クラスが軌道に乗っているかどうかを判断する目安は?

 夏休みの講座で、ある先生から質問をもらった。
 「学級経営でクラスがうまく軌道に乗っているかどうかをすぐに判断できる物差しがないでしょうか?」と。

 確かに初任の先生などは、自分のクラスがうまく行っているかどうか分からない場合は多いのである。
 ★
 その時私が答えたことは次のことである。

 「クラスが軌道に乗っているかどうかは、クラスの子供たちが教師が話し出したらシ~ンとして聞いたり、教師の指示にサッと動き出したり
したら、間違いなく乗っています」

「反対に教師の話し出しても、ザワザワしたり、教師に指示にダラダラ、ノロノロと動き出したりしたら、うまく軌道に乗っていません」

「 『ザワザワ、ダラダラ』→『シ~ン、サッ』とすることが軌道に乗るということなのです」
 
 この簡単な目安で、クラスを判断したらどうだろうかと答えたわけである。

 ★
 これは、学級経営の1丁目1番地なのである。
 
 だから、教師の話に「シ~ン」となる状態を最初につくれるどうかであり、教師に指示に「サッ」と動ける子供たちを最初につくれるかどうか、なのである。
 そのための指導原則がある。

 初任の先生は、こんなことを知らないので、クラスがザワザワ、ダラダラとなってしまう。

私が最初の初任者指導で初任者に教えていくことはこんなことからである。

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つれづれなるままに~励ましのコメントをもらった~

●明治図書から『国語授業の「発問」術』という本が出された。
 雑誌に書かれた、さまざまな発問についての論考を1冊にまとめられたものである。

 私の原稿も載せられている。
 「発問を鍛える!達人のテクニック」の中にある。
 達人である(笑)。
 
 国語の専門でもなんでもない。
 国語教育に載った、たまたまの原稿なのだが、この本に再録されている。
 よくぞ取り上げられたものである。
 もう二度とないので、記念になる原稿である。 


● 次のようなコメントをいただいた。

 ★ ★ ★
野中先生、お誕生日おめでとうございます!初任者の頃から先生の理論を学び、何とか教師を続けられています。ただ最近、児童も保護者も、社会も、また大きく変化していると思います。先生の理論、実践はその中でも宝物ですが、できればTwitterで、先生が最近思うことや、変化していくお考えなど、手軽に情報を得られて交流できれば幸いに思います。ブログ中心になっておられますが、返信にはなかなか敷居が高いです。ぜひ、ブログに書かれておられることをTwitterで発信してほしいと思います。どうかよろしくお願いします。
★ ★ ★

 私は、次のようにコメントを書いた。
 
 ★ ★ ★
核家族教師先生、コメントありがとうございました。わざわざ誕生日のことについて触れていただき、感謝します。また、私の本を読んでいただいているようでありがとうございます。 確かに私はブログ中心で書いております。この他に発信していることはありません。ブログも、今では時々のものになっています。 Twitterで発信してほしいということですが、なかなか気持ちが動きません。せっかくコメントで書いてもらったのですが、ほんとに申し訳ないです。
★ ★ ★

 それに対して、次のようなコメントをいただいた。

★ ★ ★
 野中先生、お返事ありがとうございます。わたしは岡山県笠岡市で初任者の頃、2度先生の研修を受けさせてもらった者です。その後2冊本を購入しました。それまで教師の感覚と言われていた正解の行動を、先生は理論で説明してくださり、以降、ブログを読ませていただいております。初任者向けのオンライン研修にもできることなら参加したいと思うほどです。Twitterの件は残念ですが、ぜひブログでも発信し続けてください。幸い講師歴も含め、15年間一度も学級崩壊はありませんが、それは先生のお陰ですし、周りの困っている若手にも、真っ先に野中先生の本をすすめていますし、管理職面談でもお話させてもらっています。お会いできることは中々難しいと思いますが、これからもブログでよろしくお願いいたします。
★ ★ ★

