« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

いんこのぴーが亡くなりました

 私的なことを書いておこう。

 インコのぴーが亡くなった。22日(月)のことである。もう1週間になろうとしているが、心穏やかではない。

 落ちこんでいる。たかが、鳥であり、ペットにしか過ぎないが、家族同様に過ごしてきて、かけがえのない存在だったので、自分の身が削がれる思いになっている。

 ★

 ぴーは、最初大池小の鳥小屋で飼われていた。しかし、いじめられて、一緒に飼えなくなり、職員室で一ぴきだけ飼うことになった。2年間職員室にいた。

 年齢も、男女も不詳である。たぶん、10年以上は生きていることは世話をしている先生達によって確認されていた。

 私によく慣れていた。

 ある年、世話を良くしている先生のお父さんが亡くなり、正月をどうしていこうかという話になった。

 私が、正月だけ家に連れて行き、飼うということに決まった。

 しかし、それ以降、ずっと私の家に住み着いたことになる。

 いつも私の帰りを待っていて、私が帰ると「ぴっ、ぴっ」と小屋から出せ、出せと要求した。

 私の左手の中に入ることが大好きだった。

 いつも、私がソファーで寝そべるとき、私の胸の上にいることを好み、二人(?)でウトウトとすることを日課としていた。

 ★

 先週の土曜日(20日)のこと。いつものように、私が左手に抱こうとしていると、突然右の羽の下から大出血をした。

 あわてて、血止めをして、近くの動物病院に運び込んだ。

 今までも何回か出血をすることがあったが、その都度自分でうまく回復させていた。

 しかし、今回の出血は、そういうものではなかった。

 輸血はできない。ただ、これ以上出血するのを防ぎ、血液ができるのを待つ以外にない。

 医者は、右の羽にテーピングをして固定した。動けない。

 そのまま家へ連れてきて、様子を見る以外になかった。

 3時間ぐらいぐったりと眠る以外になかったのだが、その日、夜中に元気になり、ばたばたと暴れることを繰り返した。

 翌日、このままでは餌も食べることもできないと思い、医者に連れて行き、テーピングを取ってもらうことにした。医者は反対だったが、今までもそのようにして回復してきたので、ぴーの生命力に期待することにした。

 その日は、夜に元気になり、えさ箱にかじりついて、必死に餌をついばもうとする仕草を繰り返した。

 ぴーにも、餌を食べることが生きながらえることなのだということが、本能で分かっていたのだと思える。

 しかし、やはりいつものように食べることができなかった。でも、1時間ぐらいえさ箱から離れず、必死に食べようとした。それは異常のように思えた。

 ★

 22日(月)の日。私は、勤務があったので、学校へ出かけた。

 その日、一日中ぴーは、女房の手で過ごし、べたべたと甘えたという。少しでも小屋へ入れると、すぐ「ぴっ、ぴっ」と呼んで、来てくれと催促して、買い物にもいけない状態だったらしい。電話をすると、「元気だよ」ということであった。

 夕方、私が帰ってくるのを必死で待っていたのだと思う。

 「ぴーただいま」と声をかけると、箱の中で、ぐったりと横たわっていた。

 「今まで元気だったのよ」と料理を作る女房の声だが、私に対する反応がない。これはおかしいと抱え上げると、ぐったりとしていた。

 それからである。

 私の手に包み込んで、湯たんぽで暖め、暖め、………。

 それでも、しばらくすると私の手をつつくぐらいの元気さを回復した。

 私と女房に、交互に抱かれながら、さかんに手をつつき、最後の元気さを振り絞っているように思えた。

 しかし、だんだんその元気さがなくなってきた。

 水で薄めたお湯を飲ませた。しばらく、おいしそうに飲み干し、何度も口をぱくぱくさせて、あたりをきょろきょろと見回し、……体が硬直していった。

 眠るように、満足した顔つきで静かに息をひきとった。大好きな私の左手に抱かれながら……。

 22日(土)の午後9時になっていた。

 3年と6ヶ月、私の家にいたことになる。

 ★

 それからもう1週間になろうとしている。

 私たち夫婦は、自然にぴーがいた鳥小屋に目が行き、ぴーの鳴き声に耳を傾ける。

 私たち夫婦の日々に、どっしりと腰を下ろして、彩りを添え続けた。

 私たちの言葉のいつくかにはきちんと反応し、小屋から出てきて、ちょこちょこ歩き、別の部屋にいる私たちを迎えにきて、こっちへ来いと呼びかけたのである。

 その姿をもう二度と見ることができない。

 ★

 ぴーは、玄関の扉のそばに埋められている。

 毎朝、女房は、そのお墓に大好きだったとうもろこしや小松菜をあげている。

 そして、さかんに、話しかけている。

 静まりかえった部屋で、ぴーとともに作り上げてきた日常を、また新しい日々に変えていかなくてはならない。

 ここ2,3日の暑さは、もう本格的な夏の到来を思わせる。

 しかし、ぴーがいない夏をどういうように過ごしていくのか、私はまだ想像できないでいる。 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「明日の教室」3巻 発刊される

