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2008年10月

 ものすごい歌声であった

   先日のことである。4階の多目的室にいた。初任の先生が、少人数学級の算数授業をしていて、私がその指導のために在室していたのである。

 そのとき、隣の音楽室より歌声が聞こえてきた。

 その歌声は、普通ではない。ものすごい合唱である。

 どのクラスなのだろうと、わざわざ廊下へ出て、見に行った。6年生のあるクラスであった。

 これは何なのだろうか。こんな歌声を1つのクラスが出せるものだろうか。その驚きである。

 4時間目が終わり、指導している音楽のM先生に聞いた。どういうことなのだろうかと…。

「とにかくものすごいクラスです。このクラスは、そのまま横浜市の音楽会に参加しても、ものすごく目立つのではないでしょうか」

という答えであった。

 ★

 今日、音楽の先生にお願いして、そのクラスの音楽の授業を参観させてもらうことにした。

 どんな指導をされているのか。

 この先生は、NHKの大会で、本校の合唱部を率いて全国大会へ出場する常連校へ押し上げてきた人である。

 今年は、関東甲信越大会で惜しくも銀賞になり、全国大会への出場を逃した。

 昨年は、全国大会で銅賞になった実力校なのだ。

 授業の最初は、挑戦曲への練習である。「四季のソネット(二部合唱)<冬>」である。

 音楽の授業では、はじめて扱ったものらしい。

 今まで10曲の挑戦曲をクラスで練習し、すべて先生より合格の印をもらっていた。

 今回は、11曲目で、中学校などが合唱曲に選ぶ曲にしたということ。

 練習をはじめて、驚く。なんと難しい曲なのだろうか。この曲を知っている人は、分かってもらえるだろう。何カ所かで転調があり、しかも二部合唱なのである。

 「いい声だ!」「うまいね」「すごいよ」……ほめ言葉を連発して、子どもたちをのせていく。

 どうしても乗り越えられない難所があった。

 先生は、「息に声をのせる気持ちで」「ひといきで」「高い音のときにはお腹に力を入れて息を強めに」……と指導を加えて、またたくまに乗り越えさえていく。

 子どもたちが躓いているところは、即座に「ちょっとちがうかな」と指摘して、何度も練習させていく。

 最後に、「○○さんの隣が歌いやすかった人は手を挙げて!」と指示をして、その人の名前を発表させた。

 そして、「じゃあ、この人の隣にいきたいと思うところに行きます。今並び替えてごらん」と指示をされた。

 2,3分で並び替えが行われた。

 そして、もう一度挑戦。

 途中で止めて、「さっきよりもいいよ。歌の発信地ができたね」とほめあげる。

 叱り言葉はまったくない。したたかな指導である。

 おそらくこのような指導の連続で、このクラスは作り上げられてきたのである。

 ★

 もちろん、このクラスだけではない。このようなクラスが、全クラスに波及している。

 学級経営の中心に合唱をおき、さかんに挑戦曲を練習している歌声が聞こえてくる。

 合唱がこの学校の伝統であり、歌いつないでいく子どもたちは、その合唱にあこがれ、それを自慢の種にしている。

 学校作りのヒントがここにはあると私は思う。

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こうして10月が終わろうとしている

   10月はあわただしく過ぎていこうとしている。

 ほとんどの土日は、自宅にいないという生活であった。

 18日の土曜日は、2時間ぐらい走った。私が所属する横浜教職員走友会の20周年記念で、横浜の周囲を3回に分けて走ろうという企画である。その2回目を走ったわけである。

 長津田駅から大船という駅前までおよそ30キロという距離である。

 毎日2,3キロしか走っていない私にとっては、とても走れない距離である。

 それでも何とか2時間ぐらい走って、そして脱落。最後は電車で移動ということになった。

 ★

 そして、24日(金)から郷里の佐賀へ帰り、父の17回忌を行った。母は、一人で元気に住んでいる。

 10月に佐賀へ帰るのは、それこそ17年ぶりであった。

 夏の暑さにはまいってしまうが、九州の秋は最高である。

 ここちよい風とここちよい暖かさに包まれる。

 そして、これから急な寒さが訪れてくる。その寒さは、はんぱではない。関東などよりもずっと寒い。

 17回忌が終わって、住職としばし歓談。

 一つだけどうしても聞いておきたいことがあった。

 私の曾祖父のことである。肥前鍋島藩の下級武士であったという言い伝えはあったのだが、それが分かる資料があるかどうかであった。

 寺が二度にわたって焼失し、その時に過去帳が燃えてしまい、もはや明らかになる方法はないということであった。

 しかし、曾祖父が住んでいたところは、かつて有明海の干拓事業の人足たちを束ねていく武士達がいたところであり、住職は、その一人ではなかったというのである。

 曾祖父が、明治維新の時に、肥前鍋島藩の一人としてどのように関わったのであろうかというのが興味あるところであるが、それはもうまったく知ることはできない。歴史の中に没してしまったということであった。

 ★

  こうして10月が終わろうとしている。

 退職して7ヶ月が過ぎようとしているが、時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 もっともっと自分の大切なものに集中しなくてはならないと言い聞かせる毎日である。     

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そうすれば、きっと元気になってくる

 昨日は、隣のY市の学校行事部会から呼ばれて講演に行った。

 テーマは「荒れた学校をどのように改革したのか」というものである。

 たっぷり1時間50分も話すことができた。

 集まった先生達は、各学校の教務主任級の先生達である。

 私の話す内容は、深刻なことだが、十分に耳を傾けてもらえた。ありがたい一日である。

 話の中で、森信三先生の言葉を紹介しておいた。

 「一語千鈞」(致知出版社)の中での言葉である。

「時を守り 場を清め 礼を正す 

これ現実界における再建の三大原理にして、いかなる時・処にも当てはまるべし。」

 学級、学校が荒れていたら、この3つのことを意識して取り組むことである。

 必ず成果が出てくる。

 「時を守るということ」は、学校では教務主任の仕事だと話をした。日頃の教務主任の仕事の八割方は、この仕事だと私は思っている。

 午後3時から会議があるのなら、3時に始まるようにすることである。荒れているところは、このような時間がいい加減である。

 「場を清める」ということは、とても難しいことである。

 その学校の様子を知りたいならば、まず靴箱を見てみればいいと思う。その様子が如実に表れる。

 放課後の教室を見てみればいい。

 どんなに口すっぱく学級経営や授業を説く教師がいても、その教室が無残ならば、私はその教師を信じない。

 教室は、その教師にとって最大の仕事場である。その仕事場をいい加減にしていて、いいはずはない。すぐれた料理人が、包丁をいい加減にしているはずはないのである。

 こざっぱりとしていればいい。子どものいる場所である。四角四面な場所にすることはないが、その先生の個性が表れるところであるべきだ。

 「礼を正す」というのは、挨拶や返事、言葉遣いをきちんと正していくことである。

 私は、お互い同士挨拶さえきちんと交わしてさえいれば、家族は崩れることはないと思っている。これだけでいい。朝起きたら、「おはよう」、出かけるときには、「行ってきます」、帰ってきたら「ただいま」、寝るときには「おやすみなさい」と、たったこれだけの毎日を過ごすことでいいとさえ思っている。

 ★

 森信三先生は、まったく見事に言い切っている。

 この3つの原理は、もちろん人にも当てはまる。

   昨日のニュースに、教師のうつ傾向は、一般企業の人の3倍になっているという報道があった。

 この3つがおかしくなっているのである。

 自分で自分に自信がもてなくなったとき、まずやらなくてはならないことは、一日の時間を規則正しく整え、自分の周りをきちんと整え、そして、出会う人に元気に挨拶すること。

 これは簡単なことではないが、きちんとやり抜くことである。

 そうすれば、きっと元気になってくる。

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業務連絡です

  11月に岡山県に講演に行くことになった。

 お知らせしておきたい。近くの先生、ぜひ聞きにきてください。

  新しい学校づくり支援プロジェクト 放課後研修講座 第10弾

 「特別支援教育の基盤としての学級経営」

             ~すべての子どもに向けた取組を礎として~

  期日  11月14日(金)  

  時間  15:30~17:00

  会場  津山教育事務所   第一会議室

  講師  野中 信行 (元横浜市大池小学校教諭)

  演題  「特別支援教育の基盤としての学級経営」

  問合先 津山教育事務所  教職員課

        ℡  0868-24-8705

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それでも実学は必要である

   「時代に合わなくなっている教員養成のシステム」をブログに書いた。

 それに対して、北海道の堀裕嗣さんが、「実学志向は自殺行為である」と書かれて私を批判されている。堀さんは、私の年若き畏友である。私の短絡的な発想を戒めている。

 書かれていることへの反論を含めて、もう一度私の考えを明らかにしておきたい。皆さんは、堀さんのトラックバックの内容を読まれて、私の考えと比べてもらえればありがたい。

1,教員養成大学での「学級経営論」や「学級担任論」の必要さは、もともとから主張していたことである。医者の養成には、基礎医学と臨床医学があるように、教員の養成にも、教育学と臨床教育学(こんな学問はないが、堀さんが書いている実学を意味する)が必要であると考えていた。医者の養成には、基礎医学だけでは成り立たないように、教師も、教育学だけでは片手落ちであるとずっと思っていたのである。(教養課程はこの場合省いておく)

 もちろん、医者と教師を同列で考えることはできないが、考え方は同じである。

2,しかし、今までの教員養成システムは、教育学への偏重があり、臨床の教育学へは時間を割かないという現状だったのではないか。その結果、実際には、教師になったときには、最も関係がある「学級経営」や「学級担任」に対して、ほとんど対応できないできたのではないだろうか。

 堀さんは、「実学的講座を教員養成系大学のカリキュラムの<主流>にしていくことには断固反対である」と書かれている。

 私は、<主流>にするとは書いていないが、書いている内容は、そのように受け止められる内容である。

 必要なのは、教育学と臨床の教育学の両輪である。

 私がことさらに臨床の教育学の方を強調してきたのは、この軽視してきた部分が、いまとりわけ必要とされていると判断したためである。

3,それでも、70年代、80年代までは、小学校では、今までの内容で十分成り立っていた。私が受けた教員養成のカリキュラムは、ひどいものであったが、教員になって実際の現場で当事者性を発揮すれば、十分に実学は身についていったからである。

4,しかし、ここへきて、それはまったく機能しなくなってきたのである。

 <子どもたちの変貌>と<親たちの変貌>と<学校と地域・家庭との関係の変貌>が、若い教師達(とくに初任の先生)を襲っている。

 初任の先生は、1年目からベテランの先生と同列に勝負しなくてはならなくなっている。「初任は迷惑だ」という風潮が、親にあり、また、やんちゃな子供は、自分の思うようにならないならば、やりたい放題に振る舞うようになったのである。

「初任の先生を育てていく」という環境がなくなっている。

5,それに対して、初任の先生達は、現実とかけ離れた甘っちょろい夢を持って現場へやってくる。子供は、教室へ行くと机に座っていて、先生の話はきちんと耳を傾けて聞いてくれると思っている。

 しかし、現場へきて、現実のあり様に愕然としてどうしていいか分からないようになる。何の手立ても、方法も、ないからである。

6,だから、私は、「もっと初任者にきちんとした問題意識を持たせ、現状を知らせ、それに対する対処法を持たせなくてはならない」と主張する。

 しかし、この方法を持たせていけば、問題が解決するかと言えば、そうはいかないことは確かにあると思う。そんな簡単なことではない。「頭で実学を学ぶことと、現場で、その渦中にいる者として現状に対していくこととの間には、天と地ほどの違いがある」からである。

 だが、現実を知っているかどうか、それだけでもずいぶんと違うと思う。そして、クラスをどのように作っているのかという現場の教師達の<現実>を知っていることは、自分のクラスを作るときに何ほどかの手助けになるはずである。

 臨床医学で、医者の卵達が、その手立てを学んでいくように、教師を目指す学生が、さまざまな手立てを学ぶことは必要である。

7,堀さんは言う。

「実は、学校現場に限らず、『現場』とは、自分の生活の中心をそれにしなければ成り立たない。そういう場所である。何かトラブルが起こったときに、全人的にそのトラブルを解決しようと取り組むからこそ、現場は混乱することなく成立するのだ。そしてその全人的な取り組みがあるからこそ、トラブル解決の道筋を定め、トラブル解決のアイディアを思い浮かべ、トラブル解決の行動を起こせるのである。こうしてトラブルの多くは解決していくものだ。最近の若者にはその姿勢が欠けているのである」

 その通りであると私も思う。そのように私も過ごしてきたのである。

 しかし、ここから先が堀さんと私では違う。

「そんな若者たちに教育の<主流>として実学を施すことは、当の学生たちにとっては、彼らを受け入れる現場にとっても、結果的にはプラスにはならない」と、堀さんは言う。

 でも、実際には、現場では、そんな若者が入ってきて、マイナスになっているのである。

 もっとクラス作りの方法や子供への対処法などを知っていたなら、さまざまに動いていけるだろうにと思うことはしばしばである。

8,私は、きちんと学生達に、<実学>も提供していくべきだと思う。

 それは、これからの教育界を担っていく若者達への責務のように思えてくるのである。 

   

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 山形へ結婚式に行きました

 11日(土)から山形へ行った。大池小での同僚Mさんの結婚式参加のためである。

 東京から新幹線で3時間の旅である。着いて、居酒屋での宴会である。大池小の職員(旧職員も含めて)が10名揃った。校長先生も、副校長先生も車でかけつけてこられた。

 「最後の職員旅行だ。もう結婚式は、いいじゃないか」と言い出す職員までいて(それは私であったが)、盛り上がったのである。

 当事者であるMさんもかけつけてきた。先日、山形の教員採用試験に合格していた。私たち職員の喜びはすごいものである。

 「今頃、こんなところにいていいの?」

 という人もいたが、結婚式は明日である。

 それから「二次会へ行こう」ということになった。

 それからが悪かった。二次会の居酒屋で、「十四代」(日本酒)を見つけてしまったのである。

 私が、「日本一おいしい」と認めている酒である。

 結局、飲み過ぎてしまった。

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 朝起きたら、二日酔いになっていることだけは分かった。

 午前10時からの結婚式には出なくてはならない。あわててウコンを飲み、シャワーを浴びた。

 何とか朝食を少し食べ、結婚式場へかけつける。

「野中先生、今日だけは『もう結婚式はいいじゃないか』と言っちゃだめですよ」

と何度も念を押されて、静かにしていた。

 結婚式もすごかったけど、披露宴もすごかった。

 学生時代、結婚する当事者達二人は、この式場でバイトをしていて、ここで知り合い、またここで結婚式をしているのである。

 だから、式場のスタッフ達の力の入れようはすごいものがあった。

 記念に残る結婚式ではなかっただろうか。

 ★

 私だけが二次会に出た。

 二次会から参加するGさんの自宅に泊めてもらうことになっていたためである。

 Gさんは、結婚したMさんの学生時代の同期で、大池小時代、私のクラスへも来てくれていた。

 今は、山形の教員2年目の先生である。

 二次会を途中で抜け出して、Gさんのお母さんの迎えの車で自宅へと向かった。

 その日もまた、焼酎と日本酒を飲んでしまった。

 お母さんの手作りの料理に舌鼓をうち、GさんとI 先生(二次会で一緒だった)とお母さんと一緒に、えんえんと話は続いたのである。

 山形は、初めての街であったが、広く、雄大であった。その雄大さに包まれて、すてきな夜は過ぎていった。 

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時代に合わなくなっている教員養成のシステム

  前回、池田修先生の「学級担任論」について書いた。さまざまな反響があった。

  上越大学教職大学院の赤坂真二先生からもコメントが入っていた。

 「…学級経営、学級担任、学級づくりを教えずに、現場に出す、今の教員養成のシステム、明らかに問題有りです。それで、私も、『勇気づけ学級経営論』を大学院で開講しています。いずれ学部相手に授業をすることになります。そうしたら『学級担任論』らしきものを展開するつもりです。……」