 私の研修を受けたり、私の本を読んで、こうして「15年間一度も学級崩壊はありません」と言ってもらえる。ありがたいことである。
 
 もう1つは、最近の私のブログが長く更新されていなくて、もう少し書いてくださいという励ましの意味もあったと思われる。これもありがたいことである。

 確かにブログの更新をしていない。
 もうさんざん書いてきて、もはや書いていくことはないのではないかと思う日々である。
 だから、「つれづれなるままに」ということで日頃のことが数多くなる(笑)。

 もう一度、何のためにブログを出しているのかを問わなければならないのであろう。

●土曜日は、いつも6:30からBSで寅さんを見る。
 この寅さんシリーズは、二度目である。
 だから、今見ている寅さんのシリーズは、二度目になる。
 何度見てもおもしろい。
 というより、映画によっては、覚えているところがあまりなくて、初めて見るような感じになる場合がある。
 
 見ていて、やはり満男(吉岡秀隆)が大人になって出てくるようになって、この映画の深みが出てきているなと思ってしまう。

 寅さんシリーズは、28年かけて48作を世に送っている。
 
 山田洋次さんは、朝日新聞の「REライフ」で次のように書いている。
★ ★ ★
 肝臓の病と闘いながら48作目を作り終えた翌年の8月、暑い盛りに彼は世を去りました。「誰も気づかないうちに、消えるようにこの世を去りたい。野辺の送りは親戚も呼ばず、家族だけでひっそりやってほしい」という遺言を奥さんは守られたけど、僕たちスタッフは奥さんにお願いしてお別れの集まりをさせてもらった。大船撮影所に大道具さん、小道具さんたちが工夫を凝らして祭壇をつくり、ファンにも呼びかけて蓋をあけたら、東京駅から東海道線で1時間かかるのに、3万5千人がお別れに来てくれた。炎天下、大船駅から撮影所まで約1キロの道に長蛇の列。
 1日が終わり、静かになったスタジオの遺影の前にスタッフが並び、僕が代表して「渥美さん、さようなら」と言ったら急に悲しみがこみ上げて来て言葉が詰まり、みんな声をあげて泣きました。1996年8月13日のことです。
 ★ ★ ★
次の回がいよいよ最終回になる。

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今多くの先生たちが悩んでいること

 こんな事例がある。
★ ★ ★
担任が4人もいない。病休と退職。
教務、教頭が担任。
校長が教頭の仕事をしつつ、クラスから逃げ出す子どもを追いかけるが、複数のクラスから複数人数いるため対応不可能。
そんななか4学級が崩壊。
★ ★ ★
 学級崩壊どころではなく、学校崩壊状態である。
 どうにもならない。地方都市でこういう状況が進んでいる。

 ★
 8月22日に神奈川県藤沢市に研修講座に行った。
 3時間の講座である。
 私も大変であるが、聞く先生たちも大変(笑)。
 講座を第1、第2、第3に分けて、間で10分休憩とすることにした。
テーマが「学級を軌道に乗せる学級経営の基礎基本」。
 ★
 第1講座は、「今、多くの先生たちが悩んでいること」。
 冒頭の事例などを2,3紹介する。

 なぜ、今学校がこのようになっていっているのか?
 私なりの答えを紹介する。

「子供たちが変わっているのだ!」と。

 こんなことは、今までも盛んに言われてきたことだし、珍しいことではない。
 また、「子供は変わっていない、変わったのは周りの社会だし、親たちだ!」と言われ続けてきた。

 私は端的に「子供たちが変わっている」と指摘する。
 どのように変わっているのか?

