« 暗夜を憂うること勿れ 只だ一燈を頼め | トップページ | つれづれなるままに…… »

A先生の実践記録感想・その2

 横藤先生からA先生の感想第2弾が送られてきた。

 

 さて、A先生の実践記録への感想第2弾です。

 これも、野中先生の分析には表れていないところ、ということで書いてみました。

 

 次に、A先生がご自分や子供たちの身体を、(おそらく無意識のうちに)よく意識されていることにも感心させられます。

 最近、縦糸をうまく張り、横糸を豊かに張ることができる教師は、身体意識もすぐれているということに気がつきました。

 ・背筋がすっと伸びている=言うことにブレがない。

 ・眉と眉の間が開いている=明るく、聡明。

 ・全身にこだわりがなく、ゆるんでいる=やさしく包容力とユーモアがある。

 ・それでいてハラが据わっている=決断が早く、実行力がある。

  いわば、教師の身体の中にもしっかりとした縦糸と、豊かな横糸が織られている状態です。そんな教師の身体が「教室にどんといてくれて」子供を安心させ、惹きつけるように思います。

 大体において、教師のメッセージは、ほとんどは身をもって伝わるのです。子供は、教師を「見て」いるのです。縦糸も横糸も、感覚として身を通して子供に伝わるのです。口先の言葉だけではダメです。

 A先生の記録にある言葉の数々ー「全身で正面からぶつかっていく」、「あなたたちのよごれた心を食べる」、「まっすぐにストーブのところに行き、その子の横に立ち(向かい合わないで)」、「とっても普通に、当たり前のように、『はいっ』と言って、手の平を出しました。」、「さいごは本能で対応する」、「私は、本気でした」、「ひとりひとりが、自分の体から出す声だけで。“声だけで”――。そこに意味があると思いました。」、そして随所に見られる「大笑い」…。ここには、生身の人間が身体ごと子供たちに向かっていく姿が表れています。しかも身も硬くせず、しなやかに。

 こんな身体をもつA先生に、子供たちが初日に「先生、子分にしてください。」と言い出し、交代でおんぶをしたくなるのは自然なことでしょう。

 学級を壊してしまう教師は、ほとんど休み時間に子供と遊びません。子供をきっちりとリードする身体、子供とフラットな関係性をもつことができるしなやかな身体は、子供と共に過ごす時間の中で鍛えられます。斉藤喜博や東井義雄といった教育界の巨人たちが、実によく子供たちと遊んでいたこと、そしてその姿を多く写真に残していたことの意味に、あらためて感じ入ります。

 心身は二元ではなく、一如です。実際にお目にかかったことはありませんが、A先生はきっと身体性も高い方だと思いました。スポーツか芸事、あるいは心身や言葉が磨かれるお仕事を通して、身体を鍛えてこられた方だと想像しました。(違うでしょうか?)

 そう思って読み進みましたら、A先生のお手紙の最後が「また、明日、元気に、廊下を走って、仕事がんばります。」と、傍点入りで締めくくられていました。A先生の弾む身体が見えてくるようです。

 そもそも、教師が縦糸を重視しないといけなくなったのは、家庭や社会の縦糸が喪失したからです。教師も、その心身から縦糸を喪ってしまったら、集団はリードしていけないのです。

|
|

« 暗夜を憂うること勿れ 只だ一燈を頼め | トップページ | つれづれなるままに…… »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

先生、学級崩壊立て直し記ありがとうございました。メールを送信したのですが、届かないかもしれないと思い、念のため、こちらにコメントさせていただきました。ゼミでも勉強したいと思います。ありがとうございました。

投稿: akasaka | 2009年2月 9日 (月) 11時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/43999510

この記事へのトラックバック一覧です: A先生の実践記録感想・その2:

« 暗夜を憂うること勿れ 只だ一燈を頼め | トップページ | つれづれなるままに…… »