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2009年8月

民主党政権誕生と教育政策

 民主党政権が誕生した。

 私は、この夏の講演で、いくつか「もし民主党政権が誕生したら、大きな教育改革が起こるでしょう」と話をすることがあった。

 すでに、「教員免許更新制廃止」を提言している。

 こういう悪法は、何とかしなくてはならないと思っていたので、すぐにでも実現できることを願っている。

 さて、どういうことになるのであろうか。

 「民主党政策集INDEX2009」の教育分野の部分を読む。

 民主党の教育政策の集大成である「日本国教育基本法案」には、次のようにある。

  1. 何人にも「学ぶ権利」を保障
  2. 普通教育の最終的な責任が国にあることを明記
  3. 幼児期および高等教育において無償教育を漸進的に導入
  4. 地方の教育委員会を発展的に改組した「教育監査委員会」を創設し、教育行政の責任を首長に移管
  5. 教育予算の安定的確保のため、教育財政支出について国内総生産(GDP)に対する比率を指標とする  など

 

 「教育の責任の明確化」ということで、国の責任と市町村の役割を明確にした教育制度を構築しようとしている。

 そこで、大きく変わることは、1つに現行の教育委員会制度の抜本的な見直しであり、2つめには、学校は、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家などが参画する学校理事会制度にしようということである。

 また、国の役割を(1)学習指導要領の全国基準を設置 (2)教育に対する財政支出の確保 (3)教職員の確保や法整備など に限定し、あとは最終的に地方公共団体が行使できるようにする。

 ここで、文科省という役所をなくし、中央教育委員会にしようという提言である。

 教員の確保についてはどうか。

「教員が職責を全うできるように、教員免許制度を抜本的に見直します。教員数を拡充するとともに、教員の養成課程は6年制(修士)とし、養成と研修の充実を図ります。教員が子どもと向き合う時間を確保し、教育に集中できる環境をつくるため、経済協力開発機構(OECD)加盟の先進国平均水準並の教員配置(教員一人あたり16.2人)を目指し,少人数学級を推進します」

 ★

 多分、民主党は、この線に沿って、教育制度を変えていこうと模索するであろう。

 私は、現行の文科省や教育委員会制度が、このままでいいわけはないと常々思ってきた。

 自民党の賞味期限が切れたように、現行の教育制度の賞味期限も、切れていると、私は思っている。

 文科省(かつては文部省と言った)が今まで出してきた教育政策で、「これは大いに成果があった」と言えるものがあったであろうか。

 少なくとも私が現場教師として過ごしてきた37年間は、一つとしてなかったと言っていい。

 反対に、右に左に振り子を振り回して、現場を混乱させてきた。

 その責任をいっこうに明らかにせず(総括をほとんどせず)、次から次へと新しい政策を実行して現場を混乱させてきた。

 だから、「教員が子どもと向き合う時間を確保し、教育に集中できる環境をつくる…」と書かれてあるところを見ると、うれしくなるところである。

 だが、だが、これはあくまでもこれからの方向にしかすぎない。

 これから民主党は、文部官僚の壁にぶちあたる。

 多分、さまざまな対応を検討し、さまざまな阻止策を準備し、迎え撃たれるであろう。

 その壁を越えて、いくつの方策が実行されていくであろうか。

 まことに心許ないことである。

  

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アメリカ訪問記3

 訪問記の1,2が旅行記になってしまっている。

 私は、サンノゼまで研修で行ったのである。

 そのこともきちんと書いておかなくてはならない。

 ★

 20日は、朝8時にT先生が車でのお迎えである。

 学院まで車で5分程度のホテルに宿泊している。

 9時の研修へ向けて、さまざまな準備をする。

 20日(木)の午前中

 ①日本の子供達の現状の確認

 ②縦糸・横糸の学級経営

 ③音読の方法について

 20日(木)の午後

 ①授業を支える基礎技術10か条

 ②土堂小のモジュール授業

 ③授業分割法

 ④「ごんぎつね第6場面」の模擬授業についての話し合い(3つのグループに分かれて)