  「善悪の価値観から快・不快の価値観へ変わっている」と。

 30年、40年前は、「善悪の価値観」を持っている子供たちが多数派であった。
 「やって良いこと、悪いこと」が分かっていた。
 それで行動ができた。

 もちろん、学校は今でも「善悪の価値観」で成立している。当たり前である。
 ★
 この価値観が変わり始めたのが、1980年代の中頃だろうか。
 「おやっ」と思う子供が出てきた。

 私は37年間担任として生活してきたので、子供たちの変容がどのあたりから起こったのかよく分かっている。

 今では、「快・不快」の価値観で行動する子供たちが、学級で必ずいる。
 いわゆるやんちゃと言われる子供たち。一部の子供たちである。

 この子供たちが、学級崩壊などの中心になる。

 行動の基準を、「快・不快」においている。
 彼らにとっては、学級で行う学習などが一々不快に感じる。
 「うざぃ」「めんどくさい」「つまんない」と発する。
 思うようにならないからである。

 当然である。学校で行うことはおもしろく、楽しいことはほとんどない。
 つまんなくても、毎日我慢してやらなければできないし、分からない。

 どうしてこんな子供たちが登場してきたのだろうか。
 家庭が変容したのである。
 親たちもやはり変わったのである。
 だから、子供は、その中で育てられるのであるから、当然変わってくる。

 そこで「快・不快」の価値観を身に付ける。
 この価値観は、幼児のものでもある。
 だから、「快・不快」は、「幼時がえり」をしていることになる。

 どうして、どのように身に付けるのか?
 長年考え続けてきたが、「消費感覚」というものではないかと思いついた。

今では、子供たちは、金さえあれば、自分の欲しいものはコンビニに行けばすぐ手に入る。お菓子を食べたければすぐ買えるし、マンガを読みたければすぐ買える。消費社会なのだ。
 このように自分の欲しいものはすぐに手に入れる「消費感覚」を身に付けてきたのである。
 我慢することもないし、親にねだれば、だいたいが手に入るのである。
 忙しい親たちは、お金をあげて、子供たちに自分で消費させる方法を身に付けさせてきたことになる(こんな親たちばかりではないが)。

 今どきの子供たちが「快・不快」の価値観で行動するというのは、いじめによく表れている。
 これほどいじめをやってはいけないとキャンペーンがなされるが、一向に減らない。増えている。
 
 もはや善悪の価値観だけで、問題の子供たちに対応しようとしても空振りに終わることは明らかなことである。
 それでいて、善悪の価値観をなくしたら、もはや学校は成り立たない。
 そのジレンマが突きつけられる。
 生徒指導(児童指導)を大きく変えなければならないのは明らかだが、それをどうしていくのか戸惑うばかりになっていくであろう。

 

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つれづれなるままに~誕生日を迎えました~

●最近頭を抱えることがいくつもあった。
 親しい知り合いの方々が病気になったという連絡である。

 さまざまな深刻な病気が伝えられる。
 皆さん、もはや70代になっている。
 コロナ禍の中での、この病気である。
 連れ合いの、どちらかが、その病気になっている。
ショックであった。
 ★
 人には避け得ない3つの「真理」がある。
 「そんなことを言うと、みんなから嫌な顔をされるよ!」と顰蹙をかうのだが、あえて書く(笑)。

 1つ目は、人は老いるということ。
 2つ目は、老いる過程で病気になるということ。
 3つ目は、人は必ず死ぬということ。

 当たり前すぎることである。
 若いときには、こんなことは考えない。
 50歳を過ぎたあたりから、様子が違ってくる。
 日頃は考えないようにして過ごしている。
 ★
 3つの「真理」の中で、1つだけ抵抗できるものがある。
 2つ目のこと(老いる過程での病気)。