 「明日の教室」~学級経営の基礎の基礎~3巻「授業をつくる」が発刊された。

 「ぎょうせい」という出版社では、一番の売行きであると聞いた。

 今回の本も、そうそうたるメンバーでの執筆である。(私も一部参加させてもらっている)

 ぜひ買って読んでいただきたい。

 

 

  書籍『明日の教室』第三巻が出ました

  書籍『明日の教室』第三巻が出ました。
  第三巻は、「授業をつくる」です。

  さて、第三巻の表紙の色は何色でしょうか(^^)。

 ◆

 目次
 1 授業
  ・「授業をつくる」とは 
  ・授業観のとらえ方

 2 教師の立ち位置・子どもへの指示 
  ・声の出し方 
  ・指示の出し方・話し方(話術)
  ・チョークの使い方・板書 
  ・発問のつくり方

 3 ICTの活用・授業で使える小物 
  ・ICTの活用・デジカメ編 
  ・ICTの活用・プロジェクタ編 
  ・授業で使える小物

 4 机間指導・ノート指導  
  ・机間指導 
  ・ノート指導

 5 教材研究 
  ・教材研究・理論編 
  ・教材研究・外部との連携で授業をつくる 
  ・教材研究・子どもの実態や教師の願いに基づくもの

 6 授業の構成・指導案・テスト 
  ・授業の構成 
  ・授業スタイルの大きな分類 
  ・指導案の書き方 
  ・テストのつくり方・採点の仕方

 7 修養・学び合い 
  ・修養 
  ・学び合い

  代表編者紹介(肩書は発刊当時、敬称略)
  池田修…いけだ・おさむ/京都橘大学准教授
  糸井登…いとい・すすむ/京都府宇治市立菟道第二小学校教諭

  第3巻執筆者紹介
 阿部隆幸…あべ・たかゆき/福島県本宮市立糠沢小学校教諭
 梅本裕…うめもと・ゆたか/京都橘学園理事長
 佐藤正寿…さとう・まさとし/岩手県軽米町立笹渡小学校副校長
 杉浦元一…すぎうら・げんいち/東京都杉並区立和田中学校主任教諭
 土作彰…つちさく・あきら/奈良県広陵町立広陵西小学校教諭
 仲里靖雄…なかざと・やすお/立命館小学校教諭
 西川純…にしかわ・じゅん/上越教育大学教授
 野口芳宏…のぐち・よしひろ/植草学園大学教授
 野中信行…のなか・のぶゆき/横浜市立子安小学校教諭
 堀裕嗣…ほり・ひろつぐ/札幌市立北白石中学校教諭

 ◆

 インターネットでのお申し込みは、
http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-003
へどうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

Y先生は、実は横藤先生だったのです

 先日の「挙手発言 名前カードのこと」についてのブログを書いた。

 知り合いの合田先生(中学校の先生)が、次のようなコメントをつけられている。

  私も最近野中先生と同じことを「ようやく」考えていました。
  発問なしの授業は成立しうるか?
  先日、ちょっと意識してやってみたのです。
  でも、難しい。
  つい確認したくなってしまうのです。
  中学校教師の性でしょうか?
  「定期テストの範囲」とか
  「入試対策になっているか」とか
  考えてしまうのです。
  でも、挙手発言のない授業は、考えてみる価値がありそうです。
  Y先生はどんな授業をイメージされているんでしょうねえ。

 実を言えば、Y先生とは、札幌の横藤先生なんだが、(名前を出してもらってよかったのにと言われた)私のブログにコメントをつけてもらえるように確認を取った。

 そのブログで、野口芳宏先生の「授業で鍛える」(明治図書新書)を紹介しておいたが、この本は、ぜひとも読んでおかなくてはならないものである。

 「挙手発言をさせない」とするなら、どうするのだろうか。

 野口先生は、引用した部分のあとに、次のように書かれてある。

「教育学の泰斗デューイは『なすことによって学ぶ』と言った。この言い方に倣えば『発表することによって発表技術が身につく』ということになる。まず、何はともあれ、すべての子どもを発言させなければいけない立場に立たせてみることが大切である。

 そのための方法には、たとえば『列指名』という方式がある。前から順に、ひとりずつ、その列の全員に発言させる方法である。これならば、その列の全員に発言するチャンスが与えられる。

 また、ある意見に対して、賛成か反対かをノートに書かせ、賛成派、または反対派に順次発言させていく方法もある。これを仮に、「同類指名」とでも名づけたらよいであろう」

 先日の示範授業の時は、私は、ほとんど「列指名」と付け加えに「挙手発言」を使った。

 全員、発言をするということになった。

 さて、横藤先生は、どんなことを期待されていたのだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

内田 樹さんの結婚

  内田 樹さんが結婚した。「誰、それ?」と思っている人は、本を読んでいない人であろう。

 最近では、「街場の教育論」(ミシマ社)を出されている。

 池田修先生が、大学の講座で扱われている本である。

 59歳である。

 内田先生のブログを見ながら、その中で結婚を発表されていたので、びっくりしたものである。

 同じようにびっくりされた方があったのだろう。私が見たときには、カウントが、16000に跳ね上がっていた。

 友人の平川克美さんのブログも見ていたら、友人代表として祝辞を述べられていて、その祝辞が書かれてあった。(最近「経済成長という病」講談社現代新書という素晴らしい本を出されている。)

