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2008年12月

健康オタクである

  年末である。

 昨日は、娘の誕生日で、午後娘は、車でかけつけてくる。めったに来ない。仕事に忙殺されている。某紳士服業界である。

 3人で、ひっそりと誕生会を行う。今年も、大きな病気をしないで、何とか健康に過ごしてきたことを祝う。そういうことの大切さをしみじみと感じる。

 3人とも、「健康オタク」である。その話題で盛り上がる。

 さまざまに健康にいいことは、早速試してみる。3ヶ月ぐらい試して効果ないと分かるとさっさと止めてしまう。

 今、続けているのが、野菜ジュースである。これは、もう3ヶ月以上続いている。

 この野菜ジュースは、キャベツ、ニンジン、りんごをジューサーにかけて作るのである。とてもおいしいジュース。

 免疫力を体に蓄えるというものらしい。いま、東洋医学を取り入れた独自の食事療法、運動療法を提唱している石原結實さんが勧めているものである。

 そのおかげか、風邪を引いたが、ひどくならないで治ってしまった。

 それから「生姜紅茶」である。これも石原さんのお薦めのもので、最近は、パック入りが売ってあるので、便利である。

 最近の朝は、この野菜ジュースとバナナと生姜紅茶で済ませてしまう。

 ★

 退職した友人達は、ほとんど瞬く間に太っている。私も油断していたら、2キロぐらいすぐに体重が増えてしまった。

 最近の一日検診では、メタボ検診が付け加えられていて、ウエストを計られる。

 私は、82センチだったが、「3センチぐらいすぐに越えますから、気をつけてくださいよ」と注意された。

 現場で働いているとき、歩数計でどのくらい歩いているか計ったことがある。

 16000歩であった。十分な歩数である。

 ところが、退職したら、すぐにこの歩数が取れなくなっている。食事は同じようにしているので、太るのは時間の問題である。

 そこで、生活を変えている。

 まず、食事の量を減らす。それから、朝30分ぐらい歩き、夕方は、歩きかジョギングで30分かける。必ず、1万歩以上歩くことである。

 これで1ヶ月で3キロぐらい体重が減った。

 今は、フルマラソンが走れるぐらいの体重(63㎏)に戻っている。

ウエストも、何とかしないといけない。70台にしなくてはならない。

 そこでいまがんばっているのが、腹筋である。一日のノルマが最低100回。

 大変かなと思ったが、これは簡単である。

 空いた時間に、どこでも早速腹筋をする。一回に、20回から30回すればすぐに100回は越えていく。

 というように、健康オタクである。

 私の唯一の長所が、続けられるということだから、しばらくは続けていけそうである。

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 「一時一事の原則」を使えるかどうかが決め手である

   学校が冬休みを迎えたのだが、1つだけ書いておきたいことがあった。

 初任者の授業のことである。

 自分が授業をやっているときには、このように意識することはなかったことである。

 授業を大きく左右する技術は、やはり「一時一事の原則」だなということであった。

 これは、向山洋一さんの「授業の腕をあげる法則」で有名になった指示の方法である。

 初任者に何度も具体例を示し、指摘してきたのであるが、なかなかうまくできるようにならない。

 何か作業をさせたり、書かせたりするときには、どうしても最初にほとんど全部説明し、指示をだしたあとに「さあ、やりなさい」となってしまう。

 たとえば、次のように言う。

「今日は、図工の単元の○○○をします。どんな勉強をするのか、図工の本の24ページを開きます。そして、はさみとのりが必要なので出しておきます。あとで色画用紙を使うので、今取りに来ます」

 最初にまとめて指示をして、そして作業をさせていくという方法が、どうしても固まっている。その方法をなかなか崩せない。

 そのように自分も教えられてきたのであろう。また、一問一答みたいに指示を出していくことを嫌っているのかもしれない。

 ★

 ところが、その初任者の先生、みごとに「一時一事の原則」を使った授業をした。

 書写の授業である。(1年生)

 ①まず、手本と練習の紙を配布した。(練習用の紙には、なぞれるように点々の文字が書いてある)

 ②「手本の題名のところだけを出して、あとは折り曲げなさい」と指示。題名だけが見えるようにする。

 ③練習用の紙と手本の置き方を指示。(右利きと左利きの子供それぞれに指示)

