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異端の21歳、勝ちに行った

12日から郷里の佐賀へ里帰りをしてきた。

 今回は、私の退職祝いを親戚たちで行ってくれるということである。

 市内から40分ぐらいのところにある古湯温泉へ行った。小説家の笹沢佐保さんが、この古湯が気に入って、ここに家を建てたところでもある。

 宿泊した古湯の大和屋という旅館は、私の高校の後輩が専務として仕切っている。

 ここに16人が集まり、にぎやかな会になった。旅館から、還暦祝いとして赤いちゃんちゃんこが提供され、みんなで写真撮影会になった。

 もう60歳の還暦で赤いちゃんちゃんこを着るなどという風習は、なくなっているのではないだろうか。突然のサプライズであった。

 ★

 オリンピックである。旅館でも、郷里の家でも、自宅でも、久しぶりにテレビに見入っている。

 テレビを見ながら、レースや試合にのぞんでいく選手の表情が、メダルにからんでいく決め手になっていることがよく分かってきた。

 日本選手の中で、ものすごい表情で、「よし、決めてやる!」と闘志満々だったのが北島選手だった。見事に、100mも、200mも金メダルを取った。

 だが、総じて、日本選手たちは、表情が不安そうである。そこがとても気になった。

 前にも、ブログで、日本選手たちに最近表れてきた言葉で気になることを書いた。

 「楽しく試合にのぞみたい」「この世界選手権を楽しみたい」…という言葉である。よくインタビューに、このように答えている。

 「楽しみ」病に罹っているのじゃないか。オリンピックなどという世界の大会では、そんな柔な精神では、絶対に目標の記録を出すことはできないし、メダルに絡むことなど不可能だと書いた覚えがある。

 案の定、結果は陸上の世界大会では、惨敗であった。

 試合を楽しむとか、楽しい練習をするというのは、市民大会などに参加する市民選手とか、小中の生徒たちの世界でのことである。

 日本のトップを張っている選手たちが、こんな言葉を言ってどうするのだと思ったものである。オリンピックに出場する他国の選手たちは、体力のぎりぎりまで使い、命がけの勝負をしかけてくるのである。

 今回も、100mの朝原が、「4回目だけどわくわくする。楽しみながら結果を出せたらと思う」と語っていた。これではもう無理だと私は思った。

 ハンマー投げの室伏も、今回予選通過を一回目に果たしたときのインタビューで、「オリンピックを楽しみたい…」という言葉をはいていた。(まだ、決勝は行われていない。あの言葉は、リップサービスだったことを願う)

 ★

 そこに突然すごい奴が現れた。柔道100キロ超級で金メダルを取った石井慧である。

 21歳である。試合前に並んでいるところからふてぶてしかった。徹底した勝利のこだわりを口にし、「柔道はルールのあるけんかだ」と言い放つのだと言う。

 試合を終えた石井は、言い放ったという。「自分はスポーツをやっていない。戦いだと思っている」

 不足続きの男子柔道陣にとって、まったくの異端児である。

 朝日新聞は、「異端の21歳『勝ちにいった』」という見出しである。

 何を言っているんだ。これこそが今日本の選手に必要なモットーではないかと思った。

 あのぎらぎらした目つきは、朝青龍の強いときの目つきであった。日本にも、こんな選手がいたのである。

 山下泰裕は、「石井が最重量を制して、日本柔道の伝統を守ってくれた。決勝を含め、攻めに徹していた。自分より大きい相手を動かし、十分な組み手にさせず、どんどん技をかけた。準決勝までの4試合も、最後まで攻め抜く姿勢が一本勝ちを生んだ。……略……健闘した女子に比べ、男子はかつてない厳しい結果だ。特に鈴木と泉はひどかった。私たちは2人の実力を見誤っていたと思う。……」と厳しく評価していた。

 まだまだオリンピックは続く。

 

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