、どうしたか?
 「教室の詩」というコーナーを作って、心に響くような詩を毎週、掲示しました。
 これが、私の「教室美化」の第1歩でした。その後、「教室環境」をあつかった本を探し(これが実に少ない。中学校用は1冊しかなかったです。)、自分なりにこだわってみました。
 世界地図を貼ったり、今日は何の日コーナー作ったり、それはそれなりの効果はあったと思います。
 でも、床が汚れていたり、ゴミが落ちていても平気だったり、そんなことの方に目がいくようになっていきました。
 そして、時を経て、今我がクラスの教室掲示はシンプルです。実は学級目標も貼っていません。黒板の上によく貼るあれです。一応意味があって貼っていません。意味は「目標は貼らなくてもわかっているようになってないといけない」からです。黒板は授業で使うもので派手な「目標」は、邪魔になるかなと思ったからでした。そして、密かに「目標を意識でなくなったときに貼ろう」と思っています。
ただ、野中先生のように「色」にこだわったことはありませんでした。さすがだなあ。
 「殺風景」と「シンプル」。
 似ているようで、かなり違いますよね。
 どんな掲示物をどう貼ったらいいのか?
 ここでいう「いい」とは、「いかに教育効果を上げるか」ですよね。
 うーん。学級指導は奥が深いですねえ。
 教師を22年やっても学びの途上にいる自分。こんなすてきな職業はないのかもしれないなあ。教師って。
投稿: 合田淳郎 | 2009年10月 6日 (火) 」

 合田先生のコメントを読みながら、なるほど、中学校の教室を殺風景(シンプル?)にしている意味が少し分かる気がした。中学校は、小学校とは文化が違い、勉強する場であること。だから、教室をいろいろと飾り立てても意味がない、ということらしい。先輩の先生の考えである。分かるようで、分からないところもあるが、多くの中学校の先生は、このような考えだろうなあと予想がついた。文化の違い。中学校は、勉強を中心に回っている生活。小学校は、勉強だけではなく、遊びその他の要素が十分入っているというように理解すればいいのだろうか。だから、小学校は、教室を楽しくさまざまな物で飾り立てていると、いう理解でいいのだろうか。

 疑問に思うのは、勉強の場である中学校でも、クラスという場はあるはずであるがそれは想定されていないのか。また、勉強の場ならば、知的な刺激をするコーナーであったり、友達同士の作品などを飾って互いに刺激し合う場もあるのではないか、と思ったりもする。

 ★

 問題は、教室環境を整えるために、掲示物などを貼り付ける意味は何なのだろうということになる。

 思いつくままに書き出してみる。

    1. 備忘録的なこと

       ①学校の約束、学級の約束の掲示、月行事など

       ②学級会の決定(私のクラスは、「ちょこちょこ学級会」で数多く学級会を行っていたので、その決定をずっと貼り付けていくようにしていた。)

       ③当番、委員会、クラブ、教科当番の掲示

     2、確認すること

       ①日直当番の掲示(仕事の進行具合を確認)、一人一役当番の掲示(済ませたかどうかの確認)

       ②目標の掲示(学級目標、その時々のクラス目標など)

       ③子供達の取り組みの結果

     3,知的な刺激

       ①学習で大事なことを掲示する。

       ②子供達のノートのコピーを掲示する。

       ③図工、家庭科の作品掲示で友達同士の作品交流

       ④担任が子供達の知的な刺激をしたいこと  など

 ということになる。他にもあるに違いない。このように上げてくると、1,2は学級作りを意識していることになる。そのためには、どうしても必要な掲示である。これを掲示しなければ、学級作りはとてもスムーズに進行しない。3は、勉強を意識した掲示である。子供達同志の互いの刺激を引き出すことを意図している。

 とまあ、こんなことをまとめてみた。

 合田先生は、いろいろなことに挑戦しておられる。そうすると、小学校と中学校の文化の違いとはなんだろう?そのように思ってみたのである。

 

   

 

 

|
|

« 「味噌汁、ご飯」授業の提案をしたい | トップページ | 運命を分ける要素は、何だろうか »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ブログに私のコメントを紹介してくださり、恐縮至極です。
さて、我が子が今、小学生です。我が子の小学校は学期に一回は「授業参観」があります。私は基本的に自分の授業をやりくりして、極力参観するようにしています。
やっぱり、自分の勤務校よりも教室の掲示物は「鮮やか」です。特に作品が多く掲示してあります。
ああ、そうか。中学校の教室に掲示物がないのは、教科担任制だからだな!と当たり前のことに気がつきました。中学校では担任の教科の作品だけ掲示するわけにはいかないし、体育の先生なんてどうしたらいいのか?
それでも、野中先生の
「疑問に思うのは、勉強の場である中学校でも、クラスという場はあるはずであるがそれは想定されていないのか。」
というご指摘です。クラスという生活の場はないのかということですね。
そうです。ここが問題です。生活の場である学級については、もう少し考えを練ってからご報告します。
ともかく、小学校の良さ、中学校の良さをもっと共有したいです。
重ねて、取り上げていただき、ありがとうございました。

投稿: 合田淳郎 | 2009年10月 8日 (木) 22時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/46432653

この記事へのトラックバック一覧です: 小学校と中学校の文化の違いとは何か?:

« 「味噌汁、ご飯」授業の提案をしたい | トップページ | 運命を分ける要素は、何だろうか »