 21日(金)の午前中

 ①教師の仕事術について

 ②3つの課題についてグループごとに話し合う

 ③あかねこ漢字スキルの使い方

 21日(金)の午後

 ①読み聞かせをどのようにしていたのか

  「このつぎなあに」(山中恒)の読み聞かせ

 ②模擬授業

  3人の模擬授業(15分)をする

 ★

 12人の先生達である。分からないところは、途中でさまざまに質問や意見が飛び出してくる。

 こういうところは、初めての経験である。日本では、なかなか途中で手が挙がるということはない。

 新鮮な経験である。

 アメリカでは、こういうことは当たり前のことらしい。

 補習校の先生達は、現地校で授業を受けてきた子供達を受け入れる。

 午後である。

 幼稚部年少3歳児から中学3年生までの420名が通ってくる。

 基本的には、日本に帰国する子女の教育を行うという目的で学校が開かれている。

 日本の学校に合わせて年度は、4月始まり3月終わりである。

 子供達は、週に2回(月水、または火木)登校する。年間の授業日数は、80日

だが、教員は、160日教えることになる。

 教員は、月水のクラスと火木のクラス2つを受け持つ。

 毎日3時間の保育、授業を担当。

 授業は、各学年日本の教育に合わせて行っている。ただ、日数が限られているので、日本で10時間で行う物語単元は、2,3時間で通過することになる。

 先生達の悩みは、私が判断する限りはつぎの2つになる。

 ①時間が限られているので、何を教えていけばいいのかがまず問われる。

 ②時間が限られているので、研究授業などを設定できない。そのために、ともすれば自分の授業がこれでいいのかと不安になる。

 時間との勝負をしなくてはならないのである。

 こういう悩みにどれほど私が応えられたのかどうか、それが問題である。

 ★

 先生達の研修に臨む態度は、素晴らしいものがあった。

 このような真剣な態度を日本ではあまり見たことがない。精一杯学んでいこうとする真摯な態度であった。

 私は、とても恵まれた研修環境のなかで、2日間を終えることができた。

 先生達、ほんとにありがとうございます。

 

 

 

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アメリカ訪問記2

 時差ぼけが残っているのであろう。ずっと眠たい状態が続き、ぼうっとして過ごしている。

 夏休みの間、ずっと暇なしで働いてきたので、ここでつかの間の夏休みである。

 目をつぶると、カリフォルニアでのできごとが浮かんでくる。

 ★

 学院の先生達は、ずっと私をさまざまな場所に案内してくれた。

 夕食も、それぞれの先生たちが代わる代わる担当してもらった。地元のレストラン、個人の自宅への招待(日本料理)、タイ料理、日本料理(すし)などさまざまなところへ連れて行ってもらった。

 そして、23日には、M先生の自宅で、校長先生の家族も一緒になって私の誕生祝いをしてもらった。

 前日にふっと「明日は、私の誕生日なんですよ」と言っていて、すっかり忘れていた。

 そこへ突然、ケーキでのお祝いである。

 自宅でも、こんなケーキでのお祝いはないので、もう大感激であった。

 その日、62歳の誕生日。

 アメリカで、誕生日を祝ってもらうなんて、想定外のできごとであった。

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 夢に見た「霧のサンフランシスコ」は、寒くて、震えるぐらいであった。

