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2008年9月

もう一度、全国学力テストを問う

  全国学力テストの続きである。

 家庭での生活環境や学習環境と学習習慣が、子供たちの学力に大きな影響があることは、確実に明確になったのだと思う。

 反対に、この環境と習慣がない子供は、学力は低下するということも確実である。

 ここまでは、文科省の分析結果で明らかである。

 そうならば、下位の都道府県は、このような環境と習慣を持っていない子供が多いと言えるのだろうか。

 私は、言えると考えている。(あくまでも推測で答えている)

 私が、大阪にこだわるのは、実はここにある。

 43年前の学力テストの時は上位争いをしていた大阪が、43年後に下位に沈んでいるというのは、なぜか。

 この43年間の間に、大阪では、子供の生活環境や学習環境や学習習慣が、改悪化する何が起こったのか。

 テストの目的、内容をきちんと吟味しなくて、おおざっぱにこんな問いかけを行っている。

 

 もう一つの問いかけがある。

 学力の向上という課題に、どれくらい「学校」が関与できるかということである。

 「何を言うのだ。学力をつけていくのは、学校の仕事だろう。何を今更そんな、当たり前のことを問いかけているのか」

と言われるのかもしれない。

 だが、分析結果から明確になっているのは、すべて家庭での課題ばかりなのである。

 もちろん、学校からの学習課題をどのように子供に出していくかが大切だと文科省は言っている。しかし、これは二次的な課題だ。

 問題なのは、次のような調査結果である。

 以前、このブログで紹介したことがある。アメリカ連邦政府の調査結果である。

「1964年にアメリカ連邦政府によって実施された『教育機会均等調査』(EEOS:通称コールマン調査)の報告書、通称「コールマン・レポート』は、子どもたちの学力を規定する要因の大部分が家族と子どもの仲間集団、すなわち地域であることを報告し、世界的な規模のショックを巻き起こした。貧しい家庭に生まれた子どもたちが再び貧しくなる確率は極めて高い。システム万能の時代にあって『偉大な平等化の装置』と期待された学校の実像は、階層の継承を支え正当化している『不平等の再生産装置』にすぎなかった。こうした理解は1970年代以降、多くの研究者に共有されている」(「効果のある学校」鍋島詳郎 解放出版社)

 1964年にアメリカ連邦政府は、コールマン調査で、学力を規定する要因の大部分が家族と子どもの仲間集団によることを明らかにしている。

 ここでは、「学校」がほとんど学力を規定する要因の中に入っていないことである。

 ちょっとびっくりする調査結果である。

 私は、にわかに信じがたい。どのような形で、報告がなされているのかも知らなくてはこれ以上の追求はできない。

 しかし、文科省の分析結果もまた、このコールマン調査結果の枠を越えることはできていない。

 だからこそ、もう一度問いかけたい。

 東北、北陸の都道府県の学力が高いというのは、どこに要因があるのか。その要因の中に、「学校」は、どのような形で、どのような関与をしているのか。

 この課題に切り込んでいくことが、最も重要なことであるはずである。 

 

 

 

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全国学力テストをこう考える

   全国学力テストが、問題になっている。

 中山大臣の発言に端を発している。

「日教組の子供は成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低いんだよ。私がなぜ全国学力テストを提唱したかといえば、日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思ったから。現にそうだよ」

 この人が文科省の大臣だったときに導入したものである。

 このテストで何を調べたかったかの本音が出てきたとも受け取れる発言である。

 朝日新聞は、早速日教組が強いところと学力テストの相関を調べ、「調べたら 関係なし」という記事を掲載していた。

 ★

 平成19年度の全国学力テストは、77億の税金を使って、小六と中三約225万人が参加したテストであった。43年ぶりのものである。

 目的は、「競い合う心や切磋琢磨する精神が必要」というものだった。

 私は、反対ではなかった。さまざまに学力低下が叫ばれている中で、きちんと全国を規模に調査していく必要はあると思っていた。

 ただし、毎年やる必要などまったくないと思う。今年の結果も出ているが、昨年度とほとんど同じ結果であると言う。そんなに変わるはずはない。

 これだけのお金を毎年使うなら、教員増などの費用に回してほしいと痛切に思う。

 結果公表は、現在の形でおおむねいいのではないかと思う。

 しかし、この結果をもって、どのようにこれから考えていくかが問われるはずである。

 あえて、少し踏み込んでこの問題を考えてみたい。

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 インターネットで検索してほしい。

 平成19年度の学力テストの結果がさまざまに公開されている。

 もちろん、文科省の結果発表をもとに全国都道府県の順位をつけることも可能である。その結果も出ている。

 その結果を知ることもできる。その結果を知って分かることもある。

 その結果を踏まえて分かることをはっきりしておこう。

 <小学校の場合>

  1. 上位の都道府県は、ほとんど東北・北陸に限られている。秋田、福井、青森、富山、岩手、石川などが上位に連なっている。
  2. 人口集中地域である都市部では、関東エリアの東京や関西エリアの京都がベスト10に入っているが、総じて振るっていない。
  3. 特に顕著なのは、北海道エリア、九州エリアの落ち込みである。
  4. 最下位の沖縄は、戦後日本への復帰が遅れた歴史的背景や学習習慣の違い(宿題がほとんどない)などが指摘されている。
  5. また、橋下知事発言でクローズアップされた大阪府もまた、不足が目立つ。沖縄、北海道に続いて下から三番目の不足である。43年前の学力テストでは、上位を競っていたことを考えるとその落ち込みは考察に値する。

 <中学校の場合>

  1. 小学校と同じく上位の顔ぶれは、東北・北陸である。富山、秋田、福井、山形、石川、青森などが上位に連なっている。
  2. 都市部では、東京都が全国平均を下回る30位に急落していることである。おそらく、公立学校のみの比較であるから、小学校の上位の子供たちが中学進学で私立へ行った結果であることが容易に予測できる。
  3. 興味深いのは、関東エリアでは、群馬県、栃木県が上位校に入っていること。中部エリアからも岐阜県、静岡県が上位に入っている。また、小学校の部では振るわなかった九州エリアでは、熊本県、宮崎県が上位に顔を出している。
  4. 関西エリア、中国四国エリアからは、上位校は姿を消しているが、香川県だけが孤軍奮闘をしている。
  5. 下位の顔ぶれは、沖縄、高知、大阪府、北海道ということになる。