 ④「題名だけを書きましょう」「終わった人は、何度も指でなぞっておきましょう」

 ⑤「次に、一行だけ見えるように折りましょう」

 ⑥「一行だけ書きましょう」「終わった人は、何度も指でなぞっておきましょう」

 ………

 というように続く。それぞれの指示ができているか、全体を確認して進む。

 そして、最後に、自分の名前を書かせる。

 びっくりしたのは、一人一人の名前全員(40人)を先生が点々で書かれてあった。きちんと枠にあてはまるように書かせるためである。

 これで、練習は終わりである。クラス全員が、ぴーんと集中して取り組んでいた。

 そして、また同じように本番になる。今度は、点々がない。難しくなる。

 でも、一回目に練習をしているので、やり方はわかっているのである。

 みごとな「一時に一事の原則」を取り入れた授業であった。

  ★

 この原則の効果は、とても大きなものである。

 9月に実習生が来て、授業を見てほしいということで見たことがあった。

 指示がめちゃくちゃである。

 一つの指示を出し、またすぐに次に指示を出す。そして、また次に指示を出すというように授業は進むので、途中で子供たちがざわざわしだし、それを押さえるために、実習生は、大声をはりあげていた。しかし、どうにも押さえられなくて、進んでいくのである。そのうちに、子供たちは、手いたずらをしたら、おしゃべりをしたり……。

 「一時に一事の原則」を知らないのである。

この原則を知っていて、使えたら、この授業は大きく変わるだろうなあと思えたものである。

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算数の3分割指導は、効果的である

   24日である。学校の終わりの日であるが、水曜日なので出かける。この日は、少人数学級担当の初任者につく日である。しかし、算数の授業は、1時間もない。

 初任者は、4,5年の貯まっているテストをつけている。

 テストの付け方を教える。

「テストはね。1枚1枚全部付けたりしたらダメだよ。答えを記憶できる範囲をつけること。だから、指サックをして、はやくめくれるようにする」

 そのように教えると、ずいぶん速くテスト処理ができるようになる。

 自分が担当している子供たちの点数の様子を聞く。

 手応えは十分である。よくできているらしい。

「よかった、よかった。1月からは、もう少し3分割指導を徹底すればいいね」

ということになった。

 ★

 3分割指導というのは、授業を3つに分けて指導する方法である。

 5分間(前時の復習テスト○付けを含む)ー本時(35分)ー5分間(本時の復習問題)という流れである。

 私は、大池小学校時代に4分割指導を提起している。

 5分間(計算タイム)ー5分間(復習タイム)ー本時(30分)ー5分間(本時復習タイム)

 なぜ4分割なのか。

 クラスの子供たちに、計算嫌いが多く、かけ算九九などにもつまづきが多くいるクラスに必要な指導システムである。

 普通のクラスでは、5分間の計算タイムは、必要ではない。

 それでも、3分割指導は、効果的である。

 まず、授業の初めの5分間に前時に解いた問題をもう一度復習する。

 この時間を設けたことは、私の算数授業を画期的に変えた。

 それまでは、復習は大切だと言いながら、誰でもこんなことをしてはいなかったはずである。

 ある日試しに前時にやった教科書問題をそっくりそのままテストをしたことがあった。愕然とした。半分の子供しか全部合格しなかったのである。

 あれほど教えたのに……。

 そのとき分かったのである。このようにはっきり分からないままに1時間1時間を積み重ねても分かるようにはならない。

 授業の最初に、きちんと前時の問題を解かせるようにしよう、と。

 算数ほど積み重ねが要求される勉強はない。

   ★

 「かけ算の九九ができていない場合はどうするのですか」

と、初任者が質問をした。

 「前の学校では、授業の最初の5分間の計算タイムで補っていたが、普通はそうはいかないよね。その場合、九九があやしい子供には、2の段から全部言わせてみて、すぐに言えない九九や間違っている九九を英語単語帳(100円ショップに売ってある)に全部書き込ませて練習させる。私は、その時間は、給食の配膳しているときに相手をすることにしていた。もう言えるようになったら、単語帳をはずしていく。1枚1枚はずしていく。これはいいよ。6月頃までには全部言えるようにすることだね」