 明るくて、きれいな街。しみじみとアメリカに来たんだと思った。

 ★

 セスナ機に乗せてもらう。

 校長先生の幼なじみの人である。ソフト関係の仕事をされていて、日本の社長をされているTさん。

 その方所有のセスナ機。4人乗りである。私は、副操縦席に乗せてもらう。

 ちなみにそのセスナ機の値段は、「3500万ぐらいですね」。

 サンノゼの飛行場を飛び立つ。サンフランシスコの上空を旋回して戻ってくるコースである。

 言葉が出ない。絶句する光景である。

 サンフランシスコの上空へ到着したとき、ゴールデンブリッジの上だけが雲の上からかすかに見える。

 サンノゼの上空へ戻ってきたとき、「やってみますか!」と、操縦を促される。

「えっ~~~~~」と言いながら、操縦桿を握る。簡単に操縦方法を教えてもらう。

 まっすぐ飛び続けることがむずかしい。上がったり、下がったり。そして、180

度の旋回をする。

 セスナ機を操縦したのは、日本の教師で初めてであろうと……と思いつつ…。

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 M先生と、カメールへ行く。

 イーストウッドが市長をした町だと言えば、「ああ、そう言えば…」と思い出されるであろう。

 もちろん、全米オープンのゴルフ場だと言えば、タイガーウッズをすぐ思い出されるであろう。

 そう、あの町である。

 西海岸の白い砂浜をM先生と一緒に裸足で歩く。

 何とも素晴らしいことである。

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 サンフランシスコより北へ1時間。

 豪華人気アンティーク列車の優雅な旅。素晴らしい食事を食べ、ワインを飲みながら、ワイン生産地ナパの美しい景観を楽しむ。

 カリフォルニアワインの生産地である。

 なだらかな山並み、果てしなく続くブドウ畑。

 日本では見たこともない景色。

 そこを列車は、ごとごとと進む。

 この景色を言葉にすることは、むずかしい。

 ★

 MUiR WOOdsの森に行く。

 想像していたよりもはるかにすごい。千年、二千年級の杉の木が林立している。

 その杉の木立の中は、寒くて寒くてぶるぶると震える。

 屋久島の杉のことを思い出す。

 アメリカの建国のその前から、ずっとここに立っていたのである。

 

 

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アメリカ訪問記1

 サンフランシスコ空港から成田まで11時間かかった。

 ところが、行きも帰りも、座席は、エコノミーからビジネスクラスへ変更してくれた。ゆったりした座席で、快適である。

 サンフランシスコを25日(火)の12時10分に出発し、日本には、26日(水)の14時45分に到着した。

 時差が16時間ある。

 とにかく成田へ降り立ち、ドルを円に換え、借りていた携帯を返却し、横浜行きのバスに乗る。行きの時に手間どった分だけ、スムーズである。

 横浜の空は、もう秋であった。

 夏の暑さは、もうどこにもなかった。

 ★

 私が訪れたサンノゼは,サンフランシスコから1時間ほどのところにある。

 シリコンバレー(シリコン半導体メーカーが密集している盆地地帯)の中心地帯である。

 その地に、日本人補習校三育学院サンタクララ校があった。

 19日の夕方に訪れたとき、まだほとんどの先生達は、26日から始まる2学期の準備に追われて教室におられた。(ここは8時頃までは、まだ明るいのである。)

 運動場が広く、教室もゆったりしている。理想的な教育環境である。

 ここで明日から2日間の研修である。身が引き締まる瞬間。

 ★

 地中海性気候である。

 広辞苑をひいてみると、「1年中温和で、夏は雨が少なく、冬は多い。地中海沿岸のほかに、オーストラリア南西部やアメリカの南西岸にも見られる」とある。

 私がいた1週間も、朝のうちは少し曇っているが、そのうちに晴れてきた。雨はまったく関係ないという状態である。

 ここにいる人たちは、傘を持つことがない。傘を売っているところもない。

 冬の時に雨が降れば、車まで濡れていくだけだ、と。

 なんとも気持ちの良い気候である。からっとしている。日がさすところへいくと、暑いが日陰に入ると涼しくなる。朝夕は、上着がなければ、ちょっと寒くなる。はじめて経験する気候である。