 とても心温かくなり、最近にないできばえである。

 私のブログを読んでいる皆さんにお裾分けをしようと思う。

結婚式も、宴会も、これぞオーソドックスというスタイルのものであった。

俺は友人代表ということで、「ひとこと」を述べる段取りになっていた。

結婚式は随分出席しているが、

ほとんどは、主賓であったり、会社上司という役回りなので

友人代表というのは、この年にしてはじめての経験であった。

オーソドックスな結婚式で、友人と云うのはどのような挨拶をするのであろうか。

おそらく、こういう場合友人は「お手紙」を読むものであると思い至り前日の晩に、ちょっとした作文をつくっておいたのである。

ぼくが内田くんと出会ったのは小学校五年生の二学期でした。かれは、転校生としてぼくの通う東京の南の外れにある場末の小学校にやってきました。大田区立東調布第三小学校です。

1961年、オリンピックの三年前の出来事でした。」

それから、何を書くべきか。こういう場合はエピソードをいれることになっている(はずである)ので、小学校時代のエピソードをひとくだり入れたのである。

そしてエンディング。

「はじめての出会いから数えると五十年近い付き合いということになります。自分の子供や、女房よりも長い付き合いです。こんなことがあるのだろうかとときどき考えることがあります。運命とか、友情なんていうことばは、ぼくたちには似合いません。悩みを打ち明けたり、喜びを分かち合ったりするような友人でもありません。

おそらくはお互いに、理想化された他者というものの重要性を感じており、それを丁寧に育ててきたということではないかと思っています。ときどき、ぼくは自分が内田くんの言葉で考えていることに気付いて驚くことがあります。いまでも、「内田くんならどう考えるだろうか」と良く思います。若い頃は複雑な気持もありましたが、いまではこのような友人がいるということを誇りに思い、僥倖だと思わずにはおれなくなりました。

うちだくん。ご結婚おめでとうございます。

ぼくたちは本当に運がいいと思います。」

結婚式というものは、ちょっとした批評の対象でもある。

しかし、この度の結婚式は俺が思い描く限りの理想的な、すがすがしくもおおらかなものであった。その証拠に、会がお開きになっても、多くの参列者が「まだ帰りたくないね。

もっと話をしていたいね」という顔で会場に残っていた。

結びの辞を述べられた鷲田清一阪大総長の、「ずっと居たい感じやね」という声が俺の耳に届いてきた。

ここぞと云うときはいつも正攻法。正面突破。これが、俺たちのやり方だったように思う。

内田くん、おめでとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

挙手発言、名前カードのこと

  先日、Y先生と品川で会った。

 他の用事で東京に来られていて、そのついでに会いましょうということで、4人で飲み会を設けた。

 Y先生と会うときは、いつも刺激的な話を準備をしておられて、私はそれに耳を傾けることになる。

 今回もとても刺激的な話を聞いた。

 2つあった。管理職として、先生達に2つのことをお願いしたという話である。

 1つは、挙手発言をさせないで、他の方法で授業を構成していくこと。

 2つ目は、名前カード(磁石)を活用した授業の工夫。

 ★

 私も、初任者指導を担当しながら、とても気になっていたことであったので、話の内容がとてもよく胸に響いた。

 まだ先生達が行っている授業の現状は、挙手発言に乗っかっている授業が大半であるということだ。

 それも、5,6人の挙手で、授業が進んでいく。後の子たちは、ただただその子達の発言を聞いているだけの授業である。

 少なくとも私の教師生活は、全員参加の授業をどのように実現していくかが大きな課題であり、そのためにどのような手立てを打っていくかを工夫しなければいけなかった。

 こんな課題が、多くの教師達の課題にならなかったというのは、何なんだろうか。

 これは深く検討する必要がある。

 私の37年間の教師生活の間で、先生達の授業はほとんど向上していないと言い切っておきたい。

 それは、何故なんだろうか。

 Y先生は、「挙手発言をさせない」という形で、教師達に考えさせようとされた。

 唸るほどのいい手である。

 ★

 そうすると、先生達はどうするのだろうか。

 多分、呆然となるに違いない。発言は、挙手以外に考えていないからである。

 野口芳宏先生は、「授業で鍛える」(明治教育新書)の中で、次のように書いておられる。

「挙手した子どもの誰かを指名しながら授業を進行していく方式が、一般に広く普及している。この方式を疑ってかかる人も少ない。

 しかし、『挙手ー指名』という方式では子どもの学力は十分に伸ばせない。とりわけ、発表技術は伸ばせない。仮に伸ばせても、それは、挙手して指名された子どもだけである。挙手しない子は、指名されないのだから、発表の機会を与えられない。この方式を疑い、この方式から抜け出さなければ子どもの発表技術は鍛えられていかない」

