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アメリカ訪問記2

 時差ぼけが残っているのであろう。ずっと眠たい状態が続き、ぼうっとして過ごしている。

 夏休みの間、ずっと暇なしで働いてきたので、ここでつかの間の夏休みである。

 目をつぶると、カリフォルニアでのできごとが浮かんでくる。

 ★

 学院の先生達は、ずっと私をさまざまな場所に案内してくれた。

 夕食も、それぞれの先生たちが代わる代わる担当してもらった。地元のレストラン、個人の自宅への招待(日本料理)、タイ料理、日本料理(すし)などさまざまなところへ連れて行ってもらった。

 そして、23日には、M先生の自宅で、校長先生の家族も一緒になって私の誕生祝いをしてもらった。

 前日にふっと「明日は、私の誕生日なんですよ」と言っていて、すっかり忘れていた。

 そこへ突然、ケーキでのお祝いである。

 自宅でも、こんなケーキでのお祝いはないので、もう大感激であった。

 その日、62歳の誕生日。

 アメリカで、誕生日を祝ってもらうなんて、想定外のできごとであった。

 ★

 夢に見た「霧のサンフランシスコ」は、寒くて、震えるぐらいであった。

 明るくて、きれいな街。しみじみとアメリカに来たんだと思った。

 ★

 セスナ機に乗せてもらう。

 校長先生の幼なじみの人である。ソフト関係の仕事をされていて、日本の社長をされているTさん。

 その方所有のセスナ機。4人乗りである。私は、副操縦席に乗せてもらう。

 ちなみにそのセスナ機の値段は、「3500万ぐらいですね」。

 サンノゼの飛行場を飛び立つ。サンフランシスコの上空を旋回して戻ってくるコースである。

 言葉が出ない。絶句する光景である。

 サンフランシスコの上空へ到着したとき、ゴールデンブリッジの上だけが雲の上からかすかに見える。

 サンノゼの上空へ戻ってきたとき、「やってみますか!」と、操縦を促される。

「えっ~~~~~」と言いながら、操縦桿を握る。簡単に操縦方法を教えてもらう。

 まっすぐ飛び続けることがむずかしい。上がったり、下がったり。そして、180

度の旋回をする。

 セスナ機を操縦したのは、日本の教師で初めてであろうと……と思いつつ…。

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 M先生と、カメールへ行く。

 イーストウッドが市長をした町だと言えば、「ああ、そう言えば…」と思い出されるであろう。

 もちろん、全米オープンのゴルフ場だと言えば、タイガーウッズをすぐ思い出されるであろう。

 そう、あの町である。

 西海岸の白い砂浜をM先生と一緒に裸足で歩く。

 何とも素晴らしいことである。

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 サンフランシスコより北へ1時間。

 豪華人気アンティーク列車の優雅な旅。素晴らしい食事を食べ、ワインを飲みながら、ワイン生産地ナパの美しい景観を楽しむ。

 カリフォルニアワインの生産地である。

 なだらかな山並み、果てしなく続くブドウ畑。

 日本では見たこともない景色。

 そこを列車は、ごとごとと進む。

 この景色を言葉にすることは、むずかしい。

 ★

 MUiR WOOdsの森に行く。

 想像していたよりもはるかにすごい。千年、二千年級の杉の木が林立している。

 その杉の木立の中は、寒くて寒くてぶるぶると震える。

 屋久島の杉のことを思い出す。

 アメリカの建国のその前から、ずっとここに立っていたのである。

 

 

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