 このいう分析結果からもっと分析していく注目点を上げておく。

 ①上位は、東北・北陸である。これは、2年間の学力テストで完全に明確になった結果である。これはどうしてか。

 ②反対に、塾などへ行く子供たちが多い都市部が、まるっきり振るっていない。これはどうしてか。

 ③大阪府は、43年前の学力テストの時には上位を競っていたはずであるが、今では下位を低迷している。これはどうしてか。

 ★

 こういう注目点にきちんと考察を加えていくことが、今回の学力テストの意義があるはずである。

 ①②③に、きちんとした考察を加えていくだけでも、学力が不足している都道府県が、これから何をしていくべきかの指針が与えられるはずである。

 なぜ文科省が、それをやらないのだろうか。(もちろん、やってはいるだろうが、公表していない。都道府県を特定しての公表には語弊があるということだろうが、少なくとも、上位の東北、北陸の子供たちが、どうして学力をつけているのかの考察ぐらいはきちんと公表すべきである)

 この結果考察を公表することのメリットは、どこに学力向上の方向があるのかが明確になり、取り組みの指針ができるからである。

 それでも、文科省は、今回「平成19年度の全国・学習状況調査追加分析結果」を公表している。(ホームページ)

 次のようにまとめている。

「本分析により、『朝食を食べる』、『学校への持ち物を確認する』、『毎日同じくらいの時刻に寝たり起きたりする』などの基本的生活習慣と正答数との相関が比較的強いことが明らかになった。また、基本的生活習慣は、学習習慣にも関係しており、規則正しい生活習慣と学習習慣の確立が、学力と関係している様が示唆される。

 家庭での生活・学習習慣は、基本的には家庭において形成されるものであると想定される。しかし、学校においても、適切な家庭学習の課題を与えるなど、生活・学習習慣の確率に向けた適切な指導を行っていくことが望まれる」

 また、留意事項では、次のように加える。これも重要なので記しておきたい。

「本分析により、児童生徒の生活・学習習慣と学力の関係が強いことが明らかになったが、生活・学習習慣に係る特定の項目だけを行えば学力が向上すると短絡的に結論付けることはできないことに留意する必要がある。

 例えば、朝食を毎日食べている児童生徒ほど学力が高いという傾向が見られたが、これは各児童生徒自身の特性や各家庭における子育て全般に対する姿勢などを反映している可能性があり、朝食を毎日食べれば学力が向上すると単純に結びつけることはできない。

 また、学校の勉強より進んだ内容や、難しい内容を勉強する学習塾は学力とプラス、学校の勉強でよく分からなかった内容を勉強する学習塾は学力とマイナスの関係が見られたが、これで通塾の効果があると結論付けるのは早計である。学校の勉強より進んだ内容や、難しい内容を勉強する学習塾に通う児童生徒と学校の勉強でよく分からなかった内容を勉強する学習塾に通う児童生徒の学力状況がもともと異なっているなど様々な要因から、今回の分析結果が出たと考えられるからである」 

 先述した①②③の答えが、いくらか示唆されている。

 ★

 要するに、「早寝、早起き、朝ご飯」と文科省がずっと提唱していたことが、学力にも大きな影響を与えるということが、全国学力テストで証明されたということではないか。

 この意義は大きいと思う。

 こんなことは、以前から分かっていたことであったが、(陰山英男さんが今までずっと提唱されていたことであり、私もまた何年もずっとクラスで調べていった結果でそれは裏付けられる)それを全国的にはっきりさせたということは、大きいと思う。

 ここからである。

 ○東北、北陸は、このような学習、生活習慣ができている児童が多い結果だと予想ができるが、ではなぜ東北、北陸なのだ。北海道では、なぜこのような習慣ができていないのか、九州では、なぜできないのか。ここがよく分からない。

 ○大阪の落ち込みは、この学習、生活習慣がかぎりなく壊滅していっている結果なのか、それとも他の要素があるのか。

 ここまでくると、私一人ではどうにもできない。情報があまりにもないからである。 

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個別評定の授業です

 初任者の授業を見ながら、ずっと考え続けてきたことがある。

 初任者が、これからきちんと授業を成立させていくために、どういう方向へ向けて努力する必要があるのか、という内容である。

 とりあえず、「新卒教師が授業で身につけるべき基本原則10か条」という形でまとめてみた。(これを基本にして1年間考えてみたい)

 それを「ブラッシュ・アップ」という雑誌の連載原稿に書いた。

  1. 教師の指導言をきちんと整えよ。 発問、指示、説明を区別して発言せよ。
  2. 子供への視線を鍛えよ。
  3. 一時に一事の指示を徹底せよ。
  4. 授業は本時目標を徹底的に意識せよ。
  5. 机間巡視は、一つのことをきちんとマークせよ。
  6. 話を聞かせるルールを整えよ。
  7. 個別評定を意識せよ。
  8. テンポのある授業を意識せよ。
  9. 授業は、ノート指導と心得よ。
  10. 無駄な言葉の排除をせよ。 

 1,2,3については、先日のブログで書いた「授業成立の3条件」である。

 ★

 「7 個別評定を意識せよ」という個別評定は、向山洋一さんの「授業の腕をあげる法則」の第9条に書いてあるものである。

 「誰が良くて、誰が悪いのか明確にする」という原則である。

 ともすれば、差別、選別になっていくと形で排除されてきた方法である。私も若い頃そのように思っていた。

 しかし、この原則は、ますます重要性を持ってきている。

 子供たちが、ますます教師の指示や指摘を自分のこととしてとられられないようになってきているからである。

 ★

 初任者に対して、この個別評定を明確にする示範授業をした。習字の授業である。

 「もっとも習字の授業が苦手である」という若手の先生のクラスでさせてもらった。

 目標は、習字が苦手で、なかなか習字を教えられない先生が、どのようにして習字の授業をして、子供たちをうまくしていくのかという授業である。

 実を言うと、私がそうであった。

 小、中学生と一度も授業で、筆を握ったことがない私である。(どうしてそうなったのかはよく分からない。)これから池田修先生にいろいろ教わりながら、書道に挑戦したいと思っている。