 だが、何とも喉が渇く。2日間の研修の時、しゃべりながら、始終水を飲む。

 一つ驚いたことは、この地の人たち(アメリカ中の人たちとも聞いた)は、ハンカチを持つ習慣がないことである。

 サンタクララの先生達も、みんなハンカチを持っていなかった。

 汗をかかないし、トイレでは、どこにもペーパーが備えられていた。

 ハンカチを使う私をアメリカの人たちは、奇異な目で見たに違いない。

 アメリカとの出会いは、こうして始まった。

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自分の授業スタイルを形成するということ

   11,12日の授業づくりネットワークの大会は、東京の成蹊大学で行われた。

 私も、12日に「3・7・30の法則とその由来」というテーマで2時間の講座を設けた。

 石川晋先生が、私の対話者であった。80名の参加者。

 対話の最後に、石川先生の「最後に、野中先生から皆さんに伝えたいことはありませんか?」という問いかけに次のような話をした。

「初任者指導の仕事をするようになって、いわゆる普通の授業をいっぱい見られるようになりました。

 考えてみれば、現役の頃は、研究授業を見ることはできても、いわゆる普通の授業を見ることはできませんでした。

 今は、初任者の普通の授業をずっと見ています。

 それらの授業を見て思うのは、『普通の授業は、問題点の宝庫だな』(笑)ということでした。もちろん、問題点ばかりではなく、メリットのところもあるのですが、ここにはさまざまに検討すべき問題点が満載なのです。

 皆さんにも、ぜひともいわゆる普通の授業にもっと注目してもらいたいと思いました。

 しかし、現役の先生方には、もちろん他の先生の普通の授業を見る機会はありません。

 でも、よく考えてみれば、あるのですよ。自分の普通の授業です。

 自分の授業をカメラで撮ったり、録音したりして、もっともっと自分の普通の授業に向き合わなくてはならないと思いました。

 目をふさぎたくなりますよ。耳をふさぎたくなりますよ。

 それでも、自分の授業に向き合って、その授業をどのように変えていくかを考えていくことが一番大切なことだと思うようになりました。

 ともすれば、良い授業をいっぱい見て、そのいいとこ取りを自分の授業にしていくように発想しがちですが、それではだめだと思います」

ということを語った。

 もっともっと自分の「普通の授業」に向き合っていくことだという話である。

 優れた授業を見ていくことは必要なことである。しかし、その優れた授業をそのまま自分の授業に持ってきて、自分の授業スタイルを形成しようということは、発想が逆だと思う。

 そうではなく、自分の授業に向き合い、自分の授業のどこが子供達を惹きつけ、どこが集中を欠けさせているのかという視点から検討を加えていく作業を続けていくことだ。

 そうしたとき、初めて他者の優れた授業が見えてくるのだと思う。

 こんなことを語ったのである。

 ★

 こうして授業づくりネットワークの講座が終わった。

 次の日、慌ただしく郷里の佐賀へ帰り、母に会い、兄弟、親戚たちに会ってきた。

 いつもの暑さはなかった。いつもは、35℃以上の暑さに悩まされる。

 15日には、横浜へ帰ってきた。

 昼間の暑さは、こちらは厳しいが、朝夕は涼しくなる。

 秋が近いのかもしれない。暑さに弱い私としてはうれしいことである。

 これからアメリカのサン・ノゼへ1週間ほど出かける。

 このブログもしばらくお休みである。

 帰ってきたら、いくらかアメリカ報告記を載せるつもりである。

 帰ってくる頃には、こちらはもう秋になっていないかなと期待している。

  

 

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業務連絡です

 「3・7・30の法則」の資料を希望されている千葉の黒田さん、愛知の三輪さん

 私のメールに連絡をください。お願いいたします。

 添付資料で送ります。

 メールは、次の通りです。

 kazenifukarete@hkg.odn.ne.jp

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「3・7・30の法則」の由来とは?