 1986年(今から23年前)に、このような提言を野口先生はしておられる。

 しかし、この提言が、多くの教師達の教育実践には、まったく生かされなかったということである。

 ★

 もうひとつY先生は、名前カードを問題にされていた。

 名前カードを使い、子供達の考えたこと(ノートに書いたことなど)を黒板に書かせていくのである。

 私も、授業で存分にこの名前カードを使い、子供達に意見を黒板に書かせることをした。

 名前カードは、最低2つを準備しておいた。

 どうしてこの名前カードをもっと授業に活用しないのだろうというのが、私の疑問であった。  

 私は、ほとんど子供の発言は、子供達自ら黒板に書かせるような授業構成にしていた。

 子供達の発言を教師がまとめて板書していく方式は、ほとんどとらなかった。

 そのために、黒板と子供達の間に教卓を置くなどというのは、もう20年以上前にやめていた。

 ところが、今でも黒板の前に教卓があるクラスは数多くある。

 授業で、黒板を子供達に開放していないのである。

 Y先生は、「名前カードを作り、黒板にカードをいつも貼っておくようになるのに半年かかりました」と言われていた。

 机にカードを貼っておくクラスがある。これでは意味がない。

 ★

 「新しい学力観」が出されて、ゆとり教育が始まった。もう20年前になろうか。

 この20年間の間に、基本的な授業技量は、ほとんど向上しなかった。

 それは何なんだろうか。

 改めて、その問いかけが私たちに突きつけられている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

24時間目の課題と25時間目の課題

  北海道の石川晋先生からメールが来て、私が出している「3・7・30の法則」関係の資料を講座で公開したいがいいかという連絡であった。

 すぐ自由に使ってくださいという旨のメールを送った。

 私は、今までさまざまな資料を添付資料で送りますという形で公開してきた。

 この公開をしているときには、もうすでに著作権を主張するつもりはまったくなかった。

 どのような使われ方をしようと自由。極端に言えば、自分の主張として使われても何ら問題はないと、考えてきた。もちろん、責任は自分で取ってほしい。(笑)

 原典・出典を明らかにするということは大事なことであろうが、私の場合は、まったくそんなことは問題視していない。

 このブログを読まれているみなさん、もし私の資料を使われるとき、私への連絡は必要ありません。どうぞ自由に使ってください。

 ★

 先日、このブログでもお知らせしておいたが、京都「明日の教室」で、「縦糸・横糸」論の基調提案をした。そのDVDも発売されている。

 そこには、たくさんのパネラーの方が参集していただいた。

 その中の土作先生が次のような発言をされていた。

「縦糸・横糸について、私もこの言葉を使っていますが、今日の野中先生の話を聞いて、原典・出典があるので簡単に使うなということであろうと、今日は謝罪会見(笑)をいたします。これから表現を変えなければいけないと思っています」

というような発言をされた。

 確かに、土作先生は、講演でも、雑誌原稿でも、この「縦糸・横糸」の言葉を使っておられる。

 それは私も知っていた。使い方が同じではない。それも確認していた。

 土作先生は、縦糸を「授業を中心にして知的権威を確立すること」、横糸を「学び合い」というように提起されていた。

 私は、「原典・出典があるので簡単に使うな」というような形で、基調提案をしたわけではない。

 「縦糸・横糸」を教育モデルとして提起されたのは、北海道の横藤雅人先生である。

 理論という形で主張したのは、私である。

 そこで横藤先生と私の間にも、いくらかの違いがある。

 しかし、私の場合、その理論をセクト的に主張する気持ちはまったくない。

 インターネットで「縦糸・横糸」で引いてみてほしい。さまざまな考えが主張されている。その題名ずばりの本も出ている。

 その題名の優位性を主張するなんて、もはや意味がない。

 そんなことより何より大切なのは、「縦糸・横糸」論が、学級づくり、授業づくりにとって有効性があるかどうかなのである。

 だから、論として主張するためには、まず概念規定をはっきりしたいというつもりで基調提案をしたのである。

 土作先生の「縦糸・横糸」も、主張ははっきりしている。ぜひ使い続けてほしいところである。

 ★

 私は、このブログでも言ってきたことであるが、55歳の時に初めての本を出した。学級崩壊への処方箋という形での本であった。

 それから共著を含めて五冊の本を出した。

 現場教師をしているときには、多くの葛藤があった。

 現場教師として、本を出したり、講演に行ったりすることは、<やくざなこと>だからである。

 現場教師としての日常は、目の前にいる子供(生徒)にいかに必要、適切な教育行為をしていくかどうかが求められている。それが第一の課題である。(その他にも、学校の課題などをこなしていくことも、もちろんある)