 「ゆとり教育」が始まって、クラスで必ず4,5人の子供が九九が言えない。

 そのままにしていたら、中学校までそのままで行く。完全な算数嫌いにしてしまう。

 だから、必ず学校にいる間のどこかで時間を取って言えるようにしなくてはならない。

「特別に何人かの子供だけ、そんなことをすればかわいそうじゃないですか」と言う若い先生は多い。

「かわいそうなのは、九九を言えないままに次の学年に送ることだよ。全員に宣言すればいい。『九九が苦手な人はいると思う。これから苦手な人はできるようにします』と言って、まず最初は全員に九九テストをすればいい。それからできていない子供を相手にすればいい」

 九九ができていない子供(どうしてもできない子供はいるが)をそのままにしている教師は、教師失格だと私は思っている。

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学級崩壊問題克服を今、私はこのように考えている

   友人が、学級崩壊をしているクラスの補助に入った時のことである。

 サポート(T・T)いう形で、3年の崩壊しているクラスに入る。学年は2クラスで、1クラスの人数は、37名である。

 とにかく、初めて見たような惨状で、すさまじい状態であったという。

 そのクラスは、4月の下旬から崩壊の状況が浮き彫りになり、担任は、全職員にクラスの現状を訴え、手助けをお願いしている。

 5月の上旬には、教務主任がサポート体制に入るが、らちがあかず、6月上旬には、特に問題のある2名を親の承諾のもと、特別に学習室で学習させる体制を取っている。クラスには、空き時間の教師が随時サポートに入る。

 友人は、7月に、その教室にサポートとして入る。

 ★

 クラスの特徴は、37名のうちに男子が10名多く、男子の幼稚さが際だつ。

 すでに学習室で、別に2名が学習しているが、その他に席を離れたり、教師の指示に従わない子供が、男4人、女1人いる。

 そして、その場のムードに流されて、強く指示すれば、しぶしぶ従う子供が、男6人いる。

 すでに特別なやんちゃな2名は、クラスから外れているのである。

 それでも、他の11人が、クラスではやりたい放題をやっている。

 保護者もまた、教室に毎日参観されている状況だったらしいが、ほとんど何の影響もなかったらしい。

 ★

 友人(Yとする)は、次のようなやりとりを彼らと繰り返したらしい。

 Y「チャイムがなったから座りなさい」

 子「なんで」

 Y「ここはね、学校だから」

 動こうとしないので、手を引っ張ったら、「痛い、引っ張った、暴力」の声。

 それでも引っ張っていったら、「何すんの」という罵声。ようやく座る。

 ▽

 学習が始まっても、何も出さないで遊んでいる子に、

 Y「ドリルを出しなさい」

 子「ない」

 机の中を調べようとすると、

 子「人の机の中、勝手に見ないで」

 Y「紙をあげるからやりなさい」

 子「いらない」

 しばらく友達と喋って、少しやる。

 このようなやりとりが、何人もの子どもたちと延々と続く。

 ★

 その日の気分で動くことが多い。ちょっとおもしろいと乗ってくるが、自分にとってつまらないと思うと授業の妨害を始める。

 このような子供たちは、教師の指示にはすぐには従わないので、それぞれ勝手な判断で動き、自分のやりたいことをやる。当然、忘れ物やけんかは多い。掃除に至っては、時間になるとウロウロしながら、上手にサボる。

 教師への言葉遣いに表れているが、教師や大人をなめきっている。教師は、体罰ができないということを逆手にとって対応している。

 友人が、メモしたものをこのように公開しているのであるが、小学3年生とはとても思えない姿が、ここにはある。

 友人に対しては、「変なおじさんが来た」という受け取りで、ほとんど教師としての扱いを受けていない。

 友人は、8月には、仕事を終えている。

 ★

 学級崩壊は、日常化している。どこでもありふれた事例としてある。

 先日も、ある学校の、ある校長さんから電話があり、「退職されたと聞いたので、もし家におられるようでしたら、5年生の担任をもってもらいたいのですが…」ということであった。