   9日、10日は家にいて、アメリカの三育学院研修セミナーの資料作りと12日の成蹊大学で行われる授業づくりネットワーク講座の準備をする。

 ネットワークは、「『3・7・30の法則』とその由来」というテーマである。

 私が、「3・7・30の法則」をいかにして生み出したのか。

 それをさまざまな私の履歴を含めて聞き出そうという試みである。

 その対話者が、石川晋先生である。

 あまりぴんときていない私から、いろいろ聞き出してもらえるのだろうか。

 いやいや、ご苦労なことである。

 ★

 この課題は、私が「普通の教師」として教師生活を送ろうと思い決めたところから始まっているのだと思っている。

 「普通の教師」というと、おかしなことだと思われることであろう。

 「普通の教師」が、「3・7・30の法則」なんか提起するのだろうか。

 若い頃、向山洋一先生や大森修先生の授業を見た。すごい授業であった。

 「私もあんな授業をしてみたい」と少しは思ってはみたが、所詮無理だなと思った。

 野口芳宏先生にも、私のクラスで授業をしてもらった。名人と言われる人の高さを見た。

 このような名人になろうと思わなかった。思ってもなれなかったであろう。

 私は、「普通の教師」で十分であると思ってきたのである。

 授業の名人達は、学級経営にも長けていて、彼らは十分に自分なりの方法でクラスを思う存分に動かすことができるであろう。

 私は、「普通の教師」だからこそ、そこにはきちんとした方法論がなければならないと考えていた。しかも、その方法論は、ちょっと努力すれば獲得できるものでなければならない。

 これだけのことをきちんとやれば、学級は組織としてちゃんと成立していくのだという方法論である。

 ★

 小学校における「学級崩壊」が、大きく運命を変えていった。

 この事態は、これからの小学校教育の命運を変えていくものになるであろうと思われた。

 そして、その事態は、今もなおまったく変わっていない。

 どのように対処していくのか。それが試されたのである。

 一人だけ安逸に教師生活を終えていくことはできない。

 55歳での決断であった。

 今もなおその渦の中に巻き込まれている。

 こんな中での「3・7・30の法則」の提起であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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名古屋は賑やかで、大都会であった

  6日(木)IMETSフォーラム2009の講座を担当するために、東京M区のK中学校へ向かう。

 15:00から2時間の講座である。私が小学校の若手の先生達の担当で、池田修先生が、中学校の若手先生達の担当である。

 久しぶりに池田先生と会う。

 池田先生は、京都と東京を新幹線で行ったり来たりしている。

 私の講座は、「9月に備える学級経営のポイント」というテーマで行う。

 前半を「縦糸・横糸」張りの点検をして、それについて説明。後半は、「群れ」を「集団」へ高めていく方法を考え、目標達成法での目標作りをする。

 30名程度の5年次以下の先生達であったが、とても集中して取り組んでくれた。

 あっという間に2時間が過ぎる。

 その後、池田先生とともに、お台場海浜公園の砂浜を2人で歩きながら、懇親会場へ向かう。そして、早めに着いたために、お台場のレストランでビールで乾杯。

 ★

 7日(金)は、朝7時過ぎに、タクシーで新横浜へ向かう。

 新幹線で、名古屋へ向かう。

 14:00から愛知県日進市での「中堅教師研修会」での講演である。

 200名の方が参加しての研修である。テーマは、「今、学校づくり、学級づくりで、大切にしていくことは何か」である。

 日進市の市民会館大ホール。

 1000人入る大ホールである。大きな舞台での講演は、初めてのために戸惑う。

 やむなく、舞台から降りていって、通路をうろうろしながら話をする。

 日本の子供達の現状、縦糸・横糸論、3・7・30の法則、学校を立て直すということについて話をする。

 女性の先生達が、多く反応を返してもらえる。ありがたいことである。

 その夜、親しい知り合いのT先生、初めてお会いした先生(共に指導主事の先生)、また学校経営コンサルタントのO先生と、名古屋の焼鳥屋で飲む。

 話は、とてもおもしろく、延々と語り合う。

 ホテルへ帰り着いたのは、11時過ぎ頃。

 名古屋は、賑やかで、大都会であった。

 

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業務連絡です

 8月11,12日の東京成蹊大学で行われる授業づくりネットワーク大会の宣伝をしておきたい。

 もうすでに260名の方が申し込まれているという。

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授業づくりネットワーク2009in東京

技術と省察の教師力の探求~学び合う教師をめざして~
 主催 NPO法人「授業づくりネットワーク」
 後援 東京都教育委員会
    武蔵野市教育委員会

■日程
 2009年8月11日(火)~12日(水)

■会場
 成蹊大学4・9号館(東京都武蔵野市)

