横浜教職員走友会20周年記念式典
風邪をひいていて、朝は声がとても出にくい。こんな症状が、1週間ぐらい続いている。
13日(土)は、所属する横浜教職員走友会の記念横浜ランであったが、風邪のために欠席する。
走友会は、今年20周年である。そのために、記念として横浜の周りを3回に分けて走り抜こうという計画である。
その3回目であった。
14日(日)の記念式典には、岩手からMさんが来ることになっていた。
ついでに、13日の横浜ランにも参加するということだった。
Mさんは、ともに走友会を作った仲間で、50歳の半ばで教師を辞め、岩手の北上に転居していった同志であった。
一緒に走れるのは最後であろうと思って、ぜひとも参加しようと思っていたのである。
でも、欠席をしてよかった。朝8時30分から横浜駅にたどり着いたのは、夕方の4時というから約8時間ばかり走ったということだ。もちろん、ジョギングでの走りであるが、それにしてもとんでもない時間である。
もし走っていたら、風邪の症状がひどくなっていることは間違いない。
12人がみんな完走したらしい。
走っていない人たちから考えたら、とんでもないことであろうが、フルマラソンや100キロマラソンなどを経験している人にとっては、たいしたことではない。
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翌14日(日)は、記念式典である。ホテルキャメロットジャパンで行う。参加者は、24名。
私は、20周年の実行委員長であり、また会の司会を担当する。
なんとか声は出るようになった。
もう何年ぶりであろうか、岩手のMさんにお会いした。
相変わらず元気で、今は教育委員会の社会教育関係の仕事をしているということであった。
岩手に住みだしてから、陶芸の道に進んでおられたのだが、いまは仕事の方が忙しくてなかなか趣味にはいけないということだった。
自分で作ったという盃をいただいた。すばらしい盃である。
式典では、記念誌が発行された。この記念誌は、とても凝っていて、20年の流れがくっきりと分かる内容だ。
式典は、和気あいあいに順調に(?)進み、お開きになった。
それからみんな二次会に流れていった。
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私は、高校時代に陸上競技(長距離)をやり、40歳になり、再び走り出すという経験を持っている。40歳代の10年間をずっと走り続けた。フルマラソンも10回走ったことになる。
しかし、教育の仕事にかかり切りにならなければ、とてもやっていけないという状況で50歳でぴたりと走ることをやめて、現在に至っている。
今また少しずつ走り始めている。
長く走ることが嫌いな人は多い。それは、学校での持久走の取り上げ方がまずいためである。
はあはあ、ひいひいと走ることが、長距離走だと思っているし、実際にそんな走り方をさせている。
これで嫌いにさせている。
実は、長くゆっくり走ることは快いことである。おしゃべりをしながら、軽く走るぐらいのジョギングは、想像以上に快適である。
これから私も、このような走りを続けていけたらいいなと願っている。
もう一度フルマラソンを走ることができるのだろうか。
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