 歳をとっても、できるだけ病気を近づけないようにする。
 その予防に努める(それでも、病気は起こるのだが……)。

 60歳を過ぎたら、自前の健康法をもっておくことは必要である。
 
 私の知り合い(80歳)は、朝4時前に起きて4時30分から散歩をする。それもただ歩くのではない。
 早足で歩く。
 それを日課にしている。 
だから、元気。

 自分に言い聞かせている俳句がある。

    浜までは海女も蓑着る時雨かな 瓢水
 
 海女は海まで行けば濡れるのだから、雨が降って濡れてもかまうことはないじゃないか。そう思ってもよいところ。
 だが、時雨が降ってくれば、我が身をかばい蓑を着る。
 どうせ濡れるのだから濡れていこうとはならないわけである。
 ★
 この句についての逸話はこうらしい。
 あるとき、瓢水の高名を慕って旅の僧が訪ねてきた。ところが、このとき、あいにく不在であった。どこへ行かれたかという旅僧の問いに家人は、風邪をこじらせ、その薬を買いに行ったと答えたらしい。
 それを聞いて旅の僧は、半ばあざけるかのように、
 「さすがの瓢水も命が惜しくなられたか」
 と言い捨てて立ち去った。
 帰ってきてこの話を聞いた瓢水、「浜までは……」の句を紙に認めると、まだ、遠くまで行っていまい、その僧に渡してほしいと使いを出した。
 この句を見た僧は己が不明を恥じ、とって返し、瓢水にわびた。乞われるまま、その夜は、おそくまで語り合った、というのである。

 「どうせ~」という言葉を使わないようにしたい。
 そう警告する句である。

 「老いる」という初めての経験をしている。
 その経験では、「どうせ」という言葉は禁句にしたいことである。 

●8月26日、誕生日を迎えた。75歳。後期高齢者になった。
 うれしくもなんともない(笑)。
 
 娘夫婦が、誕生日のお祝いに大好きなお寿司の差し入れをしてくれた。

私はちょうど愛川町で2つの学校合同の研修会講座へ参加していて、早めに帰ってきたところである。

 送ってもらった車の中で、「先生、何歳になられたのですか?」と問われて、「75歳だよ!」と答えると「えっ~~」と絶句された。
 この歳になって、まだまだ元気に2時間立ちっぱなしで講演をしている姿にびっくりされたのだろう。

呼ばれれば「いいですよ!」と言って出かけるのだが、こんな歳になって、まだまだである。

 国語の大御所野口芳宏先生は、86歳の今になっても、講演で方々に出かけておられる。
あるとき(もう80歳を過ぎておられた)、野口先生から電車の中で「野中先生、私は、もう行け、行け、だと思っているんだよ!」と言われたことがあった。
 野口先生を支えているのは、「行け、行け」という、自分なりの励ましなんだと、思われた。

 世の中にはすごい人がいるものである。

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つれづれなるままに~初めてこんな揺れを経験する~

●13日、佐賀で母の初盆が終わり、帰りの飛行機に乗るために福岡空港へ急いでいた。
 心配だったのは、台風のこと。
 予報では、関東直撃で、もうすぐ静岡に上陸する、と。

 私は、北海道で一度雪のために欠航した経験があるので、もう二度とあのような目に遭いたくないと強く思っていた。

 16:00発の羽田行きである。
 空港へ到着すると、まだどうなるか分からない、と。

 ただ、このままだと一番ひどいときに羽田へ行くということになる。
 そうすると、欠航になる。

 どうしたらいいかと係の人に尋ねる。 
「もう1時間早い便に乗れるかもしれませんが……」と。
「じゃあ、それでお願いします!」

 このやりとりで、15:00の便に乗れるようになった。
 ただ状況次第では、福岡空港に戻ってくる恐れがある、という条件がついている。
もう行く以外にないではないか。
 ★
 乗っているときはずっと揺れ続けた。
 羽田へ降下しだすと、さらに揺れがひどくなった。
 こんな揺れは初めての経験。
 じっとしておく以外にない。

 羽田空港へ降り立ったときの安堵感は、それは、それは……。

 すでに羽田は雨風がひどく、台風がやってきているという状況であった。
 よく帰ってこられたものだとさらに安堵する。

●日本は、コロナ感染が世界一になっていることはニュースがご存じだろう。
 他の国は、マスクなしで平気で歩いていて、日本はほとんどがマスクをしているのに、どうして日本が世界一なのか?
 そんな疑問を前回のブログで書いておいた。