 担任は、病休になろうとしている。しかし、代わりの教師がいないのである。

 おそらく、学級崩壊がらみのものであろう。

 とんでもない状況になってきている。

 私は、前代未聞の状況が進んでいると言い続けているが、まさしくその通りに騒然とした事態が進んでいる。

 ★

 この学級崩壊は、授業不成立の事態としてとらえることができる。

 しかし、これは現象として、学級にそのように表れているものである。

 この現象を引き起こしている核となるキーポイントは何か。

 これをつかまえることができれば、対処法が出てくるはずである。

 (1)授業がつまらない  (2)男女の仲が悪い  (3)やんちゃな子供が多い

(4)軽度障害をもつ子供がいる (5)担任の学級経営が悪い などの理由が考えられる。

 それぞれに、少しずつ「そうだよな」という原因はある。

 そこで、さまざまな原因が複合的に重なって、学級崩壊が引き起こされるということになってしまう。結果的には、何を言っているか分からないように、うやむやになってしまう。

 私なら、今、この問題を次のように考えている。

 学級崩壊は、クラスの担任と子供たちとの関係作りの失敗・破綻によって引き起こされる。

 これが、授業不成立という現象を引き起こしている、核となるキーポイントであると理解している。 

 これはどういうことだろうか。

 ★

 学級崩壊を起こした先生、学級崩壊に関わった先生たちならば、理解できることであるが、次のことははっきり認めなくてはならない。

 1,学級崩壊を起こしているクラスは、どのようなサポート体制をとろうとも、ほとんど効力を発揮しない。校長、教頭、教務主任などが関わり、問題がある児童に対して、さまざまな対処をしても、また保護者を呼んで、さまざまな監視活動をしても、ほとんど効果はない。

 2,そのクラスを変えるためには、担任替えをする以外にない。担任を替えてそのクラスが見違えるように変わったという事例は、豊富にある。また、学年が代わり、担任が替われば、見違えるようなクラスになるというのは、私が実際に経験した事例でもある。

 このことが明らかにしているのは、学級崩壊を起こしているクラスで、その担任が、そのクラスに居続けるかぎり、事態はほとんど変わらないということである。

 もう少し突き詰めれば、その担任と子どもたちとの間に作られている関係が変わらなければ事態は変わらないということになる。

 学級崩壊を乗り越えたという先生が、わずかでもいるが、それは、その先生がそれまでの子どもたちとの関係を劇的に変えた結果だろうと予想される。 

 つまり、このことは何を意味しているかと言えば、崩壊しているクラスは、その担任の先生と子どもたちとの関係作りの失敗・破綻があって、授業不成立の現象が起こってきているのである。

 ★

 だから、学級崩壊の問題は、担任教師と子どもたちの関係作りの問題であった、と私はいま理解しているのである。

 「なあんだ、そんなことか。そんなことは分かっていたよ」と簡単にこの問題を通り過ぎないでもらいたい。

 この学級崩壊に対して、適切な処方箋を提起した先生は、少なくとも一人を除いて私は見たこともない。

 ともすれば、とんちんかんな対応をしていたかもしれないのである。

 その一人とは、北海道の横藤雅人先生である。

 横藤先生は、手作りの雑誌「ブラッシュアップ指導力」で「織物モデルの教育論」という連載で、「縦糸・横糸」理論(私がそのように勝手に命名している)を提起されている。

 学級作りは、織物を織るように、まずしっかりした「縦糸を張る」ことから始め、そこに「横糸を張り巡らせていく」ことをしなければならない。

 「縦糸を張る」とは、教師と子供たちとの縦の上下関係作りである。

 「横糸を張る」とは、教師と子供たちとの横の<通じ合い>である。(私なりの理解で、ここでは書いている)

 横藤先生は、「縦糸を張る」、「横糸を張る」ということで、子供たちとの関係作りを明らかにしたのである。

 この2つの関係作りをきちんとしなければ、学級はきちんと成立しませんよと提起されたわけである。

 ★

 この「縦糸・横糸」理論は、まだまだ明確ではない。

 「縦糸を張る」ことは、具体的にどうすることなのか。

 「横糸を張る」ためには、具体的にどのようにしていくことか。

 ここがまだまだ曖昧である。人それぞれに勝手に受け取られている。

 定義を明確にし、実践を積み、実践を集め、多くの人に伝えなくてはならないと思っている。

 この「縦糸・横糸」理論は、学級崩壊問題に大きな一石を投じ、必ず事態を打開していく方向を示していくと私は確信している。

  

