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ふたたび大分教員汚職事件について

  もう一度大分採用汚職事件のことを書いておきたい。

 JJさんもコメントで、無念さを書いておられた。

 自主退職しなかった6人の中には、本人や縁者が、まったく知らないままに点数がかさ上げになっていた事例があった。

 親が、教育委員会に抗議をし、誰が口利きを頼んだのかを追求したことを新聞は明らかにしていた。委員会は、何も答えられなかったという。

 それで、退職処分だけはきちんとするという仕打ちは、どうにも無念であろう。

 21人のほとんどが、このような本人、縁者の知らないままに点数をかさ上げされ、処分を受けている。

 しかし、この事態を裁判に訴えても、勝訴する見込みはないのではないかというのが、私の判断である。

 委員会が、「不当に点数をかさ上げされているものを退職処分にした」という事実を提出すれば、おそらく勝ち目はない。

 その無念さは、どうすることもできない。

 ★

 しかし、教育委員会側から今回の事態を考えてみてほしい。

 これほど大きな問題になった事態に、そのままにすることはできない。そうすると、今回の処分になってくるということである。おそらく、当事者になったならば、この程度の措置しか取れないはずである。

 無念さは募るばかりだ。

 教育委員会は、いまどのようにこれからを切り抜けようかと思案しているだろうと思う。

 19年度の採用者だけを処分している。その前の採用者はどうなるのだ、あまりにも不公平ではないかという声がある。

 その通りである。

 しかし、この不正採用が、構造的であり、長き間続いていたということを考えれば事態はより深刻である。

 本気で調べられる範囲で処分していくということになったなら、大分県の教員は戦々恐々になり、教育どころではないと思う。

 だから、どのように「収拾」を図るか考えている。収拾の論理を考えている。

 私は、19年度以前の資料も、必ずパソコンに納めてあったはずだと思う。

 その公表はできない。多分、19年度だけで処分は終わらせようとするであろう。

 ★

 ここではっきりしておきたいことは、この教員汚職事件の本質をきちんと押さえておくことである。マスコミの論調に、そのまま頷いてはいけない。

 この事件の本質は、大分教育委員会が、これまで長き間に当たり前のように行われてきた構造的な不正教員採用にある。

 点数かさ上げの口利きは、その構造の中で起こったことである。

 21人の退職者は、その被害者である。

 今のところ、その被害者だけが処分を受けている。

 しかし、大切なことは、加害者である教育委員会が、自らもきちんと処分をしていくことが必要である。

 教育長はじめ、現在の大分県教育委員会を握っている要職のものたちは、総退陣していく責任を明らかにしていくことである。

 このことで、21人の無念さを解消することはできないが、事件の本質はそのようになっている。 

 

 

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