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法則化運動が、残したもの

  今までの教師生活で、一人だけ「どう転んでも、この人の子供を惹きつける魅力にはかなわない」と思った同僚がいる。

 20年ぶりになるのであろうか、その人に電車でばったりと出会った。

 あのときの溌剌とした振る舞いが消え去っていて、どこかおどおどした様子であった。

 彼は正直に「先生、クラスが思うようにいかなくなって、ちょっと鬱病で入院していたのですよ」と告げてくれた。

 思わぬ告白に、びっくりしたものである。彼さえも、このような状況に追いやられるのかと……。ギター片手に、盛んに歌で盛り上がる彼の姿が浮かび上がった。

 20年前、法則化運動がブームになっていた。

 彼は、つまみ食い的に実践し、「うまくいきました」と何度も聞いたことがある。

 それ以上には、彼は何も踏み込むことはなかった。彼の教師としての才能は、きらきらしていて、もうそれ以上に必要がないと思ったのだろうか。

 ★

 こんなことをふと思い出している。同時に、あの頃の法則化運動のことを考える。

 今回、京都の「明日の教室」で私が提案したことは、「私のこれまでの試み」が一体何だったのだろうかという問いかけである。

 私は、40代の10年間をフルマラソンを走ることに費やしてきた。

 学校では、教務主任を務め、クラスを担任し、5時には帰宅し、夕食作りをし、その間にフルマラソンの練習をしていた。月に300キロ程度走るわけである。忙しい生活であったが、充実していた。クラスもうまく回っていたし、このまま定年を迎え、第二の人生を送ろうと考えていた。

 しかし、学級崩壊は、私のそれまでの方向を大きく狂わすことになる。

 これは、前代未聞のとんでもない事態なのだと思われたのである。

 55歳から3冊の本を出した。

 そこでの問題提起は、「自分の行ってきた実践を 分かりやすい言葉にまとめ、さらにそれを仕組み化することで、追試できる形にしてきた」というものであった。

 しかも、名人教師の実践記録というものではなく、(そういう教師でなかったので)普通の教師が、ちょっと努力すればいつでも実践できますよという形であった。

 伝える形にするために、実践に名前をつけた。

 「3・7・30の法則」「その日暮らし学級経営」「自主管理の原則」「一人一役の原則」「目標達成法」「ちょこちょこ学級会」「包み込み法」「伝達法」……ということだ。

 批判も多い。法則にも、原則にもなっていないものを安易に名付けていると…。

 おそらく、私の提案は、法則化運動の延長上にあったのだと思う。

 ★

 私の最近の提案が、ハウツーに傾きすぎている。他の人もそう思われているだろうが、実は私もそう思っている。(笑)

 最近では、北海道の堀裕嗣さんから「実学志向は自殺行為である」と批判されている。これも私のハウツー傾向への批判である。

 堀さんの私への批判は、彼が主宰している「ブラッシュ・アップ」では普通のことで、手作りの彼らの雑誌では、当たり前に互いの批判は繰り返されている。

 ほとんどの雑誌などが、互いに批判し合うという風土をなくしている中で、この雑誌だけが唯一この風土を堅持している。大変なことである。(私も、この雑誌に連載をしている)

 この雑誌で、堀さんが、法則化運動を次のように書いている。

 「子供を動かす法則と応用」(向山洋一 明治図書)を推薦するコメントして「いまとなっては、読み直すことなどほとんどないのだが、新卒からの数年間はこの本を繰り返し読んでいた記憶がある。調べてみると、いまは絶版だと言う。向山洋一についてあれこれ言う者はいるが、法則化運動もそろそろ歴史となりつつある現在、感情論を抜きに向山洋一を正当に評価すべきだ」