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「奇跡のりんご」を読む

  「奇跡のりんご」(幻冬舎)を読んだ。

 ひさしぶりに一気読みをした本だった。

 NHKの「プロフエッショナル 仕事の流儀」で放映された木村秋則の記録が書かれた本である。

 キャスターの茂木健一郎は、次のように書いている。

「NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』の収録のスタジオで、木村秋則さんにお目にかかったその日。住み慣れた『文明』というものを覆っていた厚い天蓋が外れ、どこまでも広がる深い青空が露わになった。今まで気付かなかった生命の可能性がきらめいていた。その雄大な風景の真ん中に、小柄な木村さんの姿があった。木村さんとお話ししたことは、今でも私の心の深いところにくっきりと刻まれている」

 読み終えた今、木村秋則の生き方に衝撃を受けている。

 無農薬、無肥料でのリンゴ栽培。その実現に向けて苦闘した、そのすさまじい生き方である。

 それは何なのだろうか。

 この本を書いた石川拓治は、初めて木村が栽培したりんごを食べたときのことをこのように記す。

「そして、リンゴの木はとびきり美味しい実をつけるようになった。

 外見はごく普通だ。

 それほど大きいわけではない、形は少しばかり歪んでいるし、小さな傷もある。

 少なくとも外見は、デパートの地下食品売り場に並ぶような一級品ではない。その何の変哲もないリンゴに初めて齧りついたとき、不覚にも涙をこぼしそうになった。

 もちろん、先入観があったことは認めよう。

 リンゴを頬張りながら、木村が三十年間にわたって経験しなければならなかった、数限りない苦労のことを思い出していたのは事実だ。

 けれど、涙の理由はそれだけではない。

 そのリンゴは、信じられないくらい美味しかったのだ。

 あまりにも美味しいものを食べると、人は涙を流すのだということをその時初めて知った。一口頬張った瞬間に、大袈裟ではなく、自分の全身の細胞が喜んでいるような感じがした」

 1年の360日ぐらい、りんごを食している私は、しみじみこのりんごを食べてみたいと思った。

 世の中には、信じられないほどの生き方をしている人がいるのである。

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横浜教職員走友会20周年記念式典

  風邪をひいていて、朝は声がとても出にくい。こんな症状が、1週間ぐらい続いている。

 13日(土)は、所属する横浜教職員走友会の記念横浜ランであったが、風邪のために欠席する。

 走友会は、今年20周年である。そのために、記念として横浜の周りを3回に分けて走り抜こうという計画である。

 その3回目であった。

 14日(日)の記念式典には、岩手からMさんが来ることになっていた。

 ついでに、13日の横浜ランにも参加するということだった。

 Mさんは、ともに走友会を作った仲間で、50歳の半ばで教師を辞め、岩手の北上に転居していった同志であった。

 一緒に走れるのは最後であろうと思って、ぜひとも参加しようと思っていたのである。

 でも、欠席をしてよかった。朝8時30分から横浜駅にたどり着いたのは、夕方の4時というから約8時間ばかり走ったということだ。もちろん、ジョギングでの走りであるが、それにしてもとんでもない時間である。

 もし走っていたら、風邪の症状がひどくなっていることは間違いない。

 12人がみんな完走したらしい。

 走っていない人たちから考えたら、とんでもないことであろうが、フルマラソンや100キロマラソンなどを経験している人にとっては、たいしたことではない。

 ★

 翌14日(日)は、記念式典である。ホテルキャメロットジャパンで行う。参加者は、24名。

 私は、20周年の実行委員長であり、また会の司会を担当する。

 なんとか声は出るようになった。

 もう何年ぶりであろうか、岩手のMさんにお会いした。

 相変わらず元気で、今は教育委員会の社会教育関係の仕事をしているということであった。

 岩手に住みだしてから、陶芸の道に進んでおられたのだが、いまは仕事の方が忙しくてなかなか趣味にはいけないということだった。

 自分で作ったという盃をいただいた。すばらしい盃である。

 式典では、記念誌が発行された。この記念誌は、とても凝っていて、20年の流れがくっきりと分かる内容だ。

 式典は、和気あいあいに順調に(?)進み、お開きになった。

 それからみんな二次会に流れていった。

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 私は、高校時代に陸上競技(長距離)をやり、40歳になり、再び走り出すという経験を持っている。40歳代の10年間をずっと走り続けた。フルマラソンも10回走ったことになる。