 問題意識が、赤坂先生と同じである。

 今の大学の教員養成のシステムが、時代に合わなくなっているのである。

 そして、教師になってからの初任研の研修システムも、ほとんど時代と合わなくなっている。

 呆然となるのは、初任者たちである。

 クラスにいる2,3人のやんちゃたちに、いいようにクラスをかき回されて、学級崩壊か崩壊寸前まで行っている。

 もっと初任者にきちんとした問題意識を持たせ、現状を知らせ、それに対する対処法を持たせなくてはならない。

 しかし、ほとんど絶望的な状況である。

 だが、池田先生、赤坂先生たちが決起している。きっと広がっていく。そう思っている。

 ★

 その池田先生から「学級担任論」で扱っていただいた「3・7・30の法則」の学生の感想をもらった。

 「今日の授業で印象に残ったことが2つあります。

 1つめは、3・7・30の法則です。3日間でルールや組織をつくり、一週間で、計画を立て実践し、1ヶ月でその決まりや実践していることを定着させていく、という法則は、とても素晴らしい考えだと思います。野中先生は、その考え、計画をとても詳しく、具体的にし、それを何枚ものプリントにしていることにとても驚きました。僕も野中先生を見本にし、自分なりの展開を考えていけたらいいなと思いました。」

と書かれたあった。

 現場教師は、「具体」で勝負する。そのことをぜひとも知ってほしいと願っている。

 池田先生は、ブログで書いている。

「教師を目指して授業を受けている学生たちには申し訳ないが、私のこの授業を受けている学生たちの顔色が、どんどん悪くなるのが分かる。簡単に言えば,『え、こんなにやるの→こんなにやらなければいけないの→こんなのできない』というふうに顔色が変わっていくのである。

 そうだよ、やるんだよ。今のうちに分かっていて良かったね。中に入ってから理想と現実の違い、甘っちょろい思いと事実との違いに打ちのめされる前に知っておいて良かったね。今なら勉強する時間がある。この仕事のむこうに、君たちが描いている教師ならではの仕事の喜びが待っているんだからね」

 まったく同感である。池田先生の授業を受けた学生は、少なくとも甘っちょろい思いだけは払拭されていく。

 ★

 業務連絡である。 

 「明日の教室」の案内で、池田先生のHPを示していたが、今は更新されていないという連絡があった。

 私のブログのコメント欄の池田先生のコメントを開いてほしい。

 そこに連絡先がある。どうぞよろしくお願いします。

 

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11月の「明日の教室」のお知らせです

   京都橘大学の池田修先生のブログを開くと、「学級担任論」の話題が出ていた。

 昨年から池田先生は、「学級担任論」の授業を始められた。

 おそらく、この授業をしている教育系の大学は、橘大学だけではないだろうか。

 池田先生は、ブログの中で次のように書いている。

「学級担任論の授業が始まった。

 ★

 私が大学院に行った時、学校経営論の授業があった。それならば、学部には学級経営論や学級担任論があるだろうと思い、シラバスを確認した。しかし、なかった。とても驚いた。

(担任の仕事を教えないで、教員を養成するのか)

と。

 嘗ては、先生は教科の教育を行えるようになれば授業は成立し、学級はうまく運営することができると思われていたのであろう。確かにそういう時代もあった。

 しかし、いまはそれはありえない。モンスターペアレンツどころか、モンスターチルドレンまで出てきている時代に、学級担任の仕事とそのやり方、哲学等を学ばないで担任を持つなんてことは、かなり恐ろしいことである」

 