 私は、堀さんよりもずっと法則化運動寄りで(組織に所属することはなかったが)さまざまな実践をしてきた。

 向山洋一さんの実際の授業を3回も見ることができたし、大森修さんの授業も見てきた。それぞれに素晴らしい授業であった。

 ★

 法則化運動で、私が評価する一つは、授業を発問、指示、説明に区分けし、追試という形を作り上げたことである。

 このことで、「マネをする」という風土をきちんと確立したのだと、私は思っている。

 それまでは「理論を実践に」という言葉だけがあるという状況で、「理論や哲学なくして、実践なし」という状態だった。

 そこに風穴を開けてくれた。

 さまざまな優れた実践を追試しながら、「なるほど、このような形になるのか」と納得していくということは、大切なことだと思う。

 最初は、誰でもが物まね、追試の形から入る。それでいいし、そこからしか始まらないと思う。

 現場の教師の大変さは、常に「具体」を問われることである。

「あなたの言うことはもっともだし、理論的なこともよく分かる。それを授業で見せてほしい。学級経営で見せてほしい」と、常に問われるのである。

 現場を生きるということは、そういうことである。

 常に、「具体」がなければ、現場は生きていけない。

 その具体は、さまざまにぶれるし、「理論を実践に」などという直線的なものではありえない。

 「実践から実践へ」と始終繰り返しながら、そこから理論が組み立ててこられたら、それは唯一伝達可能な実践になる。

 ささやかに、私はそんなことを考えてきたのだと思う。  

 ★

 ビジネス界で、最近法則化運動のような展開をしているのは、勝間和代さんだ。いずれも、彼女の本は、ベストセラーになっている。

 「『長期的な視点で投資をしよう』と口で言うのは簡単でも、具体的にはどうしたらいいのかは、わかりにくいかもしれません。

 そこでこの本で私は『自分で行ってきた無意識での行動』(これを、専門用語では『暗黙知』と呼びます)を、わかりやすい言葉で説明し(これを『既知化』といいます)、さらにそれを『仕組み化』することで、誰でも同じことをできるようにしたいと考えています」(「年収10倍アップ時間投資法」ディスカヴァー)

 私が使った「仕組み化」という言葉は、勝間さんからもらった言葉である。

 ただし、これは危険な言葉でもある。

 勝間さんは「誰でも同じことをできるようにしたい」と言っているが、これは個人的な努力で自分の時間管理を見直していく方法であり、子供たち(生徒)相手の私たちの教育的実践とは趣が違う。

 しかし、方向は同じだと私は思う。

 ★

 さて、冒頭の彼のことである。

 法則化運動のさまざまな実践をつまみ食いして、それだけで過ごしていた彼のそのときの方法は、現在の状態を予感させたのかもしれない。

 ハウツーの方法には、いつもこのような毒がつきまとう。

 方法は、方法にしか過ぎないということを自覚して使うことである。

 かつて百ます計算を批判した一冊の分厚い本が出版されていた。

 本屋で立ち読みしたのだが、笑ってしまった。

 その百ます計算を実践して、いかにその方法がまずい方法であるかを批判されていた。ほとんどの実践家が、そのような批判をされていたのだ。

 最初から批判するために、クラスの子供を使って実践し、「こりゃだめだ」という実践論文にするという手法である。

 そりゃあないだろうと思った。

 方法というものは、その先生がやってみたいという熱意によって、子供たちに受け入れられるかどうかが決まるものである。

 最初から批判するためにだけ行った実践が、うまく子供たちに受け入れられることはない。

 方法というものは、ベストなどなくてベターということしかない。教育実践などはそういうものであるはずだ。

「よし、この方法でやってみよう」という実践を行ってみて、さまざまな結果が出る。

 問題は、その結果をどのように今後の自分の実践に活かしていけるか。

 そのことだけが残された道である。   

 

 

 

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コメント

仙台のやまかんです。
法則化については、あまり知らないのでコメントできませんが、他の話題については自分もすごく当たる壁なので納得して読んでいました。
「自分でも何かできる」という思いを、今後も現場の声として出して行ければと思っています。
何かで「事件はデスクで起きているのではない。現場起きている。」と言うセリフがありますが、現場を意識した課題を解決したり、ヒントになったりする物は、今後も求められる物だと思います。

投稿: やまかん | 2008年11月24日 (月) 03時03分

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