 それに対して、諸外国は今まで感染が広がっていて免疫がついている。
 そのために、マスクなしでも大丈夫なのだという答えがあった。

 それでも腑に落ちない。
 これだけマスク、マスクをしているのだ、おかしいではないか。

 今回母の初盆で、佐賀へ帰って分かったことは、若い人たちのコロナへ向かう姿勢であった。
 「コロナにかかったら仕方ない!」「解熱剤を飲んで何日か寝ておけば治っていく!」ということで、気軽に出かけ、旅行も行こうとなっているらしい。
 そんな気分が広がっているらしい。
 その結果、家庭内感染で高齢者にもうつしているのである。

 そんな話を聞いた。
 もうすっかり気持ちが緩んでしまっているのである。

亡くなる人が急に多くなっている。
 医療崩壊が進んでいる。
 それに対して何の手立てもない。
 同じことを繰り返している。

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つれづれなるままに~母の初盆なのです~

●女房から言われた。
「お父さんは、小さなことに喜びを見つける天才だね!」と。
 うれしいことを言ってくれるものだ。

「今日も信行さんの天気予報を見て寝なくてはならないなあ!」と呟いているときである。
 NHKの8:55からの5分間、平井信行さんの天気予報のコーナーがある。 それを楽しみにしている。
 
 平井さんの予報は、よく当たる。
 私も天気予報を勉強しようとしているからとても参考になるのだ。

和田秀樹さんの『70歳の正解』(幻冬舎新書)を読んでいる。
この中に、脳活で前向きに生きる工夫として、次のことが紹介されている。

 ★ ★ ★
 私は、週に2つ、年間100くらいは、″初体験゙のことにチャレンジすることにしています。その場合、ほんの小さな経験でも、1回にカウントします。
 たとえば、外でランチ用の弁当を買うときでも、いつもの店ばかりでなく、ときおり新しい店の弁当を買ってみます。脳は、見知らぬものを見たり、味わったりすると、それだけで活発に動きはじめるのです。
 その他、「これまで、歩いたことのない道を散歩してみる」「ガーデニングで、これまで育てたことのない草花を育ててみる」などといっだ小さな体験゙に意識的にチャレンジしています。そうした経験が、私の前頭葉の老化をすこしは遅らせているように感じています。
★ ★ ★

 「なあんだ!私もやっていることじゃないか!」。
 とにかく小さな新しい経験に挑戦してみるのである。
 そして、小さく「ふっふっ」と喜ぶ。
 
 歳をとったら、もう先は知れている。
後悔が多い過去にも、見通しのない未来にも、そこそこに区切りをつけて、「今日」を元気に生きていく、のである。

●佐伯泰英さんの『酔いどれ小籐次』シリーズが最後を迎えた。
 『御留山』(文春文庫)。
 佐伯さんのシリーズには、ずっと付き合ってきた。
 この酔いどれ小籐次は、特におもしろかったものである。
 
はじめがあれば、終わりが必ずある。
 佐伯さんも、80歳を過ぎて、終わりのときを迎えている。

 「ごくろうさま!」
 そんな思いで、読ませてもらった。

●今年のお盆は、母の初盆になる。
 九州佐賀のお寺で初盆の法事が行われる。
 このコロナ禍なのだが、佐賀へ帰ることにする。
本来なら中止になるのだが、今回はそうはいかない。
 とんぼ返りで行ってくることになる。

 コロナ禍はすごい。昨日は25万人以上の感染で、最高記録の更新である。
 ずっと不思議に思っていたことがある。

 今日本は、世界の中での感染率は世界一である。
 そこが不思議だ。
 テレビで映る諸外国の人々は、ほとんど全部マスクをしていない。
 さまざまなところでにこやかに話し合っている。

 ところが、日本では、ほとんど全部の人がマスクをしている。
 そのことからすると、感染する人は、絶対に諸外国が多くなるはずである。
 
 だが、そうなっていない。
 これはどういうことだろうか。

 マスクに対する過信なのか?
これについて専門家は答えていないのではないだろうか?