 しかし、教育の仕事にかかり切りにならなければ、とてもやっていけないという状況で50歳でぴたりと走ることをやめて、現在に至っている。

 今また少しずつ走り始めている。

 長く走ることが嫌いな人は多い。それは、学校での持久走の取り上げ方がまずいためである。

 はあはあ、ひいひいと走ることが、長距離走だと思っているし、実際にそんな走り方をさせている。

 これで嫌いにさせている。

 実は、長くゆっくり走ることは快いことである。おしゃべりをしながら、軽く走るぐらいのジョギングは、想像以上に快適である。

 これから私も、このような走りを続けていけたらいいなと願っている。

 もう一度フルマラソンを走ることができるのだろうか。

 

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一番に言いたくなる言葉が、一番の禁句

  以前、サッカー代表監督をしていた岡田監督(今もしているが)が、言っていたことがある。

「言葉っていうのは難しいですねえ。今の選手たちは、『精神的』という言葉を使うと、それだけで拒否反応を起こすのですよ。だけど、『メンタルが弱い』というと素直に聞き入れるんですね」

 なるほどそういうものか。言っていることは、同じなんだけどなあ。今でもサッカー界では、「精神」というのは、禁句になっているのだろうか。

 若い選手に届くためには、少しでもスマートにいわなくてはならないようだ。

 こういうふうに言ってはいけないこと、こう言ったほうがいいだろうということは、どこの世界でもありそうだ。

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 オリンピックでの星野ジャパンの陣容を知ったときには、「これでは勝てない」と私は思った。

 案の定、惨敗であった。

 組織論という考え方がないなと思ったのである。

 会社で、社長、部長、課長が全部60代とするなら、20代の若い従業員と気持ちが通じないというのは当たり前である。

 星野仙一、山本浩二、田淵幸一という60代3人組が、若い人たちに星野野球の考え方を徹底しようと思っても、それはハナから無理だった。

 20代前半の選手達に対して、40歳も離れている連中が、しっかりしたコミュニケーションがとれるはずはない。

 私なら、もっと若手のコーチ達を選んだはずである。

 監督と選手のハートが分かるコーチが間に立たないことには、チーム作り、組織作りはできないからである。

 いわゆる若い選手に届く言葉を持っているかどうか、である。

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 ずっと以前に、まだパソコンが一般に普及し始めたころのことである。

 パソコンショップでの禁句ということがとりあげられていた。

 当時、パソコンショップでは、PC商品には近づかず、遠巻きにうろうろしているおじさんがたくさんいた。パソコンには興味があるが、機会ものには弱い。そんな人たちである。

 そのおじさんたちに、店員が言ってはいけない言葉があるというのである。

 その禁句とは何か。

 正解は、「簡単ですよ」なのだという。

 私が、もしその店の店員だったら、絶対に何回も言っていたと思う。それしか言いようがないからだ。

 それが一番親切だからだとも思う。

 しかし、それが禁句というのだから、驚いたことがある。

 よく考えると、実は、その言葉が一番彼らを傷つけるのだろう。

 さすがに現場の人間は、よく分かっているものである。

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 私たちも、知らず知らずのうちに人を傷つけていることがあるはずである。

 たとえば、鬱病の人に、「がんばれ」が禁句になっているのは、代表的な例である。

 そこで考えるのだけど、ほんとうは、一番に言いたくなる言葉が、一番禁句になるのかもしれない、と……。

 

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「たつのおとしご」は、どう書くのだろうか。

 初任者の研究授業のために、事前に私が、授業をした。いわゆる示範授業である。

 5年生の国語(漢字)の授業。

 「漢字の読み方と使い方」の2時間分の授業である。

 1時間目の授業の最後に、子供たちに問題を出しておいた。

 国の名前を探し出す問題である。

 21問ある。「実は、私も分からない問題3つある」と正直に言った。

 墨西哥(       )、白耳義(      )、諾威(        )

