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1年生は、「おもしろ主義者」

  低学年の子供達は、「その場、おもしろ、理想主義者」であると書いた。

 彼らが、「おもしろ主義者」であることも、少し書いておこう。

 1年生担任の初任者を担当している。昨年度も、そうであった。

 1年生の子供達は、私が来る日(1週間に一度だけ)を待っている。というと、手前味噌的な言い方になるのだが、勘弁してほしい。

 私が、教室に「おはよう」と言って入っていくと、何人かが、早速私の机に寄ってくる。

「先生、あの怖い話、今日続きをしてくれるの?」

「私ね、今度の休みに北海道にいくの!」

……

 さまざまなことを告げに来る。

 私も、早速おもしろいことを言って笑わせる。

 彼らと1年間付き合うことで、心がけたことは、一人一人に「あだな」をつけることと、そのあだなで毎回毎回呼んであげることである。

 もちろん、嫌がる場合は即座にやめなくてはならないが、子供達は、そのあだなを通して、私におおいに親近感を感じてくる。

 とくに、おとなしい子供には、効果的である。(昔は、このあだなで、授業中も呼んでいたが、今はだめだ。授業中と休み時間の区別をしなくてはならない。)

 ★

 授業づくりネットワークの東京大会の講座で、石川先生から子供時代の小林先生のことについての話が出た。

 小学3年生のとき、担任の先生が休まれて、小林先生が1時間だけ補欠に来られて、話をしてくれたことである。

 このことを本に書いていて、この1時間が鮮明な記憶として私に残り続け、今も子供達に話をすることを得意にしているのは、この小林先生のお陰である。

 その時の担任の先生のことも、話題に出た。

「覚えているのですか?」

「いや、ぜんぜん記憶にありません」(爆笑)

 1時間の小林先生と1年間の担任の先生。

 何ということであろうか。

 ★

 これは、私が忘れっぽいというだけではない。そこに本質的な問題があるのだと思ってきた。

 精神科医の中井久夫さんの「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)を読んでいる。

 そこにこんな記述がある。

「患者さんがさんざん聞き飽きたようなことは言わないことです。アルコール依存症の人なら『お酒、やめなさい』と、何百回と聞いていることを言ってみても無駄なだけですよね。どこか新鮮味というか、驚きがある必要があります。だから私はいつも、『この患者がいままで聞いてないことは何だろう』と考えます。

 精神療法って、こんなことなんですよ。いままで聞いたことがないような言葉を耳にして、その人が『なんだろう?』と考えるようにすることが精神療法なのであって、言葉の魔術で患者さんを治すわけではじゃない」

 1年間の担任の先生は、教師らしい言葉を毎回話された。まったく心に残っていない。(それは否定することではないが…)

 1時間の小林先生は、わくわくするような話をされた。それが、子供心に住み着いたということであろう。

 ★

 私が、1年生の子供達に「あだな」を通して関わろうとするのは、何か特別な教育的な試みではない。

 彼らは、そんなあだなをつけて、おもしろいことを言ってくれる大人(先生)に初めて会っているのである。

 それが、なんとも快く、心揺り動かすことである。

 給食の時間、グループごとにまわって一緒に給食を食べる。

「今日は、この班だよね」と、待っていてくれる。大喜びをしてくれるのだ。

 私も、一人一人話題に出して、おもしろいことを言う。

 言われた子供は、「もう!」とぶつマネをしたり、笑ったりする。

 また、その様子を物まねでやってあげると、周りは大爆笑をする。

 担任の先生は、早く給食を食べてくれないかなとひやひやされているのだろうけれど、しばしのおもしろ時間である。 

 

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