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学級崩壊の始まり

  再任用された初任研担当の先生達は、月に一度教文センターに集められ、さまざまな話し合いに参加することになっている。

 昨日は、その集まりであった。4人一組で担当している初任者の現状を話し合った。

 一人の先生の話に注目した。

 4年の初任の女の先生のことである。

 その学校は、3クラス。前年度の3年生では、2クラスが学級崩壊をしていて、今年度は、1組には、厳しい指導をされる学年主任の女性の先生、2組は、教務主任の先生、そして3組が初任の先生となる。

 その初任の先生は、最初から厳しい指導で子どもたちに立ち向かった。

 4年生全体での合い言葉ではなかっただろうか。

 1ヶ月は、きちんとしていたという。

 崩れ始めたのは、5月の連休明け頃からだ。

 おしゃべりがひどくなり、特にきかないのは男の子達である。

 その初任の先生が、その時どなり、その一瞬は静かになるが、また平気でおしゃべりが始まるということを現在続けている状態らしい。

 専科の音楽も、手がつけられない状態になっている。

 ところが、他の二組は、きちんと指導されていて、今でもきちんと成立している状態らしい。

 私は、1ヶ月はきちんとしていたというところに注目した。そして、それが一気に崩れていったところにも、注目したのである。

 ★

 グループごとに話されている内容は、私たちと同じように初任者が四苦八苦して学級経営にあたっている様子である。

 最後のまとめで、「初任者のクラスだけではないのです。その他のクラスも騒然としていて、とても初任者に配慮できる状態ではない。もう自分のクラスで精一杯なのです」と話す先生がいて、どっと笑いが起こった。

 学校の他の先生達が、初任者に気を配る余裕を失っているのである。

 私は、初任の先生達が孤軍奮闘して、一人であくせくしている様子に苦虫をつぶす思いで聞き入っていた。

 ★

 1ヶ月はクラスはきちんとしていたという初任の先生。それが一気に崩れていった様子が目に浮かぶようであった。

 何が問題であったのだろうか。

 私には、とりあえず2つの問題があるのだと思った。

 1つは、無理をしたのではないかということである。自分のキャラクターを顧みずに、がんがんと子どもたちに立ち向かっていったこと。いわゆる「縦糸を張ること」に邁進したのであろうが、無理をしている分、子どもたちにはすぐに見え透いていく。

 「あの先生、ぼくたちにがんがん怒るけど、それだけだぜ、全然怖くないぜ、その証拠に何にもできないよ」という子どものささやき声が聞こえてくる気がする。

 私は、この1ヶ月がんがん怒ったり、叱ったりしたことはない。意識的にしない。ただ、しっかりと「縦糸を張り続ける」のだ。指示したことは、がんとしてさせる。できなければ、何度でもやり直させる。

 その間に、盛んに怖い話や汚い話やおもしろい話をしたり、笑わせたりして、どんどん子どもを惹きつける。

 クラスの8割を早々と味方に引き入れる手続きをとっているのである。

 2つめは、一人一人と通じ合うことをやっていなかったのだと思う。

 この点は、担当の先生も認めておられた。

 でも、先生は、「通じ合おうとしても、そのやり方が分からなかったのだと思います」と言われていた。

 「縦糸を張っていく」ことは、確かにまず優先してやらなくてはならないことだが、その間に「横糸」もきちんと張らなくてはならない。

 ここが不足していたのだと思う。

 でも、初任の先生は、今でも一生懸命にクラスにしがみついて、なおもがんばりぬこうとしているらしい。

 とにかく、とにかく1年間、凌いでほしいと願うばかりだ。

 ★

 ブラッシュ・アップという手作りの雑誌がある。そこに、横藤雅人先生が「崩壊学級立て直しの記」を連載されている。

 注目すべき連載である。

 その中に、「崩壊の始まりは、おしゃべりや授業への遅刻といった小さなことから始まる。そこをきちんと治めていけば、集団はまとまっていくし、治めることにしっぱいするとばらけていく」と書かれてある。

 そして、崩壊していったクラスの4月の風景が書かれてある。

「授業中、離れた席の子供たちが、やや大きな声でおしゃべりをしている。担任が、『うるさいです。』と注意をすると、ちらりと担任の方を見て、友達同士目で笑い合って口をつぐんだ。

 担任が授業を再開する。すぐにおしゃべりも再開される。また注意を与える。

 『さっきも言いました。おしゃべりはやめてください。』

 また口をつぐむ。教師が、少し間を取って、おしゃべり再開がないことを確認する。間の悪さに、件の子供たちが、目配せして少し笑う。

 授業が再開する。またおしゃべりが始まる。今度は、別のところでもおしゃべりが始まった」

 横藤先生は、この数分のやりとりを見て、私は、「これはすでに崩壊がはじまっている」と思ったと書かれてある。

 私も、このような場面を見たら、そう思うだろう。

 上記にあげた初任の先生の静かだったという1ヶ月も、このようなやりとりが何度もあったのだと思われる。

 そして、一気に崩れていったのである。

 ★

 おそらくどこのクラスでも展開されるであろう、おしゃべり。

 また、「先生、消しゴム忘れました。どうしたらいいですか」「先生、これはしまっていいのですか」「先生、ノートを忘れました。どうしたらいいですか」……と何でも声に出して聞きまくってくる「先生コール」。

 自分で思ったこと、考えたこと、感じたことをすぐぺらぺらと声に出してしまう男の子たち。

 これが、おそらく学級崩壊の始まりである。

 これにきちんとした対抗手段をもたない限り、崩壊を阻止できない。

 

 

 

 

 

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