■8月11日(火)
10:00~12:00 講演・対話型インタビュー
「教師のライフヒストリーから学ぶ~辞書引き学習法を中心に~」
 講師:深谷圭助(立命館小学校)
 対話:森脇健夫(三重大学)
 進行:上條晴夫(東北福祉大学)
13:00~15:00 体験型講座
「安定した授業づくり・安心のある学級づくり」
A:ワークショップで学ぶ意欲を育てる小学校国語科授業
 講師:木附隆三(東京・町田市立鶴川第一小学校)
B:PISA型読解力を育てる中学校国語科授業
 講師:堀裕嗣(北海道・札幌市立北白石中学校)
C:学習ゲームで楽しく力がつく算数科授業
 講師:竹松克昌(神奈川・茅ヶ崎市立鶴嶺小学校)
D:楽しく学ぶ実験と観察 「言語活動」を生かす理科授業
 講師:真田伸夫(山形・寒河江市立白岩小学校)
E:全員わかるをめざす「学び合い」の社会科授業
 講師:阿部隆幸(福島・本宮市立糠沢小学校)
F:特別支援教育に学ぶ授業づくり・学級づくり
 講師:池田康子(神奈川・川崎市立下河原小学校)
 講師:上原淑枝(神奈川・川崎市立百合丘小学校)
G:プロジェクトアドベンチャーを活用した小学校学級づくり
 講師:高久啓吾(神奈川・寒川町立一之宮小学校)
H:エンカウンターを活用した中学校学級づくり
 講師:明里康弘(千葉・千葉市立磯辺第一中学校)
15:30~17:30 Mini-1グランプリ2009
「第3回全国大会~授業づくりプロへの登竜門~」
 進行:土作彰(奈良・広陵町立広陵西小学校)
18:00~20:00 懇親会(希望者のみ)

■8月12日(水)
10:00~11:30 体験型レポート検討
「『あすの授業』を語り合おう!」
 進行:佐内信之(東京・杉並区立方南小学校)
12:30~14:30 対話型講座
「ライフヒストリーから学ぶ授業づくり・学級づくり」
I:物語を読むための「10の観点」とその由来
 講師:白石範孝(筑波大学附属小学校)
 対話:鶴田清司(都留文科大学)
J:理科実験を効果的にする「学び合い」とその由来
 講師:水落芳明(上越教育大学)
 対話:赤坂真二(上越教育大学)
K:学級づくりに役立つ「3・7・30の法則」とその由来
 講師:野中信行(神奈川・横浜市立子安小学校)
 対話:石川晋(北海道・上士幌町立上士幌中学校)
L:学級づくりに求められる「学級担任論」とその由来
 講師:池田修(京都橘大学)
 対話:喜岡淳治(成蹊大学)
15:00~16:40 模擬授業
「ハイブリッドのすすめ~新旧技術の混交~」
 講師:鈴木啓司(千葉・市川市立曽谷小学校)
 講師:石川晋(北海道・上士幌町立上士幌中学校)
 進行:上條晴夫(東北福祉大学)
16:45~17:00
発表!「授業づくりネットワーク2010in京都」

【参加費】
〈2日間〉
 一般   8000円
 会員   7000円
 一般学生 4000円
 会員学生 3000円
〈1日のみ〉
 一般   5000円
 会員   4000円
 一般学生 3000円
 会員学生 2000円
【懇親会費】
 3000円(希望者のみ)