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事務連絡

奥平先生から資料をほしいという連絡を受けました。
送付したのですが、リターンで返ってきてしまいます。
その旨の連絡をメールでしたのですが、それもリターンで返ってきてしまいます。
なすすべもなく、ここで事務連絡としました。
奥平先生、もう一度別のパソコンでこのブログにコメントをお願いします。

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つれづれなるままに~「オンライン教師1年目の教室」が終わりました~

●7月12日に大和市の初任講座へ行きました。
 会場は、シリウスという図書館で行うということ。
 このシリウスというのは、日本一の図書館として有名なのです。
 少し早めに行って、全体の会場をゆっくり見て回りました。

 この初任講座で私に与えられた時間は、90分。
 14:10~15:40なのです。
 ぴったり15:40で終わりました。
 1分も超過しませんでした。
 「やったあ~」と。

 森信三先生は、その著作の中で、「講演で一番大切なことは何ですか?」という質問に、
 「与えられた時間をきちんと守ること」
と明快に答えられています。
 
 話す内容とかではないのです。
しかし、これが一番難しいのです。
 私もこのために準備していくのですが、なかなかうまく守れなかったことが数多いです。
 最近になって、やっと何とかなってきたなあという段階です。

 もう講演や講座は、そんなに多くやることはありません。
 それでも、きちんと時間だけは守っていこうと願っているのです。

●4回目のワクチン接種が、7月28日に決まりました。
 今年の夏は、どうしても母の初盆のために九州へ帰りたいという願いがあって、2週間前に接種をしたいと思い、何とかなったわけです。

 それにしても、第7波の広がりはものすごいです。
 ある先生からは、
「今日は、先生方が6人休みで自分と音楽専科で6年生3クラスを何とかみました。また、子どもたちも100人以上休んでいます(コロナ以外もいますが…)」
 と連絡を受けました。
学校は大変なことになっています。
 それでも、夏休みに突入したのですから、一安心ですね。

●オンライン教師1年目の教室が、7月23日に終わりました。
 2月から月1回ということで進めてきたこの講座も、7月で終了ということになりました。
 なぜ7月なのかということですが、今までの初任者指導の経験から言えば、7月まで何とか教室を保ってくれば、2学期、3学期につながっていくことが分かっていたからです。
 それだけ1学期が大変なわけですが……。

 私たちが、このオンラインで訴えたかったことがあります。
 現在ほとんどの初任者指導は、最初から授業の指導に終始します。
 授業さえうまく軌道に乗れば、クラスは大丈夫だという考えがあるからです。
 しかし、現状は、授業だけを対応してもうまくいきません。
 私は25年以上初任者指導の仕事に関わってきて、授業だけで対応できる現実はとっくに過ぎ去ったのだと考えています。
 現実にうまく行っていないのですから。

 私たちは、最初は「学級をつくる」ことから始めなくてはならないと主張しています。
 そして、子供たちとの関わり方(「関係づくり」)の基礎基本を押さえ、特にやんちゃな子供との関わり方を指導していかなくてはならないと考えています。 
 これが最初の課題です。
 
 それから毎日の授業をどのようにこなしていくのかという課題になっていきます。

 来年度も2月から「オンライン教師1年目の教室」を始めていきたいと願っております。
 何とか初任の先生が、最初の1年目の乗り切ってくれることを願いにしております。

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つれづれなるままに~池田先生からチコちゃんに出ます、と~

●8:55からはいつも平井さんの天気予報を見る。
 平井さんは、NHKでずっと活躍されてきた気象予報士。
 今は独立されている。

 平井さんの、この時刻での予報は、明日の予報を予測するのにはもってこいのものである。

 なぜ、平井さんか?
名前が、信行なのである。
 親近感があって、「信行さんの天気予報だ!」という感じになる。

 フェイスブックでメッセージを送ったら、平井さんから「信行つながりでよろしくお願いします。」と返信がきたのである。
 ★
 女房が帯状疱疹になってから、私が洗濯物を干す係になっている。
 そのときに、「今日干していいものか、止めていた方がいいのか?」を決めていくのは、空模様である。
 ニュースでの天気予報は、あまりあてにならない。

