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新しいところへ歩を進めている

  朝日新聞の天声人語氏は、次のように幸田文の随筆を紹介していた。

「随筆家の幸田文が『身の納まり』ということについて書いている。出入りの畳職人があるとき、腕は良くても老後に身の納まりがつかない者は良い職人とはいえない、と口にしたそうだ◆『若い者に、自分の安らかな余生を示して安心を与え、良い技術を受け継いでもらわなくてはいけない』と。つまり寒々しい老後を見せれば、若い者はこの仕事を続けていいものか不安になる。それでは失格、というわけだ。見事な人生哲学だが、難しいからこその自戒だったのかも知れない」

 この随筆から半世紀が過ぎているが、こういう「身の納まり」を意識している人たちは、もうほとんどいないのではないだろうか。

 あるとき、野口芳宏先生が、電車の待ち時間にふっと言われた。

「私の同年代の地位や名誉のあった人たちは、ほとんどもう何にもしてないよ。私の歳で今でもこうしてみなさんに呼ばれているのは、有田さんと私ぐらいなんだよね」

 野口先生や有田先生は、安らかな余生というものではないが、自分の「身の納まり」を意識されているのであろう。

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 4月3日のブログで、「明日の教室」の糸井登先生が、次のように書いていた。

「自分一人で、できることは限られている。でも、だからといって、『もういいねん』ではなくて、自分の後に教師として生きていく人達が、何かその続きをやれるような、そんなモノを残していきたい、と」

 今は私も、こういう意識は強く持っている。

 しかし、50才までこのようなことは意識することはなかった。周りの状況は、学級崩壊などで不穏な事態であったが、自分のクラスは、うまくいっているじゃないか。60才までなんとかうまく過ごして、老後に備えていこうと考えていた。自分一人の人生、どうにでもなるのだと……。

 そう考えていた自分は、10年後まったく違う場所に歩を進めている。ほとんど予定しない人生である。

 未来は分からないものである。

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 北海道の親しい友人達が、新しいところへ歩を進めている。

 横藤先生が、校長へ昇任している。うれしいことである。

 堀先生や石川先生や山本先生が、新しい学校へ異動している。

 石川晋先生は、今度の新しい学校から「復路」だと宣言している。

 「往路」は、がんばりと勢いなどが必要だが、「復路」(私は、「帰路」と言っているが)は、そんなものとは無縁の世界である。

 自分が「往路」で蓄えたものを折りたたみ、折りたたんで、漠とした「現実」に挑まなければいけない。

 

 

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