●申し込み先
 http://jugyo.jp/nw2009natu/

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忙しい日々を送っています

  6日が、東京M区の若手小学校先生達へ向けての学級経営講座である。

 教育工学のこの大会に、池田修先生も、中学校先生達へ向けての講座をやられるという。

 「懇親会でちょっとだけ会いましょう」とメールを交わす。

 7日は、愛知県日進市の中堅教師研修の講演である。日進市の教育を背負っておられる200名以上の先生達が集まられる。

 こういう先生達に、私に何の話ができるのか、そこが問題である。

 テーマは、「今、学校づくり、学級づくりで、大切にしていくことは何か」である。

 市民会館の大ホールしか取れなかったということで、「周りに先生達が行かないようにして、真ん中に集めますから」と。

 こんな広いところで、話をするのは初めての経験である。

 つくづくパワーポイントが使えるようになっていてよかったと思う。

 この日も、名古屋で、親しい知り合いのT先生やO先生と「久しぶりです。会いましょう」ということになり、名古屋に一泊。楽しみである。

 ★

 東京の親しいK先生からメールが来ていた。

 授業づくりネットワークの東京大会の私の講座に参加しますという連絡であった。

 東京で、社会人から教師になられて3年目である。

 教師になられるときに、私のクラスの授業訪問にこられた方である。

 1年目に、学級崩壊に会われて、教師を辞めるかどうかの瀬戸際まで行かれた。辛い、厳しい生活をされたのだと思う。

 メールでは、子供達への見方が変わったことを書かれていた。

 1つの大きな壁を乗り越えられたのだと思う。

 あのとき、よく持ちこたえられたのだ。

 私は何の手伝いもできなかった。

 ★

 人は、自分の人生で辛い日々を何度か味わう。

 自分の生き方のレベルが上がったとしても、辛い日々は、公平に誰にも訪れる。

 それをどのように凌いでいくか。

 詩人永瀬清子は、次のように書いた。

「日々は垂直に立った梯子をのぼるように困難だ。しかも上へいけば行くほど」

 

 

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「体への投資」を考える

   一日検診(人間ドック)をする。

 朝8時過ぎに行くが、ほんとうは10時30分からの受付であった。

 それでも何とか入れてもらう。

 スムーズに進む。1時間で、全部の検査を終える。

 最後に、医者による最終検診である。

 驚いたのは、胃のバリウム検査のフィルムと胸部の検査のフィルムが、すでにそこにあり、それを見ながら「異常ありません」と言われたことである。

 「えっ、こんなに早いの!」と思ってしまった。

 今日判定できるところは、全て異常なしという判定である。

 ★

 退職して、昨年は少し太ってしまったが、今年は、体重を元に戻している。

 171センチの身長に、体重63キロだから、まあまあ軽めの体である。

 自宅にある体重計は、体脂肪や内臓脂肪などが出てくるものであるが、同時に何歳ぐらいの年齢なのかも出てくる。

 49歳か50歳を表示している。今年62歳になるので、体的には、10歳ぐらい若いことになる。

 一日一万歩を目標にして、とにかく歩いている。一万歩というと、1時間30分は歩くことになる。

 勤めに行くときは、駅までの距離を歩いていく。(30分程度)帰りも、歩いて帰ってくる。それで十分に一万歩になる。

 家にいるときは、朝の10時に30分の散歩。夕方4時には、1時間の散歩を日課とする。

 雨の日は、どうするか。

 家の中を熊のように歩き回る。(笑)

 気まぐれにやっているわけではない。最優先の日課として考えている。

 ★

 車を持たない主義だったので、若い頃から通勤は,自転車だった。

 最近は、その自転車もほとんど乗らない。ただ、歩くばかりである。

 教諭のままで、定年まで仕事をしようと思っているなら、体第一主義で貫いていかなくてはとてもやってはいけない。

 これからは、もっと大変になりそうな気がする。

 さて、管理職になっていく人についてはどうなんだろう。

 最近、私が知っている管理職だった人が、64歳で亡くなった。3人である。

 がんである。

 よく知っている副校長も、一昨年現役のまま、50歳で亡くなった。脳溢血だった。

 管理職も、最近激務である。彼らが大変なのは、土日の休養日に出勤することが多いことである。

 地域のさまざまな組織が、管理職の参加を促している。

 だから、日頃のストレスと忙しさで、体を休めることができないのであろう。

 私の親しい知り合いに(その人も校長で定年を終え、私と同じ初任者指導の教員をやっている人である)、「どうして校長を終えて、5年以内に亡くなっていく人が多いのでしょうか?」と聞いてみた。

 「日頃は、校長として目まぐるしいほどの日程をこなしているが、退職してぽっかりと穴が空いたような状態になるんだよ。ほんとに何もない。今までのことがうそのような暇ができる。それが危険だよ。だから、徐々に暇にしていかなくてはならない。少しずつ、少しずつ…。だから、何かの仕事を続けてやっておくことは大事なことだよ」

 ★

 若い頃には、体に対する配慮などほとんど考えない。

 無茶な仕事や無茶な飲み食いをしても、なんとかなるからである。

 しかし、そのつけは確実に体にくる。

 経済評論家の勝間和代さんの本を読んでいたら、「体への投資」という言葉が出てきた。

 体へも投資していくという考え方は、私たちの世代には考えられない発想である。

 これからの人たちは、確実に「体を健康に保っていくためにどのように投資していくのか」は、必須の課題のように思えてくる。

 

 

 

 

 

 

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日本の子供達の現状

   8月6日(木)に行う次の講座の準備をしている。

 IMETSフォーラム2009(第36回教育工学研修中央セミナー)の一環として開かれる東京M区の講座である。

 教師経験5年次以下の先生達が、30人から40人ほど集合される。

 その先生達に、「9月に備える学級経営のポイント」というテーマで行う。

 その準備の間に、アメリカの三育学院の講座の準備をする。

 まず、アメリカにおられる先生方に、日本の子供達の現状を伝えておかなくてはならない。

 そのための資料作りをする。パワーポイントの作成である。

 これを使いながら、気づいたことであるが、このパワーポイントは、撮った写真、雑誌の資料をどんどん取り込んでくれることである。

 カラーのままで取り込んでくれるためには、スキャナーつきのプリンタが必要であるが、私が先日買ったエプソン(EPー801A)のプリンタは見事にそれに応えてくれる。3万円程度のプリンタである。

 ★

 週刊ダイヤモンド(7/25)の「子ども危機 この国で産み育てるリスク」の特集は、豊富な資料を載せている。

 その資料をいただくことにする。

 日本の子供達の現状を確認しながら、改めてちょっと身震いするような感覚におそわれている。

 6年前に、「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」という本の中で、日本の子供達は、世界のトップを切って、消費資本主義の実験場になっていると書いた。

 まさに、その通りだ。

 携帯電話の現状も、学力低下の現状も、学習意欲の現状も、…全てにおいて世界の子どもたちの中で、日本の子供達は、特異な存在として浮き出ている。

 世界の子供達とちょっと違うのではない。

 ものすごい違いを際だたせる。

 例えば、週刊ダイヤモンドは、ある小学校6年生女子の休日(多分土曜日であろう)の過ごし方を載せている。(特定非営利活動法人子どもとメディアによる調査)

 ○午前6時起床。7時30分までテレビを見ながら朝食を食べ、その後9時までテレビを見ながらゲーム。9時から12時まではゲームに集中。

 ○12時からは昼食を食べながら引き続きゲーム。13時から18時までは、携帯電話でメールやゲーム。

 ○18時から22時までは、テレビを見て、22時から2時間入浴。

 ○午前0時から3時まではインターネットでブログ、その後、4時30分の就寝までは再び携帯電話。

 ほんの特定の子の、たまたまの過ごし方であろうと思われるであろう。

 しかし、長く高学年と付き合ってきた経験から言えば、これがちっとも特定ではない。クラスでは、すでに数人の子どもが、こんな時間を送っていると断定することができる。

 それでもやりたい放題ではないか。

 これから読み取れることは、他の家族はどうしているのだろうということ、親は、何も注意できないのか、午前3時から4時30分まで携帯を使っているということは、相手も起きているということ、……である。

 恐ろしいことである。

 恐ろしいと思わなければ、もはや日本は破滅である。

 ★

 こんなことをアメリカ日本人学校(補習校)でがんばっている先生達に伝えてどうなるものであろうか。

 つくづく虚しい思いに苛まれる。

 問題は、何がこのような恐ろしい子供達を育ててきたのか、ということである。

 私の教師経験から言えば、70年代までは、こんな子供達が出てくる兆しはまったくなかった。

 おかしくなったのは、80年代以降だ。

 この30年間の間に、きっと何か、こんな子供達を作り上げる仕掛けが備えられたのだ。

 これをはっきりさせなければいけないはずである。

 

 

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