 そのクラスの先生からあとで聞いた。

 給食の時間に、その国名を探すので全体が大変だったそうである。

 ほとんどが当て字であるので、見当がつかない。

 ところが、ところが、次の日の国語の時間に、ほとんどの子どもたちがプリントを提出した。

 別に宿題ではなかったのだが、すごい盛り上がりである。

 知的なものに反応をするクラスである。

 ★

 2時間目は、特別な読み方をする漢字の授業である。

 教科書に出てくる漢字(八百屋、果物、迷子など)などでは、ほとんど子供たちが満足する授業はできないと判断した。

 そこで、海に関する漢字で挑戦しようと思った。TOSSの伴さんがどこかの本で書かれてあったものの追試である。

 ざっと教科書の漢字を読み込んだ後に、次の漢字を提出する。

 ①海女  という漢字から入る。石川県などでは、海士(あま)であるということも説明する。これは、ほとんどの子供がすぐに読める。

 ②くらげは、どんな漢字になるだろうか。(海月)

 ③海星は、なんと読むだろうか。(ひとで)

 ④「たつのおとしご」は、どう書くだろうか。これは、誰も分からないと思ったが、一人の男の子が、ずばり当てた。その子は、全部解答することができた。「どうしてそんなに知っているの?」と聞くと、漢字に興味があって、前に調べたことがあったと答える。(海馬)馬の頭の方が、たつのおとしごの頭と似ているからということである。

 ⑤海豚(いるか)  これは、ほとんどの子が知っていた。

 ⑥海豹は、なんと読むだろうか。(あざらし) 3人の子供が答えられた。

 ⑦海鼠は、なんと読むだろうか。(なまこ) これは、さきほどの男の子一人だけが答えた。

 ⑧海老は、なんと読むのだろうか。(えび) これも、ほとんどが読むことができた。えびは、曲がっていて、老人も曲がっているからだろうという推理。

 ⑨海苔は、なんと読むだろうか。(のり) これもすぐに分かった。 

 そこで、「海海海海海」という漢字を提出。

 これは、何と読むでしょうか。全部読み方が違います。

 答えは、「あいうえお」となる。「海女のあ」「海豚のい」「海胆のう」「海老のえ」

「海髪<おご>のお」となる。

 時間があったので、川柳の読み方を提出した。

「同じ字を 雨雨雨と 雨て読み」

「同じ字を アメ サメ ダレと グレて読み」となる。

春雨(はるさめ)、五月雨(さみだれ)、時雨(しぐれ)から取ったものである。

 子供たちは、おもしろそうに、とても授業に集中してくれた。

 

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細く、長く、それなりに愛情を

   「さなぎ食堂 定食日記」という番組が、先日NHKの夜の番組で放映された。

 うっかり私は見ることができなかった。

 「先生、見てください」と、言われていた番組である。

 教え子がディレクターとして関わった番組である。

 なんとか海賊版を見ることができた。

 静かな感動を覚えた。

 労働者達が集まる横浜寿町というどや街で、定食の食堂を営む社長兼シェフの土谷さんの日常を扱ったものだ。

 番組は、ナレータの淡々とした語り口で進んでいく。

 その淡々とした番組構成は、意図的なものだ。

 決して、大変な境遇にある人たちへの、過剰な正義感や奉仕活動を全面に出そうとしていない。

 土谷さん(31歳)も、淡々と「細く、長く、それなりに愛情を」という精神で食堂を切り盛りしている。

 ほとんど収支ぎりぎりの経営である。定食が、300円ということからもそれが分かる。

 番組は、毎日定食を楽しみにして出かけてくる藤本さんを映し出す。

 足が不自由な藤本さんが食堂へやってくると、シェフは、食べやすいように肉を小さく切っていく。何気ない配慮である。

 ここに出入りする労働者たちを、この食堂がどれだけ支えているか。

 それは大変なものだと思う。

 そこに過剰に関わろうとしていない土谷さんの姿勢に、静かな感動を覚える。

 そして、こういう番組を作れるNHKは、とてもいいものだと見直したところである。

 