 私は、現場教師としての<24時間目の課題>として考えていた。

 もし<24時間目の課題>がクリアできると考えられたとき、そこに<25時間目の課題>が浮かび上がってくる。

 本を出したり、講演をしたりすることなどは、<25時間目の課題>である。

 ほんとうなら、現場教師としては、<25時間目>なんてないのだ。

 しかし、それをしていく切実性、必然性が<25時間目>を作り上げていく。

 私は、どうしても学級崩壊を何とかしたいという課題を訴えたいという切実性を持っていた。

 そのために、<25時間目>を設定した。

 「24時間目の課題は大丈夫だったのか?」と言われれば、あまり自信がないのである。

 私が、「3・7・30の法則」や「縦糸・横糸」論を主張しているのは、「25時間目の課題」である。

 しかし、この課題が、多くの先生達の「24時間目」を豊かに、有効にしていくことだと思っているからである。

 そのように強く願っている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

示範授業「足太いね」

  5年生のクラスで、示範授業を行った。

 初任者指導教員というのは、必要に応じてこのような示範授業を行わなければいけない。

 1年間、さまざまな授業を行う。

 今回は、道徳の授業である。

 私を知らない、とびこみのクラスで、実態を知らないままに、道徳の授業をするのである。

 どんな授業をするのか、迷った。

 テーマは、高学年に必要なものにしよう。「プラス思考を身につけること」としよう。

 以前、法則化運動の中で取り上げられていた「足太いね」の授業で行こうと思った。

 ★

 4時間目の授業。3時間目が隣のクラスとの交換理科の授業だったために、子供が教室に帰ってこなくて、10分遅れの授業開始になった。

 10分のロスは、大きい。授業の計画を変えなくてはならない。

「こんにちは。野中先生です。もなか先生という人が多いのですが、野中先生です。私の得意なことは、怖い話に、汚い話に、おもしろい話ですが、今日は、道徳の勉強をします」と挨拶。

 授業計画は、次のようなものであった。

1,私は、先週の日曜日、相鉄線という電車に乗りました。鶴ヶ峰から乗って、西谷という駅で、3人の女子高校生が乗ってきました。私の隣に座って、にぎやかに話していました。友達の話をしていました。突然、3人の女の子の一番端の子が、真ん中の子に向かって、こう言いました。

 黒い色画用紙を貼り付けた画用紙を黒板に貼り付ける。

 それを聞いて、私はびっくりし、どきどきしました。「突然、なんてこと言うんだ」と思いました。

 何と言ったと思いますか。(ちょっとじらす)

2,教えましょうね。そう言いながら、黒い画用紙をはがす。

  「足太いね」

  ☆みんなからどっと笑いが出る。

3,さて、自分がこのように言われたら、何と答えますか。(プリントを準備)

  男の子達も、自分が言われたとして考えます。書いたら持ってきます。(ここの部分を短くするために、列指名発言に変更する)

4,持ってきた答えをそれぞれ板書させる。

  A まあね。

  B あなたの方が太いわ。

  C あなたよりましだわ。

  D うるせえ、ばあか。

  E うん、太いわ。あなたは細いね。

  F これ筋肉なの。

  G いいでしょう。

5,黒板に書いてあることを見て、気がついたこと、思ったこと、考えたことをプリントの2番に書きます。「Dの言い方は、ひどすぎる」とか「Fの言い方は、おもしろく、ユーモアがある」とか書けばいいのですよ。

6、 5の発表(列指名でいく)

7,板書された意見を解説する。

  Aは、受け入れ型。

  BやCやEは、切り返し型。

  Dは、攻撃型。

  Fは、ユーモア型。

  Gは、自慢型。

  自分が書いたものが、それぞれどんな型に属するのか、挙手をさせる。

8,さて、本当のところ、この女の子は、どのように答えたのでしょうか。その答えを聞いて、またまたびっくり。すごいと思いました。この答えを聞いて、他の2人も大笑い。私も大笑い。聞いていた乗客の人も、笑っていました。

 こう言ったのです。(これも黒い色画用紙を貼った画用紙を掲示する)

 「うん、太くてかわいいでしょう」

 ☆この答えにも、みんなどっと笑いが起こる。

9.なんて愉快な言い方でしょう。すっかり感心してしまいました。

  この言い方を分析してみました。この言い方には、3つの大切なことが隠されています。(4つ切りの画用紙に書いた3つを提示)

  A 相手のことを受け入れている

  B 自分にとっていいことだと考えている

  C 明るく、ユーモアがある

  こういう言い方を「プラス思考」と言います。(板書)

10、これからみなさんも嫌なことを言われたときには、このようなプラス思考で答えていけばいいのですよ。そうすると、もめ事はおこりません。そこで、みんなに練習してもらうために、ここに練習問題を持ってきました。(これも黒の画用紙をはった紙を提示)

 「チビだね」

 さあ、プラス思考で答えていきます。書けたら持ってきます。(これも板書させるつもりであったが、時間の関係で列指名にする)