 さて、授業である。4年生の「左右」という字である。

 学校で、一番書道に長けている先生のところへ行って、どこに注意しながら書かせたらいいか聞いた。そこから始まる。

 そして、担任の先生には、「子供たち一人一人の名前をパソコンで出しておいてください」と頼んでおいた。

 その名前を見て、子供たちに書かせるためである。

 4年のクラスへ行くと、緊張した面持ちで、子供たちは机に着いていた。

 子供たちに姿勢を正しくさせて、説明した。

「習字で大切なことは、ただ一つだけです。筆を立てて書くことです。油断していると、鉛筆書きになりますが、その時には、名前を呼びますからすぐ直してくださいよ」

 指導は、次のようにした。

  1. (印刷しておいた手本を配布して)まず、指書きを3回した。大切なところを指摘した。
  2. 次は、実際に手本の上から一画ずつ書いた。教師は、黒板に貼ってある手本に一画ずつ赤の墨汁でなぞりながら、書かせていった。教師が、一画ずつ書き方を説明しながら書き、子供たちも一画ずつ書いていく。
  3. さて、本番である。まず、作っておいたパソコンの名前札を配布して、それを見ながら名前を書いた。(名前を最初に書かせること)
  4. 次に、「左」の字を一画ずつ、まず教師が手本を見せ、それをまねて子供たちが書くのである。(教師は、手本の上から赤の墨汁で書くので、下手さは目立たない。書き方を教えるだけである)
  5. 「右」の字もそのように書いた。
  6. 個別評定1「これから今書いた字の点数をつけます。10点満点です。合格は8点以上。それでは一人一人つけていきます」さすがに、し~~~となった。一人ずつ「ここが小さい、3点」というように、一回目は、辛くつけていく。
  7. さて、同じように、2枚目に挑戦。3から6までを繰り返す。ただ、2回目の個別評定は、点数をあげていくことを意識する。8点、9点というのが出てくる。9点と言うと、おもわず拍手が出てきた。
  8. 3枚目である。今度は「3枚目は、自分で書いていきます。点数をつけてもらいたい人だけ点数をつけてあげます」と指示を出して書かせた。手を挙げる子供たちは多数いた。

 書かせるのは、3枚だけである。積み重ねていって上手になれば、2の指導ははぶく。

 2時間あれば、自分ではりだすまで十分な時間である。名前も、1年間続けていけば、うまくなる。

 私は、今までこのような指導を続けてきて、子供たちの習字の実力を上げてきた。

 子供たちがうまくなるので、私も指導することが楽しくなった。

 この4年生のクラスも、とにかくうまくなった。後ろに張り出してある前回の字よりも格別のうまさである。

 2人の子供が、私のところへ挨拶にきた。

「先生、今日はありがとうございました」

「君は上手だね。今習字をならっているの」

「習っていません。でも、おじいちゃんが習字の先生をしているのです」

「あなたも本格的にやった方がいいよ。おじいちゃんの遺伝があるから、きっとうまくなるよ」

という会話をした。

 

   

 

 

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最近の親たちに特徴的なこと、2つ

 福岡の小一殺人事件で母親が逮捕された。

 この事件が報道されたとき、即座に母親はどうしていたのかと考えてしまった。

案の定、逮捕されるということになってしまった。嫌な時代である。

 だが、このように発想するには、根拠がある。

 小さな子供たちを抱える母親たちが、深刻な精神的なストレスを抱え込んでいて、それが急増していることを知っているためである。

 多分、今回の事件の背景にも、母親の子育ての悩みがあるはずである。

 「完璧志向が子供をつぶす」(原田正文 ちくま新書)がある。最近出た本である。

 原田さんは、今まで、子育てをしている母親たちに接したり、小児や思春期外来で問題がある子供たちに多く接してきたりして、さまざまな問題提起をされてきている。

 高学年の女の子たちが、すでに思春期に入ろうとしていると最初に提起されたのも原田さんだったと思う。

 原田さんは、「育児における母親の『イライラ感』の急増は、現代日本の子育て現場の状況を最も象徴する調査結果の一つである」として、「兵庫レポート」を提出されている。

 私は、このデータが、今回の事件を裏打ちしていくものになっているのではないかと推測する。

 ★

 37年間、ずっと間近で親子の子育てを見つめてきたことになる。

 最近の親たちに特徴的なことは、2つある。

 1つは、子供と一体化しているとしか見えない親たちである。

 このような親は、我が子が学校などで問題化されていくと、それは自分のことのように受け止め、ものすごい反発が返ってくる。自分が批判されていると受け止めるわけである。

 冷静に指摘されていることを受け止められない。

 それは、我が子に対して距離をおいて見つめられていないことと同じである。

 我が子は、家にいるときの顔と学校にいるときの顔では違ってくるという受け止めがない。だから、家にいるときの顔をもとにしてすべてを判断しているわけであるから、問題を指摘されると「そんなはずはない」と、指摘してきた教師たちに対して猛反発をするわけである。

 このタイプの子供たちは、小さいときは「聞き分けが良く、素直な子」が多い。

 そのように演じていると言っていい。

 その子供たちは、親から、強烈に支配され、管理されているので、「素の自分を出せない、出し方がわからない」と訴える。そして、思春期につまづくことになる。

 もう一つのタイプは、しつけに無頓着な親である。

 往々にして、このタイプの子供は、きかん気な性格を持ち、やりたい放題を繰り返していく。

 その結果、社会的なルールが身につかず、学級では、学級崩壊の中心になっていく場合が多い。

 親は、「うちの子は、元気者だ。そのうちに落ち着いてくる」と考えているが、

ますます困り果てていく。「していいこと、して悪いこと」がまったく身についていないからである。

 このタイプの親には、友達親子、人権尊重親子(私が命名している。子供も一人の人格として尊重していく。だから、ほとんど叱らないで、一人の人間として尊重して育てていく)がいる。

 このタイプに共通していることは、「子供を叱らない、叱れない」ということである。

 前述した原田さんは、「…現在の子育て現場では『親が子供を叱らない、あるいは叱れない』という奇妙な現象が起こっているのである」と指摘している。

 その原因に、3つをあげる。

「ひとつは、『子供の意志を尊重するように!』という考え方が広まる中で、子どもに『しつけ』らしいことは何も言えなくなっているケースである。二つ目の理由は、社会の急激な変化の中で、社会規範が不明確になって叱るべき線が不明確になり、どこで叱るべきか、叱るべきでないか、が分からないケースである。そして、三つ目の理由は、緊張場面を避けたいという親が増えていることである。特に子どもが幼稚園から小学校に通うようになると、子どもは自分の『したいこと』『したくないこと』を強く訴えるようになる。親として子どもと対峙しないといけない場面が多くなる。ところが、子どもと対峙するという緊張場面を避けて、子どもの言いなりになってしまうのである」

