アメリカ訪問記2
時差ぼけが残っているのであろう。ずっと眠たい状態が続き、ぼうっとして過ごしている。
夏休みの間、ずっと暇なしで働いてきたので、ここでつかの間の夏休みである。
目をつぶると、カリフォルニアでのできごとが浮かんでくる。
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学院の先生達は、ずっと私をさまざまな場所に案内してくれた。
夕食も、それぞれの先生たちが代わる代わる担当してもらった。地元のレストラン、個人の自宅への招待(日本料理)、タイ料理、日本料理(すし)などさまざまなところへ連れて行ってもらった。
そして、23日には、M先生の自宅で、校長先生の家族も一緒になって私の誕生祝いをしてもらった。
前日にふっと「明日は、私の誕生日なんですよ」と言っていて、すっかり忘れていた。
そこへ突然、ケーキでのお祝いである。
自宅でも、こんなケーキでのお祝いはないので、もう大感激であった。
その日、62歳の誕生日。
アメリカで、誕生日を祝ってもらうなんて、想定外のできごとであった。
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夢に見た「霧のサンフランシスコ」は、寒くて、震えるぐらいであった。
明るくて、きれいな街。しみじみとアメリカに来たんだと思った。
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セスナ機に乗せてもらう。
校長先生の幼なじみの人である。ソフト関係の仕事をされていて、日本の社長をされているTさん。
その方所有のセスナ機。4人乗りである。私は、副操縦席に乗せてもらう。
ちなみにそのセスナ機の値段は、「3500万ぐらいですね」。
サンノゼの飛行場を飛び立つ。サンフランシスコの上空を旋回して戻ってくるコースである。
言葉が出ない。絶句する光景である。
サンフランシスコの上空へ到着したとき、ゴールデンブリッジの上だけが雲の上からかすかに見える。
サンノゼの上空へ戻ってきたとき、「やってみますか!」と、操縦を促される。
「えっ~~~~~」と言いながら、操縦桿を握る。簡単に操縦方法を教えてもらう。
まっすぐ飛び続けることがむずかしい。上がったり、下がったり。そして、180
度の旋回をする。
セスナ機を操縦したのは、日本の教師で初めてであろうと……と思いつつ…。
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M先生と、カメールへ行く。
イーストウッドが市長をした町だと言えば、「ああ、そう言えば…」と思い出されるであろう。
もちろん、全米オープンのゴルフ場だと言えば、タイガーウッズをすぐ思い出されるであろう。
そう、あの町である。
西海岸の白い砂浜をM先生と一緒に裸足で歩く。
何とも素晴らしいことである。
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サンフランシスコより北へ1時間。
豪華人気アンティーク列車の優雅な旅。素晴らしい食事を食べ、ワインを飲みながら、ワイン生産地ナパの美しい景観を楽しむ。
カリフォルニアワインの生産地である。
なだらかな山並み、果てしなく続くブドウ畑。
日本では見たこともない景色。
そこを列車は、ごとごとと進む。
この景色を言葉にすることは、むずかしい。
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MUiR WOOdsの森に行く。
想像していたよりもはるかにすごい。千年、二千年級の杉の木が林立している。
その杉の木立の中は、寒くて寒くてぶるぶると震える。
屋久島の杉のことを思い出す。
アメリカの建国のその前から、ずっとここに立っていたのである。
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