 私もまた、ここで池田先生が言われていることに驚いた一人である。

 教員を養成する大学で、「学級経営論」や「学級担任論」を教えずに、教壇へ送ろうとする大学のあり方が信じられないのである。

 このブログで何度も確認してきたが、初任の先生にとって、一番の問題は、授業をどのように教えていったらいいかという課題ではない。

 クラスをどのように運営していったらいいのか。クラスのやんちゃに対してどのように対処していったらいいかということである。

 ほとんどの初任は、周りの先生達に教えられながら、あるいは自分の小学校時代を思い出しながら、何とかがんばろうとしている。

 しかし、これだけ複雑になっている現場を乗り切っていくのは、並大抵ではない。

 ほとんど初任は、何の武器も持たず、素手で闘おうとしている。

 元気さとエネルギーがあればよかった時代は、もうとっくに終わりになっているのである。

 当然、学級崩壊やその寸前という事態に陥る。

 多くの若い教師達が、自分の理想と現実の壁との落差に驚きながら、教育界から去っていく状況は続いている。

 ★

 この現状を何とかしたいと立ち上がったのが、京都の糸井登先生と橘大学の池田修先生である。

 「明日の教室」という講座を設け、さまざまな人を呼んでいる。

 私も、微力ながら全面的な支援をしている一人である。

 とやかく文句を言っているだけではだめだ。まず一人から動き始めなくてはならない。

 この講座は、きている人たちの熱気もすごいが、終わってからの懇親会がすごい。ほとんどの人たちが残られる。こんな楽しい懇親会は、そうそうにあるものではない。

 何かを食べている暇もないほどに語り合う。野口芳宏先生の講座に行ったとき、旅館に帰って気がついたことは、ほとんど口にしていなくて、お腹がすいてすいて仕方なかったことである。

 11月の「明日の教室」は、3人で行う。

 糸井先生と池田先生と私の3人である。

「後輩教師に伝えたい 困難な現場を生き抜くための仕事術」

である。

 ぜひ多くの方の参加をお願いしたい。

 ○11月15日(土)13:30から17:00

 ○京都橘大学

 ○参加申し込みは、池田先生のHPをみてほしい。

   http://homepage.mac.com/ikedaosamu/

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授業の楽しさ

  示範授業をした。1年生である。

 前日、「明日から国語は、物語教材の『くじらぐも』に入るのです」と言うことだったので、「じゃあ、私が1時間目の授業をやりましょうか。音読の授業でいいですね」という感じで引き受けた。

 久しぶりに、1年生の授業である。

 「今日は、野中先生の授業です」と言うと、「えっ~~~~、どうして、どうして」という叫び声がしたが、それに乗らないで、「さあ、今日から国語の下の教科書ですよ。一番最初に、教科書を使うときには、どのように使うか知っていますか」と言いながら、教科書の最初と最後のページにきちんと折り目をつけることを教えた。

 授業は、次のように進めた。

  1. 「くじらぐも」の題名の横に、○を10個つけさせた。「一円玉よりちょっと小さい○をつけるのですよ」と指示しながら、つけさせた。「全部読んだら、1個赤鉛筆で丸をつけます。うちで読んでも丸をつけていいですよ」
  2. 最初は、範読。「最初は、先生が読むので、指で押さえながらついてくるのですよ」おもしろ、おかしく笑わせながら読み進んだ。赤丸をつける。
  3. 次に、追い読み。「先生が読みますから、あとからついて読みます。『はい』と言いますから読みますよ」赤丸をつける。
  4. 次に、一人ずつの丸読み(一文読み)「丸がついているところまで読みます。元気に、大きな声で読んだ人は、合格と言います」赤丸をつける。
  5. 次に、間違い読み「先生が、わざと間違って読みますが、みんなは、正しく読みますよ」

 テンポ良く、授業を進めた。最後の「間違い読み」は、大爆笑。題名から「さんまぐも」とか「なかがわりえぞうさく」とか読むものだから、次はどんな間違いをするのだろうと、し~~~~として聞いている。 

 授業が終わって、二人の女の子が、「おもしろかったあ」と知らせに来てくれた。

 1年生の授業は、ほんとにおもしろい。

 ★

 先日、4年生の習字の授業の流れを公開しておいた。池田修先生やよしどん先生から貴重なコメントがつけられていて、もっと早く知っておけば良かったと思った。

 ところが、この授業通りに4年生で追試してくれた先生がいて、その報告がメールで寄せられた。

 野中さんが書かれてあったとおりの子ども達の反応でした。

点数をつけて歩くと言ったときには騒然としたものの、なぜか背筋がぴんとして静かに待っています。

そして、「うわぁ、きびし~」という声があちこちあがったけれど、いじける子は一人もいませんでした。

 二枚目、子ども達の口から「先生、また点数つけて!!」と 先にお願いされました。ものすごい集中力です。二枚目が、終わって、点数を付けて歩きました。

 子ども達は、点数アップがしたくて、どうすれば点がアップするのだろうとかと、私の後についてきたり、のぞき込んできました。

 もちろん意識的に点数アップをしました。

 たった一人でしたが、10点をつけた瞬間には、教室中大拍手がわき起こりました。

 ……

 クラスの様子が、目に浮かぶようだった。

  個別評定は、抜群の効き目である。

 

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