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2009年3月

忙しさの日常が戻ってきた

  29日の夕方に横浜の家へ帰り着いたところである。

 27日から佐賀へ退職旅行(旅行仲間の退職旅行である)に出かけていた。

 佐賀は、桜が満開で、もう少しで散り始めるのではないかという頃合いであった。

 3月のこの時期に,今までも何回か佐賀へ出かけたことがあったが、桜の満開に巡り会ったのは初めてのことであった。

 素晴らしい桜であった。

 特に、豊臣秀吉が朝鮮征伐の出城にした名護屋城の桜はすごいものであった。

 晴れ渡っていて、呼子の地より遠く壱岐や対馬も見えた。

 28日には、伊万里の大川内窯跡の見学ができ、そして嬉野温泉の豊かな湯に浸ることができた。

 もうこんな経験は、なかなかできないであろうと思えるものであった。

 ★

 横浜へ帰ってくると、さまざまな仕事が待っていた。

 4月1日には、横浜市内のO小学校で学級作りについての話をすることになっている。昨年に続いての2回目であるので、また1年間新しく考えてきたことを話すことができるのか、その準備が必要である。

 同時に4月1日から新しい学校での初任者指導が始まる。

 初任者と共に、新年度の準備を始めなくてはならない。その準備が必要である。

 4月10日には、東京の大田区での初任研が控えている。まだ、そのレジュメができていない。今日、明日のうちに仕上げなくてはならない。

  4冊目の本になるゲラが送られてきた。前書きと後書きを仕上げなくてはならない。

 忙しさに振り回されているが、それはありがたいことでもある。

 退職しても、自分を必要としてくれる場所があるということ。感謝しなくてはならない。

 

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講座でちょっとびっくりしたこと

  昨日の今日なのに、早速小牧市の副島教育長が、ホームページに「充実した講義2つ」という題名で、歴史家の話と私のことを紹介してくださっていた。

 次の内容である。

 「さてもう一つは、第0回初任者研修と銘打った、4月から先生になる人たちのための講座です。例年4月に新学年が始まってから第1回を開催していたのですが、それでは遅いと感じていました。新任の先生にとっては、4月当初こそ大事だと思うからです。採用前ですから、無理に参加させるわけではありません。だからこそ、参加してよかったと思えるような講座にする必要があります。

今回実施できたのは、この企画にピッタリな講師野中信行先生にお願いすることができたからです。昨年の教師力アップセミナーで講演後お会いする機会があり、直接依頼することができました。ずいぶん入念なご準備をいただいたようで、本当に役に立つ資料も配付していただけました。大学の卒業式等で参加できない方もありましたが、初任研指導の先生をはじめとベテランの先生方の参加もありました。

たぶん配付資料の価値は、新任の先生よりもベテランの先生のほうがわかると思います。そういう方が、基本をわきまえた上で、初任者の持ち味に応じた指導をしていくことによって、一人前の教師が育っていくのだと思います。4月2日には、市の第1回の初任者研修を行います。毎年その会で私は、講話やミニ授業を行っています。今回は何をやるか、快いプレッシャーを感じています。」

講座が終わってから、教育長と話をしていて、「一時に一事の原則を知っている人が1人しかいないというのは、……。昔ならば、ほとんどの人がやれるかどうかは別にしても、知っている人はもっといっぱいいたはずでしょうにね…」というようなことを言われた。

私が、講座の中で、「一時に一事の原則」について説明したときである。知っている方はいますかと聞いたとき、一人の初任者しか手が上がらなかったことをさして、そのように言われたのである。

これは、私もちょっとびっくりしたことだったことを教育長の方から言われたのである。

もちろん、この原則は、聞いたからと言って、すぐにできることではないが、知識としてはもちろん知っておくべきことである。

講座でも、教育実習生の話をした。3年生の実習生の授業を見に行ったら、1つの指示を出して、半分ぐらいしかできていないのに、次の指示を出して、それもうまくできないままに3つめの指示をだして、子供達は混乱していた。その間、実習生は、ほとんど子供達ができているかどうか見ていないのである。

教えるのに精一杯で、子供達も見ていないし、見ようともしていない。

これでは、授業にならないわけである。

講座で、低・中学年は、この一時に一事の原則を使うことは、とても多いことを説明した。

私は、今年1年生の授業を見ながら、こんなにこの原則を多く適用しなくてはならないことを改めて知ったほどである。

ほとんどの教師達が、最初にまとめて説明して、「はいやりなさい」と指示を出している。いくつもの指示をまとめて説明している。(「まとめ指示」と命名しよう)