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小泉容疑者のことを考える

   ブログが滞りがちである。書くことがないわけではないが、何せ時間がない。

 いま3月31日までのブログを原稿にする作業をやっているからである。

 退職の記念として一冊にまとめようというわけである。

 もうすでに書いたものをまとめるだけであるから、たいしたことではないと思っていたのだが、これが大変な誤算である。

 膨大な量のブログがある。これを取捨選択しなくてはならない。これにものすごい時間がかかった。

 一応、整理ができたので、原稿作業を始めたが、これもなかなか進まない。

 ブログは発行するときには、基本的にはざっとしか読み返していないので、間違いが多い。これを直しつつ、原稿作りをしていくので大変な作業になる。

 いまこれにかかり切りになっているわけである。 

 ★

 小泉容疑者のことである。ずっと最近は、マスコミはこの話題を追っている。

 周到な準備をして、事件を起こしている。誰でもが、最初は「年金テロ」と思ったはずである。

 ところが、動機はずっと「34年前の飼い犬チロの仇討ち」である。そして、どうして厚生官僚なのかというと、官僚は悪の中心だからというのだから、きつねにつままれたような話である。

 マスコミも、警察も、きっと他にきちんとした動機があると踏んでいる。

 まさかそんな不可解な動機で、あんな殺人事件を起こせるわけはないと思っている。

 「飼い犬チロの仇討ち」と「官僚批判」という認識ならば、ほぼ小学生高学年のレベルの問題である。

 しかし、小泉容疑者は、もう46歳になっている。

 それこそ34年間の間、こういう認識に、さまざまな認識が付け加わって考え方は大きく変えられていくはずである。

 それが「大人になる道」である。きちんとした社会性が身についていくことである。

 こんなことは、まだまだ日本の社会では常識である。

 しかし、この常識を小泉容疑者は崩してしまっている。

 私は、このような2つの動機しか出てこないのかもしれないと思っている。

 ほんとうに、このような動機で殺人を計画し、実行したのではないかと思い始めている。

 ★

 教育現場で長いこと勤めてきた経験から判断すると、日本社会では、こういう存在が出てきてもおかしいことはないと考えている。

 つまり、小学高学年ほどの幼稚さのままで、それ以上に何も学べないままに大人になっている者は、ごまんといるからである。

 彼らは、小学生のままの幼稚さのままに自己中心的な自我を囲い込んで、そこにテレビや音楽やファッションやゲームやセックスや漫画やスポーツについての最近情報をぎっしり詰め込むことを「成長すること」と錯覚したまま成長する。

 しかし、社会は、そんな甘いものではないので、彼らを相手にしない。

 だから、小泉容疑者のように、彼の生活は、ほとんど社会との接点がない。

 その結果、いつまでも幼稚な認識は変わらない。彼の認識は社会でもまれることがないためである。

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 私は、学級の中に「生徒」することができない子供たちが層として登場してきていることをずっと警告してきた。この連中が、学級崩壊の中心を形成している。

 「生徒」するとは、学びの姿勢をとることを意味する。

 学びの姿勢が取れないというのは、知識が身につかないということではない。

 「ものごとを学ぶ」ための基本的な姿勢が身につかないことを意味する。

 「ものごとを学ぶ」というのは、「教えてくれる人間」から「やり方」の説明を聞き、それを自分なりに受け入れ、それに関連した課題に応用してみて、うまくできないときはなぜできないかを指摘してもらう、という「教師側」と「生徒側」との双方のコミュニケーションによって成り立つ。

 これが、学ぶということの基本である。

 しかし、この学びの訓練を通して、子供たちは、「説明を聞くときは黙って聞く」、「あとで思い出せるようにノートにきちんと記載する」、「学習している周りの人の邪魔をしない」……などの基本的マナーを身につけていく。

 しかし、「生徒」できない子供たちは、小学生段階で「ものごとを学ぶ」という姿勢を放棄するのである。だから、「ものごとを学ぶ」仕方そのものを身につけずに大人になってしまうのである。

 「学ぶこと」がなくなるわけではない。むしろ、大人になったら、人から学ぶことは多くなる。

 しかし、彼らは、「自分の知らない情報や、自分が習熟していない技術」を身につけられない。「ものごとを学ぶ」双方のコミュニケーションの仕方が分からないからである。

 要するに、彼らは、「自分が知らないことや、自分ができないこと」を学んで知ったり、身につけたりするための「すじみち」が分からないのである。

 だから、彼らは、いつまでも幼い小学生高学年程度の知識やレベルを量的に増やしていく以外の道しか残されていない。

 このようなことで、社会で生き続けていくことはとても困難になるはずである。

 こうして小泉容疑者が生まれる。

 ただし、彼に続く同胞がこれからごまんといるのである。日本社会は、彼らを抱え込んでいかなくてはならないことになる。 

 

 

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