 この3つの指摘は、貴重である。

 特に、緊張場面を避けたいと考える親が増えているという指摘は、子育ての現場に直接関わったものだけが指摘できることである。

    

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 生きるための「型」を身につけよう

   かつて新聞記事に、次のことが載せられていたことがある。

 村田兆治元投手のことである。若い人たちは、この投手については知らないかもしれない。

 現在でも、OBリーグなどで、140キロの速球を投げ続けている。もう60歳に近づいている歳だと思う。

 その新聞記事には、その秘密を次のように書いてあった。

「……その秘密の一端を『週刊朝日』連載の自分のコラム『まさかり戦記』で明かしている。いわく、江夏豊投手が、『最近の投手は型ができていない。いったん型をつくってしまえば楽なのに』と嘆くのを受けて、『自分の中に、速球を投げる型をもっているから』今やほとんど練習しなくても、速球を投げられるんだ、と」

 ★

 「型をつくる必要がある」という言葉を最近よく聞く。

 ところが、戦後この「型」ほと評判が悪いものはなかった。戦前の反動と思われるが、その代わりに「自由」「平等」「個性」がもてはやされた。

 「型にはまる」などという言い方は、個性のなさの代名詞みたいに使われた。

 「型をつくる」ということはどういうことか、ぴんとこないという人はいっぱいいるに違いない。

 たとえば、神戸女学院の内田樹さんは、「型」についてこのように書く。

「人間の『中身』はさておき、まず『型』が正しくできているかどうか、それをチェックするというのが『型の文化』的な発想法です。まず『型』を決める。そして、その外形的な『型』を身体に刷り込んでゆくうちに、『型』は身体の中に食い込むように内面化し、ついには誰もみていない場面さえ、その『型』のせいで、人間は心の欲望のままにふるまうことができなくなる、というのが日本的な倫理教育だったのではないか、とぼくは考えています。キリスト教的なアプローチとは正反対のプロセスなのですが、人間を社会化する目的が、『自分の利己的な欲望を制御して、社会規範を遵守して生きる人間』つまり『市民』を創出するということであるならば、どういうコースを選ぼうと構わないと思います。神奈川県から登っても、山梨県から登っても、富士山は富士山です」(「疲れすぎて眠れぬ夜のために」角川書店)

 この「型をつくる」という発想は、学校で子供たちを、「生徒」するように育てるという私の発想ととても似ていると思っている。

 ★

 この型をつくるという発想は、言葉こそ使われなかったが、70年代までは子供の世界にも身近であった。

 たとえば、「8時までが子供の時間、8時からは大人の時間」という合い言葉は、この当時、ほとんどの家庭で守られていた規範であった。

 8時まではテレビを見て、8時から寝る準備をして、9時には就寝する。

 いわゆる「早寝、早起き、朝ご飯」という習慣は、だいたいどこの家庭でも、当たり前のように機能していたのである。

 もうこのような習慣は、ほとんどの家庭で失われている。

 日本が、どっぷりと消費社会に浸かってしまった結果である。家庭の子育ての機能が大きく崩壊していったのである。

 ★

 生きていく自分の「型」を大切にするということ。

 このことを失っているのだと、最近の事件を考えながら、思い浮かべる。

 これだけは絶対譲れないという志が、まったく成り立っていない。

 「金儲け」のためには、どんなことでもやる。

 大阪の三笠フーズの汚染米の問題は、内部告発で問題化したのだろうが、従業員は、誰でもが倉庫に偽造して置かれていた事故米のことを知っていたはずである。

 しかし、何年も明らかにならなかった。悲しいことである。

 人ごとではない。私たちの一人一人が、もし三笠フーズの職員だったら、どういう立場が取れたであろうか。

 私たちは、絶対にこれだけは譲れないという、生きる「型」をもっていなくてはならないのであろう。

 ★

 冒頭の村田投手の弁。

 「今は、『せいぜい一日に腹筋が300回と背筋が300回、それに手の屈伸が1000回』『わずかそんなものだ』『53歳だから仕方ないだろう』」と、…。

 おい、おい……。   

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木曜日の楽しみな一日

 英語活動について書いた。

 アメリカの友人、前川さんからコメントが入った。ありがたいことである。

 前川さんは、アメリカの西海岸で、日本人学校に勤務されている。こちらから行かれているのではなく、現地で採用され、勤務されている。

 その前川さんからのコメントであるから、かなり重たいものである。

「私がアメリカで教えていて常々感じるのは、言葉とは伝えたいことがあって初めて活かされるものだということです。言葉のきれいさ(発音など)も大切かもしれませんが、それがあまりにも先行してしまうと、英語は無機質なものになってしまいます。意欲の低下というのは、その無機質な部分に過敏になってしまっているからではないでしょうか」

 「ああ、なるほど、なるほど」という気持ちになった。

 「無機質なもの」とは、生活感がないものというように私は受け取った。

 先日、本校で英語活動の重点研があったとき、講師である先生(前に英語活動の研究協力校の校長先生)も、「確かに、高学年になると、英語に意欲をなくしていくということがありました」と認められていた。

 だから、高学年が英語活動の意欲をなくしていく現象は、かなり広がっているのではないかと、私は思っている。

 前川さんから指摘されたことは、「言葉は伝えたいことがあって活きるもの」ということ。

 きっと英語活動をしている学校は、このような考え方をしていない。

 とにかく英語に慣れさせようと必死であり、やれ挨拶だ、やれ歌だ、……(もちろん、最初は必要であろう)となっていることであろう。

 その領域から、高学年になっても抜け出せない。

 そこに、大きな問題があるのではないかと、私は推測する。

 また、中学校、高校と6年間も英語を勉強していて、会話の一つもまともに身につけない生徒が多いというのも、前川さんの指摘が、カリキュラムの中に活かされていないのではないかと、推測する。どうであろうか。

 ★

 1週間に一度だけ(木曜日)、1年3組の教室を訪問する。

 その日は、朝からずっとそのクラスの子供たちと生活するわけである。

 子供たちは、私のことを待っていてくれる。うれしいことである。

 今日は、6人の子供たちが、「野中先生、自由帳だよ」と持ってきてくれた。

 「そうか、そうか、じゃあ今日も作ってあげるね」と答える。

 その自由帳には、漫画、お人形、迷路、こわい話などが書かれている。

 そのページをコピーし、色用紙をつけて本みたいに閉じてあげるのである。

「おもしろい まんが 4号    まんがはかせ   ○○ ○○」

と書く。もうすでに、5号を発行している子供もいる。

 教室の前の本立てに、一冊ずつ収められている。もう全部で何冊になったのだろうか。

 担任の先生から宣伝が行き渡っているので、他の子供にも、どんどん広がりをみせている。

 この現象は、ちょっとおもしろいなと思う。

 たわいない漫画やたわいないお人形であるが、1年生の「表現」というのは、このようなちょっとしたことを刺激してあげることから始まるのではないかと思う。

 多分、今までこのように一冊の本みたいにしてもらったことはないであろう。

 それだけでも、うれしいにちがいない。

 こういう「表現」をどのように伸ばしていくか、が問われる。

 おじいさんが、孫に対してうれしそうに接しているその姿にだぶって、私も、木曜日の一日を楽しんでいる。

 

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英語活動なのです

   担当している新卒教師の英語の授業を見た。1年生である。

 重点研究のトップバッターとして、研究授業をするのである。隣のクラスで、そのプレ授業をした。

 1時間を、5つのユニットとして構成してある。

 挨拶ー歌ー練習ーゲームー挨拶(歌)という流れである。

 ニュージーランドからみえているR先生とのT・Tの授業である。もっぱら、英語の発音は、R先生に任せていくことになる。

 とてもスムーズな授業で、子供たちも元気に、乗りまくった授業であった。

 横浜は、低学年から英語の授業をしていくことになっている。そのために、どこの学校でも、盛んに英語の重点研究がなされている。

 ★

 新学習指導要領では、小学校5,6年生から外国語活動として必修されることになっている。

 英語を必修化することに、どのような批判を持っていても、現場では、必ず英語を授業化していかなくてはならないのである。

 全国で90パーセント以上の学校が、すでに英語活動を実施しているそうであるので、もはやその基盤はできていると思われる。

 しかし、課題も多いのである。

 とりあえず、次のような課題が指摘されている。

  1. 小学校の教員に、英語活動を主導していく力がない。特に、発音がひどすぎる。また、ヒアリングがだめだ。(それは、日本語英語の英語の影響である。知り合いが、イギリスのレストランで、「コーヒー」と注文したら、「コーラ」が出てきたと言っていたが、笑えない。)
  2. 早期に英語の学習を始めれば、習熟度は増していくだろうという楽観的な考えをする人が、少なくなっている。特に、特区として本格的に小学校英語教育を行ってきた地区が、高学年の意欲低下という現象に見舞われていると指摘されている。これはなぜか。横浜など、低学年から英語教育をしていこうとしているところは、しっかり受け止めてきちんと考えておかなくてはならない。
  3. だから、中学校の英語の先生の間で、英語に対する意欲を低下させて入学してくる生徒への戸惑いがあるということも指摘されている。
  4. 小学校のハイテンションな英語活動が、果たして高学年に受け入れられるのだろうか。また、中学校とのつながりをどのように考えていけばいいのか。

 ★

 横浜では、月に2回ほど国際理解教育として、英語をきちんと話してもらえる外国の先生がきてもらえる。そして、授業が行われる。

 新しい学校へ行ったら、前の学校でとても親しくしてもらったオランダの先生がみえていた。

 この先生は、さまざまなペットを飼っていて、十何種類がいるという。近くでとったり、拾ったりしたものらしい。

 一番びっくりするのは、「アオダイショウ」という蛇である。

 この先生に、先日聞いた。

 「日本は、中学、高校までこのように延々と英語を教育していて、ほとんど

 まともな会話ができないというのは何が一番の原因でしょうか」

 「先生、それはね。日本の人は、人の前で何かを話すとき、とても恥ずかしがるでしょう。あの<恥ずかしがり>が一番だめなの」と、答えてくれた。

 高学年から導入しようとしている英語活動の一番の壁は、この<恥ずかしがり>なのかもしれない。

  

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「金だけ、自分だけ」の価値観

  汚染米の問題が、マスコミを賑わしている。

 大阪の三笠フーズから京都の介護施設の給食までたどり着くには、間に11の業者が介在していたという。1キロあたりの単価が、約9円から370年にはねあがっていた。やく40倍のはねあがりである。

 要するに、もう行き着くところまで行っている。

 偽造問題から始まり、汚染米までよくぞ毎回性懲りもなく問題が続くものだと呆れかえる日々である。

 そして、テレビをつけるといつもいつも向こう側で何人も並んで、「申し訳ありませんでした」と頭を下げている。これも見慣れた風景になった。

 テレビのこちら側では、私たちは怒っている。

「我々に、こんな汚染米を食べさせようという気持ちが分からない」

「自分のもうけのためには、どういうことでもやろうとする業者にはあきれかえる」

 ★

 これだけ問題にされているのに、次から次へと問題が起こってくるというのはどういうことであろうか。

 普通の常識があれば、どこかが摘発されれば、「これはやばい、すぐ我々はやめていこう」となるはずである。

 ところが、ならない。どこでも、ほとんどがこのような偽造まがいのことをやっているからなのか。問題が発覚しているのは、たまたま内部告発により、運が悪かったところだけだからだろうか。

 「みんなやっているんだから、うちだけやめる必要なんかないんだよ」

ということなのだろう。

 ★

 昔、材木屋をやっていた、ある親しい知り合いから、最近聞いたことがあった。

「最近、近くの材木屋が2軒つぶれたんだよ。2軒ともとても人が良い社長さんだったんだよ。今人が良い社長の会社は、だいたい潰れるね。残っているのは、人が悪い社長の会社が多いんだよ」

 つまり、ちゃんとした商売をしていたら、現在では生き残れない。さまざまにあくどい商売をしていかないと残りにくいということだったと思う。

 この話を聞きながら、「ああ、そうなんだなあ」と思ったものである。

 ★

 なぜこのような偽造問題や汚染米問題が、延々とエンドレスに起こってくるのか。

 多くの企業や会社が、このようなあくどい商売をしているからであるというのは簡単である。

 それらが順番にマスコミのターゲットになっていると私たちは思っている。

 私たちは怒り、その責任を追及している。

 しかし、このようなことでは、この問題の本質は見えてこないと、私は思う。

 そうではなく、これらの問題は、あくまでも氷山の一角である。この問題を支えている裾野が大きく存在するはずである。

 きっとそれは私たちの普通の生活や意識の中に存在しているはずだ。

 そのように問題を立て直さなければ、これらの問題は分からないと思う。

 それは何なのだろう。

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 偽造問題、汚染米問題を支えていたのは、「金儲け」である。

 金を儲けるためには、どんなことでもやる。たとえ、倫理的に問題があろうが、

「みんながやっているんだ」から、自分もやっていくんだという意識である。

 「金だけ、自分だけ」という価値観に染め上げられている。

 それを批判しようものなら、「会社が潰れないためには、きれい事、正義感をならべても仕方ない」と切り返すであろう。

 このように考えていけば、氷山の一角ではなくなる。

 私たちの周りにも、さまざまにこのような生活や意識は転がっている。

 これが大きな裾野である。

 私たちは、おそらく「金だけ、自分だけ」という価値観と無縁であることはできないであろう。

 だが、ほんとうに偽造問題、汚染米問題をなくしていくには、これらの問題を追及していくだけはどうにもならない。トカゲのしっぽ切りと同じである。

 私たちの価値観の中に染め上げられている「金だけ、自分だけ」の意識を対象化し、ふるいにかけ、放逐していけなければ、おそらくいつまでもこれらの問題は延々と続くことになるであろう。

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 問題は、いつも自分と離れたところにあるのではない。

 あの問題は、私の中のどこかと地続きになっているのではないか、と考えるところから始まるのだと思っている。

 

 

 

 

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ふたたび大分教員汚職事件について

  もう一度大分採用汚職事件のことを書いておきたい。

 JJさんもコメントで、無念さを書いておられた。

 自主退職しなかった6人の中には、本人や縁者が、まったく知らないままに点数がかさ上げになっていた事例があった。

 親が、教育委員会に抗議をし、誰が口利きを頼んだのかを追求したことを新聞は明らかにしていた。委員会は、何も答えられなかったという。

 それで、退職処分だけはきちんとするという仕打ちは、どうにも無念であろう。

 21人のほとんどが、このような本人、縁者の知らないままに点数をかさ上げされ、処分を受けている。

 しかし、この事態を裁判に訴えても、勝訴する見込みはないのではないかというのが、私の判断である。

 委員会が、「不当に点数をかさ上げされているものを退職処分にした」という事実を提出すれば、おそらく勝ち目はない。

 その無念さは、どうすることもできない。

 ★

 しかし、教育委員会側から今回の事態を考えてみてほしい。

 これほど大きな問題になった事態に、そのままにすることはできない。そうすると、今回の処分になってくるということである。おそらく、当事者になったならば、この程度の措置しか取れないはずである。

 無念さは募るばかりだ。

 教育委員会は、いまどのようにこれからを切り抜けようかと思案しているだろうと思う。

 19年度の採用者だけを処分している。その前の採用者はどうなるのだ、あまりにも不公平ではないかという声がある。

 その通りである。

 しかし、この不正採用が、構造的であり、長き間続いていたということを考えれば事態はより深刻である。

 本気で調べられる範囲で処分していくということになったなら、大分県の教員は戦々恐々になり、教育どころではないと思う。

 だから、どのように「収拾」を図るか考えている。収拾の論理を考えている。

 私は、19年度以前の資料も、必ずパソコンに納めてあったはずだと思う。

 その公表はできない。多分、19年度だけで処分は終わらせようとするであろう。

 ★

 ここではっきりしておきたいことは、この教員汚職事件の本質をきちんと押さえておくことである。マスコミの論調に、そのまま頷いてはいけない。

 この事件の本質は、大分教育委員会が、これまで長き間に当たり前のように行われてきた構造的な不正教員採用にある。

 点数かさ上げの口利きは、その構造の中で起こったことである。

 21人の退職者は、その被害者である。

 今のところ、その被害者だけが処分を受けている。

 しかし、大切なことは、加害者である教育委員会が、自らもきちんと処分をしていくことが必要である。

 教育長はじめ、現在の大分県教育委員会を握っている要職のものたちは、総退陣していく責任を明らかにしていくことである。

 このことで、21人の無念さを解消することはできないが、事件の本質はそのようになっている。 

 

 

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もっと子供たちに本の読み聞かせをしよう

   担任の先生がお休みなので、補教で2年生の教室に行った。書き取りの自習をしていた。

「12時までに終えたら、お話をします。怖い話か、汚い話か、おもしろい話です!」と伝えると、「え~~~~」と期待の声、声。とたんに静かになって、一心に書き取りに取り組んでいる。

 約束通り12時になって、いよいよお話の時間である。

「最初は、汚い話だ。『へびとう○○』です。○○は何でしょう?」

すぐに子供たちは、分かった。「うんこ」と叫んだ子がいた。教室は、笑いの渦。

私の十八番である。「これは、私が小学2年生の時のほんとうの話です。……」と話し出す。「先生、ほんとうにあった話なの?」「そうです。ほんとうにあった話です」……

 私は、汗だくになり、迫真の演技で、盛んに笑いをとる。女の子も、男の子も、げらげらと笑い転げる。

 へびから追われ、ズボンとぱんつをずりさげたまま、じいちゃんのもとへ逃げ帰る、その迫真の演技。思うように走れないために、つまづき倒れ、うんこまみれになりながら、必死に帰り行く、その姿。

 15分ぐらいの時間であった。

 ★

 次の日、学校へ行くと、担任の先生が、「先生、昨日は何の話をされたのですか。もう子供たちはその話でいっぱいで、3年の担任の先生は、野中先生がいいと言っております」と言われた。

 私は、低学年は、「その場、おもしろ、理想主義者」と名付けている。

 その場主義者、おもしろ主義者、理想主義者をつづめたものである。

 この3つのことがきちんとできれば、低学年は、クラスがぐっと締まってくる。この3つを中心に据えると、あとは自然に波及していく。

 その場主義者というのは、すべてその場で勝負する必要があること。

 おもしろ主義者というのは、笑うことが大好きだということ。

 理想主義者とは、教師が示していく目標にどんどん向かっていく心意気があること。

 私は、汚い話で、子供たちを大いに笑わせたわけである。

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 子供たちに本の読み聞かせや、お話をしてあげるということが少なくなっている気がする。

 特に、低学年は、大切な一つであると、考えている。

 私が1年生を受け持ったときには、いつも定期的に本の読み聞かせをした。

 ござを敷き、その場に子供を座らせて、読み始めるのである。

 ござを敷くというのは、話の舞台作りである。

 自分の娘にも、2歳の頃から同じようなことをしてきたので、読み聞かせをする本にも困らなかったし、お話にも困らなかった。

 この経験が、子供たちとの関係作りを豊かにしてくれたのだと思う。

 

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退職して、5ヶ月が過ぎた

   大分の教員採用汚職事件の21人の方向が決まってきた。

 21人のうち、自主退職を届けなかった6人が、採用取り消しになった。

 14人が、自主退職である。13人が引き続き、臨時講師として採用され、一人だけは別の学校を希望したという。

 理由はともあれ、正式に21人を採用した教育委員会の責任は、厳然としてある。

 その意味で、6人が自主退職を届けなかったのは、筋が通っていることになる。

 しかし、裁判に訴えたところで、採用取り消しの理由が明確であるためにほとんど勝訴することはないであろう。

 それよりも、教育委員会が、臨時講師として引き続き担任を続けられる措置をとったことを朗報として受け取りたい。

 担任たちは、子供たちに、保護者たちに、率直にありのままの事実を伝えればいい。

 そして、これから全力を尽くしてりっぱな教師として成長していくことを伝えればいい。

 21人の教師たち。大きな試練を抱え込んだことになるが、人生には、何度かこんな試練があるのである。

 7人の教師たちのことが心配だ。しかし、まだまだ若い。思い直し、考え直し、やり直してほしいと願っている。

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 退職して、5ヶ月が過ぎた。

 6月までは、講演などで引き続きの生活を強いられたが、7月頃からは、自由な時間を持てるようになった。

 現役の生活をしているときには、分刻みに近い生活をしていたので、大きな生活の転換である。

 時間がゆっくり流れていくようになった。

 今までどれほど追い詰められた生活をしていたのかがよく分かる。

 ところが、退職していった人たちに聞くと、時間をもてあますということだ。

 私も、そうなるのだろうかと心配したが、まだその気配はない。

 知的好奇心がなくなることが、一番の心配事であったが、これもまだ大丈夫である。

 8月の暑い夏休みの間、たっぷりとれた休みを思うように読書ができた。

 これは収穫であった。

 ★

 ふと手に取った佐伯泰英の時代小説である。

 これに夏休み中、はまりきってしまった。

 もともと藤沢周平の大ファンであった。彼の作品は、すべて読み切っている。

 彼が亡くなったとき、呆然となってしまったほどである。

 野口芳宏先生とある学校の校長先生と3人で話していたとき、野口先生が言われた。

 「最近、大学へいく電車の中で、司馬遼太郎の『竜馬が行く』を読んでいるんだよ。今まで忙しさに紛れて、司馬の作品を読んでなかったからね」と言われたとき、その学校の校長先生が、「佐伯泰英の作品もいいですよ」と付け加えられた。

 その時の言葉が残っていたのである。

 最初に、「密命」を2冊読んだ。読みながら、これは、藤沢周平の「用心棒日月抄」そっくりであった。きっとこの影響があるにちがいないと思った。

 それから「酔いどれ小籐次留書」を2冊読んだ。

 そのうちに、次のシリーズが読みたくて、読みたくて夢中になったのである。

 小説を読む楽しみが甦っている。

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 今までの生活から、新しい生活へ入り直すとき、今までの自分を作り上げていたシステムをすべて篩(ふるい)にかけなければならない。

 小さなちょっとした習慣も、一つ一つ篩にかけながら、……。

 そうしなければ、新しい生活へは突き進めないと、…そんなことが分かってきたのである。 

 

 

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自分の学校に誇りを持つこと

  全国学校音楽コンクール<関東甲信越ブロック>を聴きに大宮まで行った。

 初任研担当教諭として勤めている学校が、神奈川県代表として参加しているのである。

 13校の参加であった。どの学校もすごいレベルであり、私は初めてこのような合唱を聴く経験をさせてもらった。

 本校は、惜しくも銀賞で、全国大会への参加を逃してしまった。(金賞へ選ばれた3校が出るのである)