 さまざまなプラス思考が出された。盛んに笑いが起こった。

11,最後に、今日の授業の感想を書いて終わりにする。

 ★

 35分ぴったりの授業であった。さまざまに笑いが起こり、楽しい授業であった。

 隣の5年生の先生が「子供達が、隣から笑い声がずっと聞こえてくるので、先生うちにも野中先生を呼んでください」と言いましたよと伝えてくれた。

 こうして授業できることの幸せは、すばらしいものである。

  

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

再び業務連絡です

 先日、「明日の教室」のDVDの呼びかけをしましたが、リンクがおかしいということが分かりました。

 お申し込みをされる方は、このリンクにお願いします。

  http://www.sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm
>

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

どこの世界でも、こんなチームリーダーがいると強くなる

  日本サッカーがW杯予選を勝ち抜いた。「2-0」で日本の勝ちと予想していたのだが、内容は苦戦の連続であった。

 今日のBIGLOBEニュースには、「チームプレーに徹し…俊輔が導いた一番切符」という表題で、中村俊輔の言葉が載せられていた。

 なかなか良い言葉であった。

 俊輔は、一つの壁を抜けたんだなと思った。

 ★

 俊輔のことについては、トルシェ監督時代の俊輔外しを思い出してくる。

 当然選手として、俊輔は選ばれて良いはずのものであったが、トルシェは、俊輔を選ばなかった。

 そのことについて、後日トルシェが、俊輔外しを語る場面をテレビで見たことがある。

「俊輔は、選手としては図抜けた才能を持っているが、私が目指すチームプレーには適さなかった。俊輔は、試合途中で選手交代をしたとき、試合の応援に回るのではなく、自分だけのことに専念していているのだよ……」

というようなことを語っていた。

 俊輔は、失意の中で、外国へ自分の活躍の場を求めていく。

 これが結果的には良かった。

 ★

 オシムから岡田監督に時代になって、俊輔は、もはや日本チームには欠かすことができない存在になっていた。俊輔が、チームの中にいるのといないのとではまったくチームのまとまりが違ってくる。

 彼は、語っている。

「最初に招集されたときは4-4-2で、セルティックと同じ右をやらせてもらったから、自分としてもプレーしやすかった、とにかくまず周りの動きを把握しつつ、その中で自分の色を出していく。その順番だけは間違えないようにした。以前はいかに自分を良く見せるかに集中していた。でも、セルティックで得た経験から、大事なことは自分だけを良く見せることではなく、集団の中でどれだけ見せられるかだと分かった。自分のプレーばかり見せようとすると、そのときは良かったとしても、必ずどこかで引っかかる。そうじゃなくて、近くの人と連動して良いプレーをして、その中で自分をアピールすることが大切だと思う」

「もちろんW杯は予選を通っただけじゃ意味がない。あと1年でさらにレベルを上げるためには、もっと強い相手と試合をする必要がある。9月にはオランダとの試合が予定されていると聞いたけど、例えばその試合で0-5や0-7で負けてもいい。でも、そこで今やっているサッカーが間違いだったと思うんじゃなくて、自分がどうすればよかったのか、相手の速さについていくにはどうしたらいいのか、個人じゃなくてチームとしてどう対応すればいいのか、それに気が付けばいい」

 チームプレーの中で、自分をどのように生かしていくのかをきちんと言葉にしている。

 そして、今まで絶対に俊輔が語らなかったことをずばり言っている。

「もう一つ大事なことは、チームの雰囲気を良くすること。ささいなことだけど、合宿の時の食事はバラバラじゃなくみんなで1つのテーブルを囲むとか、部屋のドアは開け放っておくとか、レクリエーション用に野球盤を置くとか、朝全員で一緒に散歩するとか。そうやってチームが一つになるし、こういうことが大切だと思う。ドイツの大会の時にはあまりそういうことがなかった。今回はそういう雰囲気をつくっていきたいと思っている」

 どこの世界でも、このようなチームリーダーがいると、チームは強くなる。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

多忙化の嵐に備えよ

  先日の京都「明日の教室」のパネルディスカッションで注目する発言を聞いた。

 京都橘大学の理事長の梅本先生が、言われたことである。

 精神医学者の中井久夫先生が、本に書かれていることの紹介だった。

「自分が、夜、家に帰って患者のことを思い出すようなことがあったら、担当を変わらなければいけない。そうしなければ質の高い医療を保つことができない」

というような紹介だったと思う。(精神医学の領域で、中井久夫さんが果たしてきた仕事の重さは知ってはいたが、今までこの人の本を読むこともなく過ごしてきた。)