 以前から気象予報には興味があったので、最近は、その天気をずいぶん的確にあてることができるようになっている。
「今日は午前中は、大丈夫だ!」
「今日の天気は五分五分だな。一応干して様子を見よう!」
 ということになる。
 女房からは「お父さん、本格的に気象予報の勉強をしたらいいよ」と言われて、その気になっている。

●京都橘大学の池田修先生から「チコちゃんに出ます!」とフェイスブックで連絡が入った。
 
 早速そのチコちゃんを見ることにする。

 「急がば回れ」という「回れ」というのは何?
 という問いかけに池田先生が解説するコーナーであった。
 明快な答えであり、とても分かりやすい答え方であった。

 答えは、琵琶湖にあったのである。
 ここを船で行くのがいいのか、それとも歩いて遠回りした方がいいのかという分岐点があって、遠回りをした方が良いということで、「急がば回れ」になったという。

 池田先生は、琵琶湖のそばに自宅がある。
 私も連れて行ってもらったことがある。
 別荘みたいなところであった。
 私もこんなところに住んでみたいと思ったものである。 

●長年愛読してきた佐伯泰英さんの『酔いどれ小籐次』が8月で完結するという。
 7月も、このシリーズで『八丁越』が出ている。
 私は佐伯さんの時代シリーズでは、この本がいちばん好きなものであった。

 もう佐伯さんも80歳を過ぎて、まとめのときなのであろう。
 
 最近、和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道』という本を読んだが、
70歳の過ごし方が大きなポイントになることが書かれている。
 私も、8月に75歳の誕生日を迎える。
 70歳の過ごし方がうまくいっているのかどうか?
 それが問題である。

 

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つれづれなるままに~その人の人生は、その人の口から出た言葉の方向に進む~

 
 「その人の人生は、その人の口から出た言葉の方向に進む」

 この法則。
 この言葉の出典をずっと探していた。

 ★
 母の葬儀の帰りに、福岡空港にいた。
 時間があったので、ふっと空港内の書店に立ち寄った。
 そこはワクワクするような書店だった。

 そこで、ふと『人生を変える 言葉の力』(永松茂久著 きずな出版)を目にする。
 近くのコーヒー店で読んでみる。

 ★ ★ ★
 20世紀最大の発見、
 それは「思考は現実化する」という法則だと言われている。

 この法則は、17世紀に発見され、ごく一部の人々の間で語り継がれる秘宝の真理とされてきた。その法則が20世紀に明るみにでたのだ。

 しかし21世紀になり、人間の研究はさらに進み、思考よりも人間に大きな影響を与える存在が発見された。

 それは「言葉」である。
★ ★ ★

 「これは、これは、……」ということで、先へ進む。

 ★ ★ ★
 多くの人は、思考が言葉を生み出すと考えている。
 しかし、実際は言葉のあとに思考や感情がついてくる。

 つまり言葉が先、心があとなのだ。

 思考だけでは叶わない。
 言葉にしたときはじめて思考は力を得て、
 実現に向けて走りはじめる。

 はじめに言葉ありき。
 言葉は現実化する。
 ★ ★ ★

 「これだったんだ!」と。

 ★
 永松茂久という人は、今ではベストセラー作家(?)である。
 この人の『人は話し方が9割』という本は、2022年上半期ベストセラー第1位という。

 だが、ベストセラー本より、この「言葉の力」本が数段良いと私には思える。
 ★
 日頃しゃべっている「言葉」が、その人の人生を形づくっていくとは、予想だにしないことであろう。
 言葉は、無意識に吐かれているから。

 しかし、自分で今までを振り返ってみたとき、確かに、確かにそれは言えるのではないか。

 「その人の人生は、その人の口から出た言葉の方向に進む」
 

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