ここは絶対に変えていかなくては、満足した授業にはならないはずである。

これは本番に入るための導入部分の基本なのである。

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 小牧市に初任研で出かけてきました

   離任式の体育館にいた。離任の先生達6人が(臨任で勤めていた人たち)並んでいた。

 校長先生に、私を最初にしてくださいとお願いしていた。1年生のクラスの女の子が、作文を読み、そして花束をもらった。

 私が話し出した。

 「この学校で良いことが3つありました。……」

 子供達は盛んに笑っていた。

 終わるやいなや、体育館の後ろのドアから抜け出した。

 新幹線に乗るまであと1時間しかないのである。玄関で、タクシーを呼んでいると、1年生の保護者の方々がぞろぞろと花束を持って、私を追いかけてこられた。

 初任者担当だった私にも、お礼の花束を渡そうと追いかけてこられたのである。

 ありがたいものである。

 込んでいる道にイライラしながら、あと20分というところで、新横浜に着いた。間に合ったのである。

 10時09分の広島行きの新幹線に乗る。

 ★

 名古屋から15分ばかり勝川に着くと、小牧市教育委員会の指導主事の方が迎えに見えていた。

 今日の参加者のことを聞く。初任者30名ばかり、他に学校から30名以上、参加者は、60名以上に膨れあがっていた。

 急遽、場所変更があって、中学校へ移っていた。私は、この中学校は二度目である。

 14:00に、教育長の挨拶と私の紹介で、講座が始まったのである。

 テーマは、「1年間を生き抜く新卒教師の心得術」である。

 最初、とても緊張した初任者たちであった。背筋がぴんと伸び、これで2時間は厳しいであろうと思われた。

 ただでさえ、不安や心配でいっぱいである。

 教育長も一緒に参加されている。気が抜けない。

 途中、「73のネタ大放出!」の中村健一先生のネタをやってもらうあたりからいくらか雰囲気が和らいでくる。

 中村先生にお願いして、「横糸を張ること」の1つとしてどのネタがいいかと聞いておいたものである。

 時間がなくて、1つしかできないのが残念。

 2時間びっしり(途中で10分間の休憩をいれたが)初任者の方々にどれほどの効果があったのかどうか。

 最後に、「1年間をとにかくがんばっていくために、ここで気勢をあげましょう」と言って、初任者全員で「がんばろう」で締めようと呼びかけた。

 私は、内ポケットから鉢巻きを出し、頭に締めた。

 笑いが起こった。「女房に買ってきてもらったのですが、こんな鉢巻きしかなくて…」

 何か、進学塾の決起集会のように思えたものである。

 「1年間がんばろう」と私が叫ぶと、初任者が「おっ~」と応え、多くの拍手の中で終わった。

 「来年も来てください」と、日程調整までして、中学校を後にした。 

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 名古屋に戻り、そのまま東京行きの新幹線に飛び乗る。

 忙しい一日だった。

 小牧市は、中学校から大きく変わっていっているところである。

 荒れに荒れていた1つの中学校を今では学力的にも一番上に持って行くという大改革を進めて、全国から注目の的になっている手腕は、トップである教育長である。

 中学校出身の指導主事の方が、そう語られていた。

 授業で、中学生達に向き合おうと授業改革を大胆に進められたのである。

 教育長から小牧市教育委員会の資料を送ってもらった時、びっくりしたものである。

 こんなに具体的に委員会が指示を出し、学校改革を進められている。

 しかも、それが建前ではないというところが、すごいことである。

 学校は、校長。全体の教育は、教育長。このトップが、学校の教育を大きく変える。

 経営コンサルタントの船井幸雄さんが「組織はトップで99%決まる」と言われたのは、まさにこのことである。

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 忘れていたものを思い出すかのように、26日は、朝から寒さに震えている。

 朝、雪が少し舞っていた。珍しいことがあるものである。

 明日からしばらく旅に出る。旅行仲間の一人が、退職するために、今年も退職旅行である。

 九州も、寒いということらしい。

 佐賀の呼子で一泊し、また、嬉野温泉で一泊をする予定である。

 桜の満開に、今年は立ち会うことができるであろう。

 豊臣秀吉が朝鮮討伐に出かけるための出城にした、あの呼子の名護屋城の桜を今年は見ることができるのである。

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「若い教師のための読書術」を読んで

  長瀬拓也さんが、ひまわり社から本を出した。

 私のところへも送ってくれた。「若い教師のための読書術」(ひまわり社)である。

 28才の長瀬さんの、一冊目の本になる。

 この中で、長瀬さんは書いている。

「横浜市で三年間教師をしました。それが自信になり、実家のある岐阜県の採用試験を改めて受け直してみることにしました。

 採用試験、合格。

 私は岐阜県の小学校教諭になりました。

 横浜を去る最後の日。春休みにも関わらず、多くの教え子の子ども達が自主的に集まり、お別れ会をしてくれました。最後には、バスに乗る私を見送ってくれました。

 桜が散っていく中で…。

 また、涙が…。

 でも、今度の涙は悲しいけど、すてきでした」

 3年間、横浜の教師をしていたのである。その最後の時、私は、長瀬さんより学級通信を送ってもらった。きちんとまとめてあった。

 驚いたことに、日刊の学級通信であった。

 今日いただいた本と一緒に学級通信も入っていた。これもほとんど日刊だ。あれからずっと日刊の学級通信が続いているのである。

 これは半端な覚悟でできることではないのである。

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 若い教師である長瀬さんが、どのように読書をしているのかが思う存分に書かれてある。

 若い先生達に手にとって読み取ってほしい。長瀬さんが、どのような思いを込めて読書にうちこんでいるかを。

 一気に読み終えて、私は、自分の20代の頃を思い出していた。何か胸熱くなる本である。

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 私は、教師の仕事にも、<往路>と<帰路>があると考えてきた。