 昨年は、全国大会で銅賞をもらっているので、今年は残念であった。

 コンクールは、今年の課題曲を歌い、もう一曲自由曲を歌う。

 本校は、自由曲を「生きる」という谷川俊太郎さんの詩に曲をつけたものを選んだ。

 難しい曲であった。でも、歌い終わった後、場内はざわつき、ため息がでて、ものすごい拍手であった。

 曲の迫力は、一番あったのだと思う。

 ★

 再任用されて、初任研担当教諭として通い出して5ヶ月が経った。

 周囲の学校では、学級崩壊の嵐が吹き荒れているが、本校は別格である。

 688人の児童数。

 驚いたのは、5,6年の高学年の落ち着きである。

 30年前の子供たちを思い出したほどであった。

 おそらく、このような平穏状態を保っている学校は、もうそんなにないのではないかと思える。

 何がこんな落ち着きを子供たちに与えているのであろうか。とても興味をそそられた。

 最初に分かったのは、しっかりした家庭に支えられているということ。

 しかし、そんな学校は周りにはいくつもある。

 もっと決定的な決め手があるはずだ。

 それが、この合唱にあるというのを知るのは、数ヶ月経ってからであった。

 合唱を指導しているM先生(男の先生)は、音楽の専科の先生である。

 1年生の初任研の指導をしているクラスも、音楽の指導をされている。

 私は、二度その音楽の指導を参観した。一度目から二度目までいくらかの時間が経過していたのだが、その1年生は、ものすごい変わり方をしていた。

 歌い方で、高学年の口まねをしている子供が何人もいるのである。

 これには、びっくりした。

 もちろん、指導の仕方も唸るほどにうまい。それよりも何よりも、1年生の子供たちが、中学年や高学年の合唱をまねていこうとしている姿勢であった。

 本校の伝統がちゃんと生きている。

 それから高学年のクラスや中学年のクラスが、クラスごとに合唱に力を入れている状況が分かってくる。

 合唱が、この学校の子供たちの誇りであり、自分たちもそれに挑戦していこうとする気運が満ちていたのである。

 ★

 この合唱の伝統を、見事にM先生は、本校に根付かせていこうとしていた。

 そして、それに子供たちは見事に応えようとしている。

 自分の学校に誇りを持つこと。それが合唱であった。

 これが、この学校に落ち着きを保たせている大きな要因の一つであると気づいた次第だ。

 改めて思うのは、歴史的に有名な学校は、表現(とくに合唱)を中核に据えながら学校作りをしていたことである。

 斉藤喜博さんの島小や境小、山梨の巨摩中などすぐに思い出すことができる。

 ★

 私も、ささやかに取り組んだことがある。大池小での実践である。

 これは何度もブログに書いたことがある。

 赴任した初めの年の球技大会。他校との親善試合である。他校と言っても、1クラスだけの少人数のクラス。本校は、2クラス。

 ところが、サッカーもバスケも、ボロ負けであった。多分、一試合も勝てなかったと思う。

 「どうしたんだよ」という私の問いかけに、「どうせおれら、なにやってもだめだよ」という言葉が返ってきた。

 子供たちのこういう負け犬根性は、すべてに覆われていて、やる気と根気を奪っていた。

 私は、一人で陸上教室を始めた。

 夏休み中練習させて、横浜の大会へ連れて行った。

 積み重ねていくうちに、いい成績を収めてくるようになり、そのたびに校長先生から賞状を渡してもらった。

 陸上を熱心にやっている学校として認められるようになった。

 もはや、「どうせおれら……」という言葉が聞かれることはなくなった。

 ★

 学校では、子供が誇りに思えることが必要だ。

 小さなことでいい。「うちの学校(学級)すごいんだよ」と、親などに誇れるものを持つことが大切である。

 

 

 

 

 

 

 

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なるようにしかならない。ほとんど時間が解決してくれる

 夏休みが終わった。私は、初めてこのような余裕のある夏休みをおくった。

 昨年までは、空き時間は、毎日学校へ行って陸上教室を開いていた。ゆっくり過ごす夏休みは、ずっとなかったと言っていい。

 家の片付けをした。本をたくさん読むことができた。ブログを再開した。……

 自分のこれからを考えることができた夏休みであった。

 ★

 夏休みの間、自分を最後のところで踏みとどまらせてくれるものは何だろうとずっと考えていた。

 大学時代からずっと読み続けてきた吉本隆明を本格的にもう一度読み直してみたいと、読み始めている。

 吉本の小林秀雄論の講演会での一幕である。

 工業高校の先生より高校生に文学を教える意味を問われている。

 吉本は、「知識は財産である。見えないが自分を最後の処で支え踏みとどまらせるのも知識である。文学を学ぶ意味もここにある」と答えている。

 このように言う人って、もう珍しいのではないかと思った。

 知識などというものに誰も信頼を置いていないし、知識そのものにも偏見を持っているはずである。

 「ほうっ~~」という感じであった。

 この問いかけに触発されて、考え始めたものである。

 ★

 大学の4年生の頃を思い出した。

 学生運動の後遺症から、ずいぶんと大学内は荒廃していて、私もまた呆然として過ごす日々であった。卒業後のことを考えなければいけなかったが、乗り気でなかった。

 教師の就職試験にも落ちてしまっていて、これからどうしようかと思っていた。

 時間だけはある。もうほとんど単位も取れているし、(といっても最低限度だけであったが)日々を過ごすのが大変であった。

 このときにふと思いついて、図書館へ通い出したのである。

 日本文学や世界文学などを含めて、さまざまな本を読んだ。太宰も、漱石も、…さまざまに有名な文学をこの時初めて読破したということになる。

 ほとんど暇つぶしの気持ちであった。

 しかし、この時の読書は、教師になって以降さまざまに私を支えてくれたと思う。

 吉本が言うのは、私の場合確かにそうなのだ。

 ★

 自分の人生の中で、誰でもが何度もの危機がある。進退窮まり、どうしていいか分からないという状況である。

 私もまた、今までの中で、そういう危機を何度も迎えた。

 今でも、そういう危機に直面している人は、たくさんいるに違いない。

 大分の採用試験で、突然採用取り消しを通告された21人の先生たちも、このような危機に直面しているはずである。

 辞職か、臨時講師か。考える時間は、わずかしかない。

 教育委員会自体の大失態を私たちに転化しようという怒りがあるはずである。

 もちろん、自分の親たちや親類が、口利きで働きかけている。しかし、この21人は、ほとんど知らなかったはずである。

 教育委員会は、けじめをつけようとしている。

 しかし、21人にとって、納得できるはずはないであろう。

 ★

 ある商屋の旦那が死ぬときに、「ここに遺言を書いておく。どうしても進退窮まったときに出して開くように」と言い伝えたと言う。

 その商屋が、商売に行き詰まり、どうしようもなくなったとき、いよいよ遺言を開くときがきた。何か莫大な財産が残されていないか期待したのである。

 その遺言には、つぎように書かれてあったと言う。

「なるようにしかならない。ほとんど時間が解決してくれる。」と。

 このような内容であったと思う。

 同じような内容を、あの映画監督新藤兼人さんが語っていた。

「かつて私の郷里のお百姓は、焦らず、絶望せず今日一日を働けば、明日はまた明日の風向きがあるという諺を言い伝えていました。『ぼつぼついっても田は濁る』と。米作りでは田が濁るまで待っていないと苗を植えられないのですが、なあに、ぼつぼつ日を過ごせば、そのうち田は濁ってくる。つまり、苦しかったり、うまくいかなかったりしても、やがて目的に達することができるから絶望するな、希望はちゃんと先にあるということですね」

 今日の私たちは、文明や社会に守られていて、スムーズに生きていけると錯覚している。

 でも、そんなことはない。必ず進退窮まる時は来る。

 そんなとき、焦らず、絶望せず、「なるようにしかならない。時間が解決してくれる」とその日その日をきちんと生き抜いていく、そんな日をもてるかどうか。

 そういう自分を支えてくれるものとは何だろうか。

 

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