 これは、私たち教師の場合にも、当てはまることだなあと思いながら聞いた。

 それ以来、ずっとこの言葉が、心に残っている。

 これから中井先生の本を読まなくてはならないと思っているところである。

 ★

 私は、教師として、このことができたのかどうか、振り返ってみた。

 できた場合もあり、できなかった場合もあったなあということである。

 ただ、意識していたことだけは確かである。

 私は、若い頃から管理職にならないと思っていたので、教師として長続きするコツを考えなければいけなかったことがある。

 その一つは、学校での自分と、家に帰ってからの自分をきちんと区別することだった。

 学校では、精一杯子供のことを考え、子供のためにさまざまな実践をする。退職まえの2年間ぐらいは、分刻みのような生活だったし、休み時間もほとんどないぐらいの生活をしていた。

 家へ帰ると、すぱっと忘れる生活に切り替える。

 そのように最初は努力した。いつのまにか自然にできるようになっていたと思う。

 そのために、家で学級通信を書くというようなこともやめてしまった。

 学級通信は、学校だけで書くようにしてきた。

 クラスの子供の話題を夕食の時、持ち出すということもほとんどしなくなっていた。

 ★

 私のような教師のあり方は、ある意味では、否定的にとらえられるかもしれない。

 5時になればさっさと帰り(実は私もそうであったが)、あとは趣味に生きるというような過ごし方をしている教師たちも、確かにたくさんいる。

 その人達は、ともすれば学校の仕事は適当にこなして、さっさと学校から離れていく仕事ぶりであった。

 その適当というのが、困ったものである。自分に与えられた仕事をきちんと果たせば文句が言えないところである。しかし、それはいい加減で、ある年代になっても学校の重要で、大変な仕事からは逃げまくっていく。

 私は、そんな人を何人も見てきた。

 学校の仕事は、単なる給料のための仕事と割り切り、勤務時間外の時間を楽しむという、いわゆるサラリーマン教師である。

 この人たちも、確かにきちんと割り切ってはいる。

 それがどこが悪いのだと言われれば困ってしまうのだが……。(笑)

 しかし、はっきりしているのは、こんなサラリーマン教師が、これからの教育界では生きていけなくなる。

 ★

 授業づくりネットワーク編集部から依頼原稿がきた。8月号である。

 執筆テーマが、教師のための仕事術。

 特集のねらいに次のように書かれたあった。

「教師の多忙化が半端でなくなっています。

 原因は、3つ。子どもたちの変化、保護者のクレーム、そして書類づくりです。

 特集では、教師の質を上げていくための知恵を集めます。…」

と書かれてあった。

 まさにその通りである。教師の多忙化が半端でなくなっている。

 新しい学習指導要領の実施へ向けて、学校は慌ただしい動きをしている。

 6時間授業が増え、小学校の先生達は、英語が増えていく。(横浜は、小一から英語が加わってくる)

 ますます先生達が、子どもたちから離れ、教材研究から離れ、会議と研究会などに時間を奪われていく。

 毎日毎日8時、9時、10時という時間まで仕事がかかってしまう。

 そのまま家に帰り、遅めの夕食を取り、風呂に入り、すぐに寝てしまうという生活。

 ここには、自分ための「自分の時間」は、ほとんどありえない。

 この多忙化にそのまま身を任せていたら、学級が荒れ、ストレスが増え、精神に異常をきたしていく。今でも、教師は、普通のサラリーマンの3倍、鬱病に罹る人が多いのである。

 ★

 これからの先生達は、もっと身構えなければいけない。とりあえずは、次のことはきちんとやっていかなくてはならない。

 第一に、仕事術を身につけること。(早く仕事を終えていく仕事術)

 第二に、私が言う「学校の時間」と「自分の時間」をきちんと区別する。そのように努力していく。用もないのに、だらだらと学校へ残っていくことをしない。

 学校の管理職、学校の中心を担っている先生達は、会議や行事や研究会をできるだけ減らして、先生達が、子供達とふれ合う時間やほっとする時間を多く設定してほしいことである。

 これから学校を覆っていく「多忙化の嵐」は、半端ではなく、多くの先生達の精神をすり減らしていく大変さを抱え込むことになる。

 

  

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

再びテストの問題について

 先日、ブログに「良い勉強をして成績が上がるのではない。成績があがるから、いい勉強ができるのです」を書いた。

 それについて、長い間の親しい知り合いから、「おかしいのではないか」と指摘を受けた。

 「良い勉強をして成績が上がるのではない。成績があがるから、いい勉強ができるのです」というロジックは、当てはまることもあるが、それで全てを解釈するにはお粗末である。むしろ、この言い方は、誤解を与える恐れが多分にあるという指摘である。

 私は、自分の論を補強するために、陰山英男さんの論を引用している。

 私とまったく同じ論法ではないが、それを補強するものとして引用した。

 どこが違うかというと、2つあった。

 ①「テストというのは、子どもに教えたことがどれだけ定着したかを見るもの、と思っている教師がいますが、これは間違いです」ということ。

  この意見は極端である。テストというのは、子どもに教えたことがどれだけ定着したかを見るための機能を1つはきちんともっているはずである。

 ②抜き打ちテストについて、良くないという論は、これまた極端で、私は、「これからテストをします」ということは、よく行った。そのためには、そのテストへの準備をきちんと行ってから行った。でも、普通は、「明日、算数のわり算のテストをします」という通告をしてあげるということはいいことだと思う。