 山登りにも、登りと下りがあるように、旅にも、行きと帰りがあるように、教師の仕事にも往路と帰路があると思ってきた。

 <往路>では、教師としての蓄えを幅広く、数多くしなくてはならない。読書は、そのための最適な手段になる。

<往路>の仕事は、精一杯の蓄えが中心である。

 長瀬さんは、日刊の学級通信で、文章力の蓄えをやっている。文章は、数多く書く以外にうまくなる方法はないからである。そして、さまざまな読書を心がけている。(できれば、教育書以外にも幅広く読書してほしい。やっているかもしれないが)

<帰路>は、蓄えた力で、現実を変えていく道へ赴かねばならない。そのように考えてきた。どんな現実を変えるのか。それは、自分が変えられる現実である。ある人は、教室であったり、ある人は、学校全体であったり、あるいは行政の分野であったりする。さまざまな分野の現実がある。

 もはや、<本>の中では解決できない世界である。自分で、目の前の現実にぶつかり、自分で考え、自分で模索していく世界である。

 そこで活きてくるのが、<往路>で蓄えた力であると思ってきた。

 その<往路>を長瀬さんは、必死で歩いているのである。

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雨の日の過ごし方と歩数計

 恥ずかしい話だが、私は、最初、初任者担当の仕事をしながら、時間の使い方に戸惑っていた。

 それまでは、分刻みの生活をしていたのである。

 それが、一気に有り余る時間になった。

 初任者の授業を見て、それに感想と助言をする。それが終われば、放課後の時間は、解放される。担任を持っていたときならば、する仕事は無限にあるのである。ところが、とりあえず何もない。これには困った。自分の身の置き所がないのである。

 こういうことが退職したということなのだと思った。

 そういうときに、具志堅幸司さんの講演を伝え聞いた。

 具志堅さんとは、1984年のロサンゼルスオリンピックで吊り輪、個人総合で金メダルを取った人である。

 具志堅さんは、大会を控えた練習中にひどい足のねんざで入院して、もはや絶望的な状況の時があった。

 その時思いついたことは、足はダメでも、上半身は何ともないではないか。それなら、上半身を鍛えるのだ。そして、上半身を鍛えに鍛えて、足の回復を待ったという話である。

 そのおかげで、見事に復帰することができたという。

 なるほど、なるほど。雨が降った日は、雨の日に合わせて、その時にできることをやればいいのである。

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 その話を聞いて、考え方を変える必要があると思った。

 今までにない時間の余裕を持ったのだ。これを有効に使わない手はない。

 そこで、ポケット入れるだけでカウントしてくれる歩数計を買った。

 一日必ず1万歩を歩くことに挑戦しようと考えたのである。

 1万歩とは、1時間30分ほど歩くことになる。

 担任をしているときには、1日に1万六千歩ぐらい歩いていて、歩くことへの思いは関係なかった。しかし、退職して、そうはいかない。

 だから、学校でちょっとした時間の余裕ができたら、座っていないで、体育館や理科室などへ行って、せっせと歩くことにした。

 どんな時も、1万歩を越えるのである。

 雨の日は、自分の家を熊のように歩き回る。そして、1万歩にする。

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 考え方を変えること。雨の日は、雨の日の過ごし方があるということ。

 カウントしてくれる歩数計。

 この2つが、私の退職後の生活を大きく変えてくれたことになる。

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「中1ギャップ」という問題

   「中1ギャップ」が大きな問題になっている。これは、小学校6年生が、中学校1年生になるところで、さまざまな不適応症状がでる状態を言っていることである。

 私も、ちょっと頭を抱えている状態である。私が受け持った卒業生に、実際にこの事例が現れているからである。

 石川晋先生が、自己研修通信でこのことを書いている。

 指摘されていることをあげると次のようになる。

 1,中1ギャップは、おおむGW明けの時期に最初のシグナルが顕在化する。それははっきりとして「不登校」といった形で現れる場合もあるが、その前に、保健室入室増、身体的不調の訴え、友達とのトラブルといった、様々な形で現れる。特に、GW明けから大きな行事に取り組む場合は、この行事への不適応として現れることもある。

 2,文部科学省の調査でも、いじめの発生件数が小6と中1で4倍、不登校が3倍にそれぞれ激増しているわけだから、出口(小学校側)と入口(中学校側)の周到な準備が求められる状況なのである。

 そして、石川先生が開いているサークルで、中学校の先生が提案したことのなかに、小学校への出前授業の報告が書いてある。

 授業の最後に、「中学校について何でもいいから質問してごらん」という時間を設定している。

 出てきた質問が、「月曜日は何時間授業ですか?火曜日は・・・?」「部活動は何がありますか?」…というようなものだというのである。

 石川先生は、「これが3月6日の授業の席上ででるわけだから、致命的とさえ言える現状ではないか」と指摘している。

 小学校段階での中学校への準備が、あまりにもお粗末だということである。

 確かに、小学校段階で、このようなお粗末な現状があることは、認めなくてはならないと思う。

 私が最後に勤めた小学校では、中学校の生徒会が企画して、午後から中学校を紹介する時間を設定する時間を必ず確保していたので、上のような質問にはそこできちんと答えられていた。しかし、その前の学校では、まったくそのようなことをしていなかったと言える。

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 横浜市が打ち出してきた<横浜市全体で小中連携を取り組む>という課題の1つが、中1ギャップの問題であった。

 その意味で言えば、一つの進歩であると思っている。

 しかし、課題は、お互いが取り組んでいることを全くと言っていいほどに知らないということが大きな壁である。

 小学校にとっては、高学年を考える場合、佐世保小六殺人事件が大きな課題を与えてくれたと思っている。

 あの事件が小学校の教師に与えた課題(特に高学年の教師に)は、高学年の女子のグループ問題であった。

 高学年教師にとっての最大の課題であると私は受け止めたのである。

 それは、クラスの中で、グループがいくつかでき、その間で諍いがあること、あるいは、仲良しグループの中での諍いがあること、また、グループに所属できない子供が数人必ず出てくること等の問題であった。

 佐世保事件は、仲良しグループの中での諍いであった。

 もしあのとき、担任教師が、親身に、孤立していた加害者に対応していたならば、あの事件は起きなかったのではないかと、(まったくの結果論であるが)思ったものである。

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 だから、私は、高学年女子の課題に対して次のような3つの方策を考えた。

 これから高学年教師は、この課題をこなしきれなければ、これからもあのような事件を防ぎきれないと考えたわけである。

 ①クラスの女子グループの動静について、きちんと把握する。誰が誰と一緒にグループを作っているかなど

 ②孤立している女子は、必ず動向を確認し、さまざまな接触を試みる。

 ③もめごとがあったならば、すぐに双方とコンタクトを取り、問題解決を試みる。

 私は、高学年教師は、もう特別な仕事をしていると認識している。5年生が大きな変わり目である。4年生までの対応では、とてもやっていけないのである。

 小学校の高学年教師への希望は、ほとんどない。それはもう特別な仕事になっているという認識からである。(地方の学校では、まだまだこれほどでもないことは分かっている。しかし、都市部を中心にして大変なことになっている)

 さて、こんな子供達が、中学校へ行くのである。

 中学校の先生達が、簡単であるはずがない。ものすごい課題を中1から背負うはずである。

 そこで、中学校は、どういう対応をしているのか、していこうとしているのか、さっぱり見えない、お互いに見えない、というのが現状である。

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退職して、一つの不安があった

  ちょっとびっくりする情報に接した。というより、私の知識不足が露呈するという事態なのだが、「これはいかん」と考えさせられた。

 「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?~世界一わかりやすい経済の本~」(細野真宏著 扶桑社新書)を読んでからのことである。

 私は、これまで年金の情報としては、次のような知識を持っていた。

 1,このまま若者の年金未納が続くと、年金自体が破綻する恐れがある。

 2,今のような年金現行方式を続けていけば、いずれ若い人たちは、年金をもらえない状況が出てくる恐れがある。

 この考えが、まったくの誤解にもとづくものであることを細野は、明らかにしてくれている。

 つまり、こういうことだ。

 ア、日本では、「少子高齢化」が進んでいるために、「国民年金」は、若い人は払い損になるとよく言われているが、実は、若者の場合でも、実際に払う「保険料」よりも、将来もらえる年金の方が多くなる。払い損にならない。

 イ、それどころか、2009年度から若者の負担を減らすために、高齢者に支払われる年金は「税金」から半分を支払われるようになることが決まっている。つまり、国民年金の個人の保険料の負担は半分ですんでしまうようになる。

 ウ、国民年金の未納者の増加によって国の年金が破綻するというわけではなく、基本的には国民年金の未納者自身が将来、損をすることになる。

 エ、未納や未加入によって保険料を納めていない人が増えていると言われているが、国民年金全体でみれば、その割合は実際には5%程度の人たちに過ぎない。そのため、5%の人たちが増えたり減ったりしても、全体にはほとんど影響がない。

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 細野は、「数学的思考力」の力で、さまざまな資料からこのような結論を出していくのだが、ちょっと驚くばかりである。

 私も、以前、細野の「『数学嫌いでも数学的思考力』が飛躍的に身に付く本!」を読んでいた。

 これを読みながら、この本を読んでおけば、私の数学苦手も解消されたはずだと思ったものである。

 そこで、一から数学の勉強をし直してみようと、早速、細野の「数と式『整数問題』が本当によくわかる本(数Ⅰ・Ⅱ)」を買ったものである。

 忙しさに紛れて、なかなかまだ読めないでいるが、いずれ挑戦してやろうと思っている。

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 退職して、一つ大きな不安があった。

 自分の知的な好奇心は、教職に就いているからのもので、そこから離れたら、そういう好奇心は無くなるのではないか、という不安である。

 辞めてみて、1年が経とうとしている。

 もちろん、教育に関する読書はめっきり減ったが、今まで怠けてきた分野の読書への意欲が出てきたことは確かである。

 ちょっとほっとしている。

 

 

 

 

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再び業務連絡です

 今年も、横浜で野口塾が行われます。

 野口先生からいつも言われます。

 「野中さん、この横浜の野口塾は、日本で唯一の学校が事務局になってできた

 ものだよ」と。大池小の職員が、今年も事務局を担当します。

 どうぞ今年もよろしくお願いします。要項は、下のようになります。

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃☆┃第70回「授業道場 野口塾」 in 横浜
                      横浜実践指導法研究会
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1 期 日 平成21年3月29日(日)10:00~17:00

2 会 場 かながわ労働プラザ  4F第3会議室
       横浜市中区寿町1-4 
       JR根岸線「石川町駅」 徒歩3分

3 参加費 5,000円

4 定 員 50名

5 日程及び内容
   9:30~10:00 受付
  10:05~11:45 第一講座 野口芳宏先生国語講座
               「漢文はこうやって指導する」
  11:45~13:00 昼食・休憩」
  13:00~14:40 第二講座 野口芳宏先生国語講座
               「物語はこうやって指導する」
  14:50~15:30 第三講座 山中伸之先生ミニ講座
               「聴解力を育てる教師の語り」
  15:30~16:30 第四講座 野口芳宏先生教養講座
               「古典に学ぶ」
  16:30~17:00 交流会「今日の学び」
  17:30~19:30 懇親会(中華街にて 希望者)

  ※日程及び内容は変更になる場合がございます。ご了承下さい。

6 お申込方法
  ・Eメールに必要事項をご記入の上、事務局 井上雅一朗まで
   お申し込みください。
   【アドレス】masaichi@r3.dion.ne.jp
   ・講座代金は当日受付でお支払いください。

   ☆ 必要事項 
     1.氏名  2.住所  3.電話番号 
     4.メールアドレス  5.勤務校  
     6.懇親会の参加の有無

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業務連絡です

  「初任者・1週間のシナリオ」をまとめた。来年度の4/6日からのシナリオである。

 私の「3・7・30の法則」の「3・7」の部分である。4/6日から4/14までの1週間の取り組みを1時間ごとに書いたものである。

 これはあくまでも、私ならこうするというシナリオで、即初任者が実践できるものではないかもしれない。

 だが、こんなことをやるのだという目安にはなると思われる。

 このブログを読んでいる初任者の方、初任者担当になられる方、その他の方、どうぞメールで申し込んでください。添付資料で送ります。

 ただし、こちらは一太郎である。ワードの場合は、テキスト形式でしか送れない。

(テキスト形式の場合、罫線が消えるようです)それでもよかったら、どうぞ。

 この資料は、著作権を主張しませんので、どうぞコピーにするなどして自由にお使いください。

 また、児童心理4月号臨時増刊「学級づくりスキルアップ」に「結びつきがあるクラスにしたい」、授業づくりネットワーク4月号に「縦糸・横糸づくりを核として」の原稿を書いている。合わせて参考にしてもらえばありがたい。

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仲がいい職員組織を作ろう

   東京都の教育委員会は、12日、都議会の予算特別委員会で、休職している公立学校教職員のうち精神系疾患を抱えている教師が、約7割にのぼり、年々増加していることを明らかにしている。

 15年度は、約6割で259人、19年度が、やく7割で416人としている。

 全国平均が、19年度で約62%だから、東京都は、平均よりも上になっている。

 現場に長く勤めてきた経験から言えば、まったく驚くことはない数字である。

 今、はっきり言えば、現場にいる20人以上の職場では、2,3人の先生が、精神科の医者にかかっていると、私は思っている。

 密かに病院通いをしている。

 先日の新聞記事で見たのだが、精神疾患の率は、普通のサラリーマンよりも教師は、3倍以上の多さであるらしい。

 都教委で、改めて検討会を設置し、対策を見直すとしている。

 しかし、有効な対策などないであろう。

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 原因は、はっきりしている。

 子供と親と忙しさである。

 クラスの中で、やりたい放題に振る舞う子供がいて、理不尽な要求をつきつけてくる親がいて、そして、コマネズミみたいに働くことを強いてくる教育行政の課題である。

 それに対して、教師集団が互いに支え合う組織になっていない。先生達が、ばらばらになっている。

 そこが、なおさら問題をややこしくする。

 対策は、これに対して有効な手立てを講じていけばいい。

 だが、きっと有効な手立てなど打てないであろう。

 ここまでは、誰でもが指摘し、誰でもが嘆く。そこで終わりである。

 ★

 学校組織で、いま最も考えなければいけないこと、集中して取り組まなければいけないことは、仲がいい職員集団を作り上げることである。

 私は、ブログで何度もこのことを指摘してきた。

 私の最後の勤務校であった大池小学校は、掛け値なしにこのことができていた。もちろん、単なる仲良し集団ではなかった。

 北海道の石川晋さんが、大池小へ来たときも、このことを指摘してくれた。

 晋さんは、校長室から職員室をずっと見ていた。そして、私に言ってくれた。

「野中先生、先生達がよく話していますね。学校によっては、職員室でまったく職員同士の会話がなく、逃げ出したくなるところがあるのですよ」

 大池小は、単なる仲良し集団ではなかった。きちんとした仕事をベースにして、職員が打ち解け合っていた。

 その職員集団で、全校百人一首大会、30分休み、クロスカントリー大会出場(100人以上の参加)、授業分割法、計算タイム、音読タイムの創設、徹底した行事の精選、全校児童の卒業式参加、……さまざまな新しい試みが生み出されていった。

 忙しい学校ではなかったのか、と思われるが、そうではなかった。

 校長の姿勢が素晴らしかった。いつも教師がやりやすい仕事環境を作ることに心を砕かれていた。

 だから、9月は、まったく行事と会議を入れず(学年研だけ)、先生達が、「あゆみ」や子供達との対応に専念できる時間とされた。(8月下旬に9月の行事は全て終えておく)

 大池小を離れて1年が過ぎた。

 ますます学校組織は、仲がいい職員組織を作ることに集中して行かなくてはならないと考えるようになった。

 重点研で教科の研究をする重みと同じように、職員の和を作り上げる試みに取り組まねばならない。

 職場(もうこういう言葉が死語になっているが)は、対立と論争の時代から融和の時代へと矛先を変えていかなくてはならないのである。

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 「怯えの時代」(内山節著 新潮選書)を読んだ。

 その中で、内山は言っている。

「本書のなかで私が述べようとしたことは、近代から現代へ向けての発達原理が今日では劣化原理として働いている、ということである。だから近代的な枠組みを再構築することによっては、現在進行しはじめた劣化をくいとめることはできない…略…とすると問わなければいけないことは、私たちはどうしたら劣化の連鎖から抜け出すことができるのか、である」

 そして、内山は、次のように方向を提起する。

「…私たちは自分たちが生きている時空を語り、そこにどのような存在の世界を創造したらよいのかから、思考をはじめる必要があるのだと私は思っている。あまりにもバラバラになり、あまりにもボロボロになってしまった私たちが生きている時空。この劣化した時空をどうつくり直すのかから、私たちは歩みをはじめるべきなのではなかったか。

 私はその出発点に『連帯』という言葉があるように思う。結び合うこと、助け合うこと、支え合うことである」

 「連帯」という言葉は、ほとんど死語化していたものであるが、内山はあえてその言葉を持ち出して、いま必要な何かを提起している。   

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初任者・1週間のシナリオ

   ブログをまとめた本を出したいと願っていたが、やっと出版社に原稿を渡すことができた。

「5月23日(土)には、京都の明日の教室で講演することになっています。この日までに間に合わせてくれませんか」ということをお願いした。

 このブログ本は、2005年11月26日から2008年3月31日までの2年4ヶ月続いたブログから抜き出して、項目を作り、まとめたものである。

 退職までの日々で、思ったことや考えたことを書き綴ったものである。

 さて、どのようなできばえになるか、楽しみなところである。

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 ここ数日をかけて「初任者・1週間のシナリオ」づくりを考えた。

 私が4月から受け持つことになる初任者2人のために準備しようと思ったものである。

 そして、3月で終わりになる初任者の人にも「おみやげ」で渡していこうと思ったものである。

 作りながら、「待て待て、このシナリオは、とても初任者ではこなしきれないぞ」と思うようになった。

 私の「3・7・30の法則」の具体をそのままに適用しているためである。

 そこで、冒頭に次のような但し書きを付け加えた。

「私が最後に勤務した大池小の6年生の実践を参考にして1週間のシナリオを作り上げたものである。ただし、4/6からのシナリオは、即座に初任者ができるものではない。◎がついているものは、必須のものだが、それ以外は無理をしてこの1週間にする必要はない。他の週に回していいものである。もし、追試をされるのなら、無理をしないで、できることをやっていけばいいのである。もちろん、このシナリオは、初任者だけでなく、ベテランにも十分通用するものである」

 A4の用紙で18枚分にもなった。1週間の1時間1時間の内容を書いたものだからである。

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 私は、これからとても重要な初任研を控えている。

 3月25日(水)には、愛知県小牧市教育委員会の初任研。4月10日(金)には、東京大田区教育委員会の初任研である。

 ここでの私の話は、初任者に大きな影響(?)を与えるであろう。

 小牧市は、これから赴任する初任者、大田区は、始まって5日目の初任者である。

 私の方が、ものすごく緊張しているといっていい。

 この初任者にも、私のシナリオを提起したいと思う。

 「そのまま追試なんかしてはダメだ。自分で考え、自分でよしやろうと思ったことだけを追試しなさい」という感じで、提起していこうと思う。

 

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笑わせて、ぐっと締めて、何度も誉め、その気にさせる

  冷たい雨が降る一日。午後からは、「卒業を慶ぶ会」であった。

 体育館に、保護者と教師達と6年の子供たちが、ぎっしりと詰めて、開会を今か今かと待っている。

 6年1組、2組、3組の合奏、合唱をメインにして、その間に、1年から6年までのスライドで綴る思い出のアルバムが映し出される。

 そこへ先生達の合奏と合唱が入ってくる。

 6年の子供たちは、素晴らしかった。

 中でも、1組の「秋」の合唱は、多分日本中のどのクラスを探しても、このような合唱を披露してくれるところがないのだと確信を持って言えるほどのできばえだった。

 クラスで、このようなレベルの高さを作り上げられるとはなんということであろうか。

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 3組の合唱のあとに、クラスのみんなは、一斉に「○○先生、ありがとう」と、担任の名前を呼び上げた。

 他のクラスの子供たちは、「○○先生、どこにいるんだ!」と、それぞれに探している。

 もう6年生全体の子供たちが知っているのだ。

 ○○先生(4年目の男の先生)は、先日、クラスでの卒業式の練習で、自然に泣けてきて、それを子どもたちに知られて「恥だ、恥だ」と職員室で叫んでいた。

 私は、「今からそんな状態じゃ、呼名の時は、大変だよ。一度だけ呼び上げられなくて交代した人がいたからなあ」と脅かした。

 それでも、子供たちは、きっと○○先生のことをますます好きになっているのだと思う。

 私は、いつも笑って子供たちを見送ったので、子供たちは、何ともさびしかったのではないかと思う。

 担任が、このように別れを悲しんであげることは大切なことである。

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 一日、2年生のクラスに入った。担任の先生が、熱を出して休まれたためである。

 教室に入ると、「あっ、もなか先生だ!」と、口々に騒いだ。前にも、補欠に入ったことがあったのである。

 「怖い話をして!汚い話でもいいです」という連呼。

 前にも、このクラスの担任の先生から「どんな話をされたんでしょうか。教室へ行くと、みんな口々に野中先生のことを話すものですから」と。

 1時間目は、算数のドリル。その後、10分間だけ「怖い話」。

 2時間目は、書写。その後、20分間だけ「おもしろい話」。

 3時間目は、「このつぎなあに」(山中恒)の読み聞かせ。その後、図書。

 4時間目は、誕生会のプレゼント作り。

 そして、給食。実にスムーズにトントンと進む。

 このクラスを1ヶ月でも貸していただければ、それこそ「おもしろいクラス」に仕上げてくれるんだが、とふと思う。

 笑わせて、ぐっと締めて、何度も誉め、その気にさせる。

 理想主義者を相手にするというのは、こんなにも楽しい出来事である。

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 山口の中村健一先生から「73のネタ大放出!」(黎明書房)を送ってもらう。

 早速少し読む。中村先生は、授業づくりネットワークのお笑い同盟の一員である。

 彼のパフォーマンスは有名である。

 読みながら、完全に「横糸作りだ」と思った。

 さまざまなネタには、それぞれに笑いがある。この笑いを作るということは、実はもっとも初任の先生達の苦手とするところである。

 ここで紹介されてあるネタを知っているかどうかで、きっと教室は、変わってくるはずである。

 だから、私は、これからおおいに初任の先生達に紹介したい本である。

 

 

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 ギターを弾いたのです

 学校へ行くと、1時間目は、「卒業発表会」になっていた。卒業生が、クラスごとに合奏と合唱を披露し、そして卒業生全体での合奏と合唱を全校生に聴かせてくれるという会である。

 聴きながら、驚くばかりである。各クラスとも、難しい曲を選びながら、見事にこなしていた。

 全体になると、その迫力が倍加していた。

 在校生から何度もアンコールが飛んだ。

 卒業生は、こうして在校生にステキなプレゼントをしている。

 1年生が、教室へ戻ってきて「よかった!よかった」と言い交わしている。

 こんな姿を見られるなんて、ちょっと感動ものである。

 明日は、その卒業生が、保護者と先生方全員を呼んで、「卒業を慶ぶ会」を開いてくれる。楽しみだ。

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 その「卒業を慶ぶ会」に、職員全員で合奏と合唱をするので、「野中先生も参加してください」ということである。

 その練習を今日行うというのである。

 合奏の曲は、「キリマンジャロ」。

 私は、ギターで参加する。ちょうどギターのコードを書いてある先生のそばで、

なんとか弾く。フォーク世代だから、ギターはちょっと弾けるのである。

 合唱の曲は、アンジェラ・アキの「手紙」である。転調のところが難しい。

 ★

 その「手紙」を歌いながら、卒業する中3の子どもたちの祝電ができあがる。

 昨日、大池小で一緒に6年を受け持った先生から連絡を受けて、「私が考えます」と言ったところだった。

 こんな文面である。

 アンジェラ・アキの「手紙」は、呼びかけています。

「いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど 笑顔を見せて

今を生きていこう」

 私たちも、そう願っています。

卒業おめでとう。

   一人一人の物語は始まったばかりです。

 

 U先生、これでいいですか。(業務連絡でした)

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 5時過ぎに家に帰る。

 メールを見ると、明治図書から連絡が入っていた。

 「心得術60」の本が、第7版になった連絡である。

 先日、6版になったばかりであるが、またまた版を重ねるということ。

 入荷待ちがあるという連絡も付け加えられていた。

 ほんとにうれしいことである。読まれているのである。

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 気になる「言葉づかい」

  教え子が、NHKの教育番組のディレクターをやっている。

 現在持っている番組は、「土曜親じかん」(毎週土曜日夜9:30から)である。

 そこで、言葉づかいのことについて扱うことになったらしい。

 情報集めで私へもメールがやってくる。

 最近、言葉づかいについてはかなり気にしているので、思ったことをメールにした。

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 最近、親たちが、家庭訪問などで教師に向かって「ため口」で話しかけてくることがある。

 同年配ぐらいの親しみからではない。ずいぶん年配の私にさえ「ため口」で話しかける。

 戸惑ってしまうのは、私の方である。

 「先生さあ、うちの子さあ、悪さしてない?最近さあ、私も気になってるんだよね」

 別に悪意があるわけでもない。親しみを込めて私に話しかけてきているのである。

 親たちさえこうであるから、子供たちが、教室で「ため口」で話しかけてくるのは日常である。

 「先生さあ、教科書忘れたんだけど、どうしたらいい?」

 ………

 今でも、日常的にこんな問いかけをしてくる。

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 新卒教師が、クラスを持って最初にやんちゃたちから「お試し」を受けるのも、この「ため口」である。(もちろん、他の担任も最初はこのお試しを受けるのだが)

 やんちゃたちは、この新卒教師がどんな教師であるかを試す必要がある。

 私は、「お試し期間」と言っている。

 だいたい、3つのお試しをしてくる。

 1つは、何か忘れ物をしたとき 2つ目は、トイレへ行きたくなったとき  3つ目は、作業が早く終わったとき である。

 新卒教師は、子供たちに気に入られたいから、ばか丁寧にやさしく対応する。

 1つめは、「先生、ノート忘れた!どうすんの?」と聞く。

 2つめは、「先生、トイレ!」

 3つめは、「先生、終わった!なにやってんの?」

 こんな調子である。

 ほとんどが、「ため口」である。

 これらを許してはならない。

 「先生、トイレ!」「先生は、トイレではありません!」「先生、じゃあおしっこ」

「先生は、おしっこでもありません。ちゃんと言いなさい」

「先生、もれそうなのでトイレに行かせてください」

「もれそうは言わなくてもいいですね」と、まず言葉づかいを直すところから入らなければいけない。

 そして、授業中にトイレへ行きたくなったときのことを全体に説明しなくてはならない。

 最初は、言葉づかいを直すところから入るのだ。

「先生に言う言葉遣いではありません。ちゃんと言いなさい」と、厳しく伝える。

 ここで、先生と生徒の上下関係を身につけさせるのである。

 やんちゃたちも、今度の新卒先生は手強いとなる。そして、今度からきちんとした言葉遣いで対応するようになる。

 お試し期間である。

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 子供たちが、よく使う3つの言葉は、ウゼー、ウルセー、メンドクセーの「エ音」である。

 最後がエーとなるので、エ音と言っている。

 「ちくちく言葉」などとして今言われている。私は、「不幸言葉」と言っていた。

人を不幸にする言葉である、と。人を不幸にするだけでなく、自分も不幸にする言葉なのだ。

 お謡の世界では、このエ音は、人とのコミュニケーションを寸断する言葉として使わないものらしい。

 確かに、人を不快にする。学級崩壊になったクラスでは、もう日常的に使っていく言葉である。

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 科学が進展し、現在では、私たちのもののとらえ方、考え方、行動の仕方などについてさまざまな分析が行われている。

 だが、まだまだ私たちには、心の仕組みも、脳の仕組みも、記憶の仕組みも、考え方の仕組みも、分からないことだらけである。

 ところが、最近とくにここ数十年研究が進み、大きく進化してきた分野がある。

 それは、「顕在意識」と「潜在意識」の使い分けである。(と言われている)

 以前は、左脳や右脳という言い方が一般的だったが、実際には、きっちりと脳の中では分かれているわけではない。そこで、顕在意識と潜在意識という言い方が主流になってきたと言うことらしい。

 問題は、どのように「潜在意識」を活用していくかが大きなポイントになってきたのである。

 だから、言葉遣いの重要さは、この潜在意識の問題でもあると私は思っている。

 何故かというと、言葉はこの潜在意識に溜まっていくため、知らず知らずのうちに、顕在意識での行動が、潜在意識の否定的な部分に引っ張られて、どんどん悪くなっていくということがあるはずだと、思っている。

 うまくいかない、悪いことばかり起こるというのは、そういうことだと思う。

 エ音を、不幸言葉と名付けた意味は、そういうことだ。

 

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九州の佐賀へ帰ってきました

   母が、骨折で入院したために、九州の佐賀へ帰った。

 この時期に帰るのは、初めてである。関東は、この冬初めての寒さに見舞われていたらしいが、佐賀は、もう春の匂いに包まれていた。持って行ったコートがいらないほどの暖かさであった。

 88才の米寿を迎える母は、今まで一人暮らしであった。入院するということは、今まで一度もすることなく、元気に暮らしてきたのだが、股関節のところで、3本の骨折が見つかった。

 しばらくリハビリをしながら、入院生活になるのだが、もう一人暮らしはできない。

 これからのことを考えなければいけないのである。

 さてさて、これからが大変である。

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 往復の飛行機で、諏訪哲二さんの「学力とは何か」(洋泉社新書)「自己チュー親子」(中公新書ラクレ)を読んだ。

 諏訪さんは、退職されてもう7年を経過されているのだが、相変わらず旺盛な仕事ぶりである。

 すごいなあと感嘆しながら読み進んだ。

 特に、「自己チュー親子」は、「オレ様化する子どもたち」をさらに深めておられて、これは簡単に読み進めないなと思いつつ、一気に読み終えた。

 今回は、「個人」と「自己」という概念を提出して、問題をもつ若者達を分析して見せた手並みは、なるほど、なるほどと思わせるものであった。

 もう一度、丁寧に読まなくてはならない本である。

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 久しぶりの晴れ。のどかな朝である。思い立って、歩いて佐賀駅へ向かう。

 佐賀城の周辺と、小学校の頃過ごした周辺を通りながら、駅へ向かう。

 50年前に、この周辺を遊び回っていたなあと思いつつ、その変わり果てた街並みをとぼとぼと歩く。

 小さい頃、あれほど広く思えた街並みや川が、小さく小さくまとまっている。

 変わらないのは、大きな楠の木。

 ちょっと触りながら挨拶。「こんにちは、さようなら」

 

 

 

 

 

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