 そういう論法の違いはあったものの、そのまま引用した。

「あの陰山先生さえも、テストに対してはこのように敏感になっていたのだよ」と示すには最適だと思ったからである。

 しかし、その引用をするなら、私との論点の違いも、やはりきちんと書くべきであったと思う。それが抜けている。

 ★

 「良い勉強をして成績が上がるのではない。成績があがるから、いい勉強ができるのです」という論法は、心理学の有名な論法を応用しているのだと思う。

 「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなるのだ」

 「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しくなるのだ」

 この論法は、人間の心理を見事についたものである。私もずいぶん応用したものである。

 しかし、全てではない。悲しいから泣く場合だって十分あるし、楽しいから笑う場合だってあるのである。

 むしろ、それが普通である。

 しかし、心理学の有名な論法は、人間の心理はそんな簡単なことではない、このような心理の綾もあるのだと教えてくれたのである。

 ★

 だから、私も、この心理学の論法をテストにも応用していったことは事実である。

 今まで20点、30点とかを長い間とり続けた子供に、80点、90点、100点を取らせていく試みをしていくことによって、ものの見事に大変身させていった実践を数多く持っている。

 テストの点数が、子供の自信につながっていることは明確だし、安易にテストを考えていくべきではないと、先日のブログで主張したことである。

 しかし、友人が指摘するように、この主張は誤解も生まれる。

 「それでは、テストの点数をとにかく取らせる試みをすればいいではないか。テストに出る問題を事前に何度も練習させていけばいいではないか」

と言うように。

 日常の学習をいい加減にしておいて、テストだけに敏感になる、このような試みが推奨されていいはずはないのである。

 こうなれば、もはや話にはならないのである。

 しかし、確かにこのような試みを導き出す恐れを私のブログの主張は持っていたことになる。

 ★

 このような指摘をきちんとしていただける友人を持っていることを、心底うれしく思っている。

 人は、肌合いのいい、自分への賛辞を歓迎しがちである。人間心理としては当然である。

 しかし、これはとても危険である。

 なぜなら、自分は、自分のことを本当は最も知らないからである。

 自分が、自分のことを最も知っていると誰でもが思っている。確かに、だいたいがそうである。

 だが、自分の大切なところは、気づいていないと思っていた方がいい。

 その証拠に、同僚の隣の人は、1,2ヶ月の付き合いで、簡単に私の大切なところに気づいてしまうのである。

 でも、なかなかそれは言えないし、言わない。

 事実、私も、それを隣の人には言わない。言うことによる関係のこじれを気にするからである。

 自分の大切なところを本当に知りたいと誰でもが願うはずである。しかし、人は、決してそれを教えてはくれない。

 どうするか。

 自分にきちんとはっきり指摘してくれる人を持つことである。

 つれ合いを持つということは、そういうことである。

 また、きちんと指摘してくれる友人を持つということは、何にもまして優先されることでもある。

 だから、自分への批判、自分への指摘、自分への叱責などは、自分の大切なところを知るまたとない機会と思わなければいけない。

 ★

 友人からの指摘からずいぶん離れてしまっているが、これだけは言っておかなくてはならない気持ちがしている。

 今、若い人たちが鬱になっていくことがとても多い。(もちろん、若い人だけではないが)

 これは、職場での同僚からの批判、親たちからの批判、子供達との関係のこじれなどに端を発している。

 確かに自分への批判は、最も気になることであろうが、いつでも、誰でも起こることである。

 その批判は、自分が何者であるかを知る、貴重な宝庫であることを知らなさすぎる。

 それは、何であるか。自分のどこの問題であるか。自分の生き方の問題であるか、仕事の仕方の問題であるか、人への関わり方の問題であるかなど、きちんと考えてみることである。

 これをじっくりと考えたとき、自分は一段階上のレベルに足を進めたことになる。

 自分という存在と真正面から向き合ったのだ。

 批判に強くなろう。乗り越えられるようになろう。そして、そのように指摘してくれる人を一人でも多く持とう。

 そのように考えている。

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

業務連絡です

  先日、京都の「明日の教室」で行った基調講演が、DVDになった。パネルディスカッションとともに、収められている。

 初めてのまとまった形での「縦糸・横糸」論の提案である。

 ここからこの論の始まりになることをとても期待している。

 もしよろしかったら、申し込んでいただければありがたいです。

 6月13日には、発売予定。

 


学級経営に関する縦糸・横糸論

野中信行

横浜市初任者指導教員
平成21年5月23日 於:コープイン京都
DVD価格 3,000円(本体価格2,857円) 詳細・申込みは

2009年6月中旬 発売予定

第3弾(予定)


第24回 明日の教室 赤坂真二先生(上越教育大学教職大学院准教授)
「勇気づけの学級づくり-つながる道筋-」

平成21年6月13日
お申し込みは
http://kokucheese.com/event/index/112/

7月発売予定

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »