つれづれなるままに~深い学びとは~

●緊急の26兆円の経済対策でびっくりした。
 小中学生の一人ひとりにパソコンやタブレットを配布するというのである。 これは何だろうか。

 緊急性といったら、これだけの予算があったら、教職員を増やすための予算措置にならなければならないはずである。
 学校現場を知っている人ならば、すぐに考える第1のことになる。
 現場は、補充の先生がいなくて青息吐息なのである。

 私が知っている情報で言えば、タブレットなどを市で子供たち一人ひとりに与えていったところで、うまくいったと聞いたことがない。
 先生たちは戸惑い、学力も上がらないと聞いている。

 ちょっと考えてみれば分かるはずである。
 パソコンやタブレットをうまく使いこなすためには、教師がよほどそれに精通しておかねばならない。授業も、工夫しなければならない。
 今の先生たちに、そんな時間はほとんどないのである。

 それに加えて、クラスが荒れてきたりしたら、そんなものを使うどころではなくなる。
 学級崩壊は、限りなく広がっているのである。

 こんな教育政策を考えていくトップの頭の中では、新しい学習方法やすぐれた機器を子供に与えれば、教育はうまく行くだろうと直線的に考えられているのではないだろうか。
 まったく呆れてしまう。

 それを使いこなす現場の教師のことをまったく考えていない。
 教師をロボットみたいに思っているのではないか。

●MAG2NEWSで次のように報じられていた。
 これから景気が落ち込んでいくのである。

 ★ ★ ★
 増税が影響か。消費支出11ヶ月ぶり「大幅下落」に呆れる声続々

 内閣府は6日、10月の景気動向指数について、景気の現状を示す一致指数が前月と比べて5.6ポイント下落の94.8だったと、共同通信社などが報じた。下落幅は、東日本大震災があった2011年3月の6.3ポイント以来、8年7ヶ月ぶりの大きさである。また、10月の消費支出も、物価変動の影響を除いた実質で前年同月に比べて5.1%減っており、マイナスとなったのは11ヶ月ぶりだという。落ち込み幅は、消費税を5%から8%に引き上げた後の2014年4月の4.6%よりも大きかったと日本経済新聞、NHKなどが報じている。これについて日本のネット上では「消費が落ちるのは当然」「国民の大半がこうなるの分かってた」「消費税増税して景気が良くなるわけないだろ」と呆れかえる声が続々と挙がっている。
 ★ ★ ★
 直接的には、増税の影響があるのかもしれないが、景気が落ちていくのは必然ではないだろうか。

●突然、アフガニスタンの中村哲さんが銃撃され、亡くなった。
 ニュースで大騒ぎになっている。

 私と同世代のこの人の挑戦に、私もまた励まされてきた一人である。
 それがいきなり亡くなったのである。

 中村さんを狙っての銃撃だったと報じられている。
 銃撃した連中は、中村さんが邪魔だったのであろう。
 アフガニスタンを緑豊かな土地に生まれ変わらせようと努力している人に対して邪魔だというのは、どういう発想なのだろうか。
 それを想像することはできない。
自分の住んでいる目の前の土地を少しでも豊かにしていこうという、その心根を失ったら、何を根拠に人は生きていこうとするのだろうか。
 
中村さんは、キリスト教徒である。
 その人が、指し示した言葉は、伝教大師最澄の「照一偶」である。
 「自分の今いる場所で最善を尽くす」と。

 大切な人を、こうしてまた失ってしまった。 

●西川純先生が、フェイスブックに次のように書かれていた。

★ ★ ★
教育にはみんなが使っているけど、無定義の言葉があります。例えば、「分かる」、「出来る」などもそうです。その最たるものは「深い学び」です。この言葉を使う人は、それがはっきりしていると思い込んでいますが、「では、それが深いか深くないかを第三者が判断する具体的方法を示してください」というと言えません。仮に言えたとしても、それはその人の趣味以上のものではありません。研究者の一人として断言します。たった一つの学会に限っても結構です。その学会の会員の大多数が一致する「深い学び」の操作的定義はありません。

 「深い学び」という言葉を見るたびに「言葉が踊っているな~」と思います。学習指導要領にも「深い学び」という言葉がありますが、あれは意味の無い言葉の遊びだと理解すべきです。つまり、学習指導要領の内容的な縛り以外は、教師を縛るためにあるのではなく、一人一人の教師の積極的な発想を促す言葉だと私は理解しています。だって、縛ろうにもだれも実態が分からないのですから、縛れないのは当然です。それでもその言葉があるとしたら、上記の理由だと思うのです。
 それ故、『学び合い』の授業に対して「深い学び」云々を言う人がいると苦笑します。おそらく、クラスの中の4、5人だけが理解し、発言し、その言葉がその業界の教師が好きな言葉であるとき「深い学び」と判断しているのだと思います。
 ★ ★ ★

 「深い学び」については、言われる通り。
 これについて、私が今まで聞いた中で、一番明快だったのが、ある文科省調査官の言葉。

 「『深い学び』とは、本時の目標が達成されたことを言います。」

 実際には、直接聞いていないので、本意は分からない。
 でも、そうだよなと思われる指摘。

 現場は、こういう言葉に右往左往している。

 

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「算数学力向上メソッド」の結果報告

 第3次の算数共同研究の結果は、ときどきこうして報告している。
 
 4年生の担任しているM先生のクラス。
 単元「小数のしくみとたし算、ひき算」の結果。

  知識理解  技能  考え方
 ①児… 45   50   50
 ②児… 35   40   38
 ③児… 40   45   50
 ④児… 50   40   40
 ⑤児… 40   40   48
 ⑥児… 40   40   50
 
これは、低学力児の現在の点数である。
 このクラスの最低点は、75点。

 クラスの平均は、46.14 48.37 48.91 である。
もちろん、90点以上であることは間違いない。

 そんなにむずかしい単元ではない。
それでも、基本的な計算ができていなければできない。

 「算数学力向上メソッド」を続けていけば、これほどになる。

 このクラスは、他の単元も、難易度によって上がり下がりはあるが、ほとんどこの状態である。

 みごとに低学力児を引き上げている。

 M先生に、どんなにしてやっているのだと質問したことがある。

子供たちに「こんなに勉強ができるようになって、うれしい、うれしい」といつも声かけてほめています、と。
 そしたら、子供たちから「先生のおかげです!」と返ってくる、と。

 ほめるための「事実」をつくり、そして実際に言葉にして「ほめる」。
 これをやっている。みごとである。

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つれづれなるままに~今、日本はすごく貧困化している~

 
● 知り合いの校長先生から次のようなメールをもらった。
 出張する先生の替わりに、授業をしたということ。
 ★ ★ ★
 先日2年生の授業でかけ算九九4の段を教えました。
とっさにひらめいたのが、
3つずつに区切って覚えさせる
という方法でした。
4×1,4×2、4×3で一区切りです。
これを3回繰り返せば終了です。
覚え方は音読連れ読みから入って、
一斉音読、一斉音読ランダム(といっても3つですが)
ペアで確認、列指名といった具合でアウトプットさせました。
これは、入りました。
授業終末には、ほぼ全員が「発表させて」状態になりました。
ときかたハカセ?は
「かけ算九九はね、3つずつ覚えるんだよ」
のように伝えました。
子供の感想は、
「校長先生の授業は、なんかすごく忙しいんだけど、楽しい」
というものでした(笑)。
 ★ ★ ★

 やはり、授業は、アウトプットとスピード・テンポだ。
 子供たちは、快く感じる。
 そのことがよく分かる。

●評論家小浜逸郎さんのブログに、「貧困化した日本」の論考が載せられていた。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo
 
 この中で、情報戦略アナリスト・山岡鉄秀氏の次のような記事に目を惹かれたと書かれている。

 山岡氏は、ある団体から青年向けの講演を依頼された時に、「日本の国力が驚くほど低下してしまったと思う人は、手を挙げてください」と呼びかけたそうである。
 すると、会場の半分ぐらいの人しか手を挙げないので、驚いて、こう聞いた。 

「日本の国力は、ずっと変わっていない人、手を挙げてください」と。
 すると、残りの半分の人たちが手を挙げている、と。

 彼らは、皆若く、20代、30代、といった感じ。

 これは、私も驚くこと。
 今の若い人たちの半分は、今の日本の国力が変わりないと思っているである。
 よく考えてみると、変化したという実感がないのかもしれないと思わされた。
 次のような言葉がある。
「一国が滅んでゆく最大の原因は、その国の国民が、自国の滅亡過程を自覚しないことです。」と。
 
 今、日本はすごい勢いで、貧困化していっている。
 その実状を小浜さんは、いくつもその例を挙げている。
 具体的には、私も知らなかった事実がいっぱい。

 ①OECD加盟国34カ国のなかで、日本の相対的貧困率は29位

 ②実質賃金は、この20年間で約13%下がっている。

 ③世帯収入の中央値が、1995年は550万円だったのが、2017年には、423万円に下がっている。

④収入が平均値以下の世帯が、62.4%

 ⑤年収200万以下のワーキングプアが1996年に800万人だったのが、その後急上昇し、安倍内閣が発足してから2013年からは110  0万人。

⑥生活保護所帯は、1995年ごろには60万所帯だったのが、その後急上昇し、今は160万所帯。

 ⑦高齢者は、5人の1人が貧困層。
  中でも単身高齢者は、男性で約4割、女性で5割を越える。

 まだ、さまざまな実例を小浜さんは紹介しているが、ここらでいいだろう。
 日本は、大変なことになっているのである。
 
●人は、あるとき自分を変えなければならないときが必ずある。
 そんなとき、どうするか。

評論家大前研一氏によれば、人が変わるために必要なことは3つということ。
 
  1 時間配分を変える
  2 住む場所を変える
  3 付き合う人を変える

●加藤典洋さんは、2019年5月16日に肺炎で亡くなった。
 同世代であり、亡くなって茫然となるような感じであった。
 
 彼の書く本は必ず読んできた。
 今回、遺稿集とも言える本が岩波書店から出された。
 『大きな字で書くこと』。
 
 僕はいま
 風の中
 誰か遠くの人の声を聞く
 どこかわからない
 でもここが僕の場所

 風が吹いても
 動かない
 かすかな窪地

こう書いて加藤は去って行った。

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つれづれなるままに~人は声から老化していく~

 
●フェイスブックで、Uさんが書かれていた。

 「おはようございます。やる気が出ない時、誰でもあります。そんな時は、細分化して、ほんの小さなことでもいいからやることです。イスから立つ、ペンを持つ、水を飲む。すると、次の行動につながります。小さな行動を重ねていくと、いつの間にか、やる気がないこと忘れてますよ。」


●隣の家の庭の手入れをしている方と親しく話すようになった。
 聞けば、90歳になられるという。

 もうそれだけでも、大変なこと。
 一日中、ほとんど毎日やってきて庭の手入れをやっておられる。

 それが、今年の夏に、あの暑さで熱中症になられた。
 食べられなくなり、入院を何度か重ねられた。
高齢で、食べられなくなるというのは、危機的状況である。
 もう庭の手入れに戻ってこられるのは無理かなと残念に思っていた。

しかし、最近戻ってこられた。
 元気な姿である。
 これは、これは、うれしいことであった。

 その方のことを思いながら、ある哲学者の言葉を思い出す。人生の法則である。

 「その人の人生は、その人の口に出た言葉の方向に進む」と。

 言葉は言霊という。マイナスの言葉ばかりを吐いていると、その人はマイナスの人生をおくってしまう。
 プラスの言葉を、できるだけ言うようにしようという戒めである。

 その方は、まさにこの言葉通り。
 今日も、隣の庭に朝早くから来て、隣の家に居着いている野良猫に、「そんなところで寒くないかい?」と声かけられていた。
野良猫たちは、この方を大好きなのである。
 

●これもフェイスブックに掲載されていたこと。

 「消えていくダメな芸人の共通点を、サンミュージック常務取締役が明かした。
 それは「努力しない」「時間を守らない」「すぐに行動しない」。

 時間を守らない芸人は信頼を失って、どんどん出番をなくすという。」

 どこの世界でも、この3つは言えることだなあ。

●地域の防災訓練に出た。
 今年は、自治会の組長なのである。
 防災訓練のための挨拶が、いくつもあって、大変である。

 前に一緒の学校にいた先生が、閉会の最後に挨拶をされた(役職をされていた)。もう80歳になろうとされているのだろうか。

 話は長くはなかったが、口調がかすれ声になられていた。
 知っている先生の口調は朗々としていたはずである。

 その後に、その学校の校長先生が話された。
 さわやかな口調で、いかにも現役だというような話しぶり。

 「ああっ、人は声から歳をとっていくのだ!」と。
 そんなことをしみじみと感じた。
 心しておかねばならない。

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学校改革は、これほどにむずかしい~若手の先生に希望を託して~

 前回のブログで学級崩壊について書いた。
 そのことで若い先生から、それに対抗できることについてもっとくわしい話を聞かせてほしいという要望を聞いた。

 

 書いてみて、何か自慢話みたいで、うまく書けたとは思えなかったので、ボツにしようとした。
 
 だが、待てよと思い、前回のブログで紹介した若手の先生にだけ、これを送ったら、すぐに返信がきて、「何度も読みました。少し心が勇み足になっていました…。読めて、良かったです。ありがとうございます。」ということだった。

 

 それではと思い直して、ブログに載せることにする。
 以下のことになる(少し付け加えている)。 

 

 ★
 今学校現場は、学校全体でまとまっていくということが取れなくなっているではないか。

 

 この10年で大きく様変わりしたのは、このことだと思っている。
 私は、現場を離れて12年も経っているので、その状況をうまくつかめていないのだが、強く変わったことを感じている。

 

 神戸市の東須磨小事件は、驚きだった。
 あの4人組は、学校の中心で、学校をまとめていく立場の先生たちだったはずである。
 それが、あのように若い先生をいじめのターゲットにして、自分の快感を得ている。「面白ければ良かった!」と言っている。

 

 これは、繰り返しになるが、氷山の一角である。
 日本全国のさまざまな学校で、あの種のいじめ(程度の差はあるが)が教師間で行われていることを、明らかにしている。現在では、パワハラという言い方をしている。

 

 本来ならば、子供たちのために先生方がまとまっていかねばならないのだが、そういうことにはなっていかない。
 お互いに足の引っ張り合いをしている。
 ★
 ある初任者の先生から相談をされたことがある。
 「私のクラスは、とても落ち着いていて大丈夫なんですが、隣の学年主任の先生のクラスが荒れていて、大変なんです。どのように助けを出したらいいでしょうか?」

 

 学年2クラスで、初任のクラスは落ち着いていて、隣の学年主任のクラスが荒れているという。まったく逆のケースである。

 

 私が伝えたのは、次のようなこと。
「先生ができることは特別にないですよ。助けを出したい気持ちは分かるけど、やらない方がいい。そのクラスのことは、管理職が何とかします。それよりも、隣のクラスからの影響を受けるから、とにかく自分のクラスに一生懸命エネルギーを注いだ方がいい。」と。

 

 学年主任が、荒れている初任のクラスを助けるのは、当たり前である。
 ところが、その逆はしない方がいい。
 初任者は、助ける方法が分かっていないし、そんな余裕はないはずである。
 ★
 このことは、若い先生方にも言えることである。
 「学校を何とかしたい!」という前進的考え方で、学校を変えようと発想する。
 極めて好ましい発想である。だが、これはきわめて危険。

 

 今、学校には、守旧派がいて、今までの「前例踏襲」を守り抜く先生がいる。学校の中心を担っている先生方に多い。
 もちろん、良いことは「前例踏襲」でいいはずである。
 ところが、大きな問題点があることでも、守旧派は、今まで通りを守り抜こうとする。
 それが自分たちには、快いことであり、それは自分たちがつくりあげてきたことだという自負があるからである。
 
さまざまな議論が行われて、いいところで決まっていけばいい。
 
 しかし、後腐れが残る。
 「あいつ、何年も教師していないのに、なまいきだ。潰してやろうや。
  これから邪魔になるから。」

 

 えてして、守旧派は、こう考えていきがちだ。
 ここに若手の先生が抗していくことは、なかなかむずかしい。

 

 だから、若手の先生が、学校の問題について何からのアクションをしようとするときには、とりあえず3人の先生の賛同を得ておいてほしい。
 策略を巡らしておかなければならない。

 

 そして、6人の賛同者がいてくれたら、いずれ動き出す(「6人の法則」というらしい)。

 

 提案したことが、通らなかったとしても、めげずにやっていけば、そのうちに道は開けてくる。
 ★
 私が、最後の勤務校に赴任して、この荒れた学校を建て直さなくてはならないと考えたときには、ある策略をもっていた(今でこそ言えることだが…<笑>)。

 

 条件がそろっていた。

 

 ①その学校は3年学校(3年しか居られない)で、私が赴任したときには、ほとんどの教師たちが異動していて、残っているのは数人しかいなかった。
 ②私は、もう50歳をとっくに過ぎていて一番の歳であり、校長と同年配であった。
 ③新しくきた先生たちが多数派で、私と行動をともにしてくれる先生も数人いた。優秀な若手も何人もいた。
 
 この条件が揃っていなければ、とても改革なんかできなかったはずである。

 

 鉄則があった。
 
 ①校長と闘わないこと。
②自分の力量をひけらかすようなことをしないで(そんな力量もなかったが)、みんなと同じような普通の教師として過ごす。
③まず、高学年から落ち着かせていくこと。

 

 ①については、管理職には恵まれた。
 管理職は、私たちの改革に、十分なサポートをしてくれた。
 もし私と管理職が言い争う事態があったら、もちろん、改革は無理であった。管理職のサポートがなければ、無理である。

 

 ②も大事なことで、自分こそが学級崩壊立て直し人みたいな存在になることは、決して学校にとってはいいことではない。全体でやりとげていくというチーム感覚ができなければ、うまくいかない。

 

 ③は、荒れた学校を建て直していくための第1の原則である。
 上の学年から立て直していく。それは、下の学年の子供たちは、上の学年のマネをするので、下からの立て直しは原則に合わない。

 

 私は最初5年生の担任であった。高学年の4人の先生とも、一致した行動が取れて、2年間で落ち着いた学校へ生まれ変わっていった。

 昔話をして、うまくいったことの自慢話をしているととらえられる恐れがある(笑)。
 
 どうしてこんなことを書いているかというと、これほどに学校改革はむずかしいのだと伝えたいわけである。
 最後の勤務校では、たまたま条件や、先生たちに恵まれていたからできたのである。
 何か1つでも不足していたら、むずかしかったはずである。

  反面、これほど改革はむずかしいので止めた方がいいとも取れるようにも受け取れる。

 そのように受け取らないでほしい。

 まず、自分の周りに訴え、学年を巻き込み、少しずつ力を拡大していく。

 その方向は必ず出てくる。


 これから学校は、学級崩壊がたたみ込んで起こり、先生たちを苦難の道へ追い込んでいく。
 対抗する方策はある。
 
 今、古い価値観が総雪崩状態になっていて、新しい価値観が求められている。
 古い価値観の中から、何を残し、何を捨てるのかが真剣に問われている。

 その中で、少数であるが若手の先生が、この状況を切り開いていくために立ち上がっていくはずである。私にパワポのファイルを送ってくれた若手の先生も、その一人である。
 
 ぜひがんばってほしいとエールを送りたい。
 
 

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つれづれなるままに~子供たちに身に付けさせたいこと~

●フェイスブックに、知り合いのY先生(中学校の先生)が書かれていた。

★ ★ ★
 今日は,市内のA中学校で行われた研究発表大会に参加しました。研究主題は「主体的な活動から学力向上を目指す生徒の育成」でした。
主体的な活動の具体例や主体的に学ぶ生徒の具体的な姿が見られると期待して参加しました。

道徳授業は,「いのちの大切さ」を扱ったものでした。
①教科書を読み,
②主人公が「死」が無関係ではないと思った理由を問い,
③「いのち」からイメージするものを班で膨らまさせ,
④名前に込められた願いを考えさせ,
⑤将来の自分の子供にどんな名前をつけるか考えさせる。
という流れでした。

この流れがよくわかりませんでした。生徒の思考はスムーズに流れたのでしょうか。
これで,ねらいである「いのちの大切さを知り,前向きに生きていこうとする心情を深める」ことができたのでしょうか。

どの部分が,主体的な活動なのでしょうか。
主体的に学ぶような工夫がどこにあるのでしょうか。

2年間の研究での一応のゴールがこの授業なのでしょうか。

まずは,授業づくりの基礎基本をしっかりと身につけ,授業の基礎力を高める必要があるのではないかと思いました。
 ★ ★ ★
また、次の日に、以下のように書かれている。

 ★ ★ ★
 昨日の研究発表に参加して,普通の学校現場で2年間の研究を重ね,その成果を発表をすることは難しいことだと再認識しました。研究に多くの時間をとられてしまい,日常授業に支障が出てるのではないかと思います。研究主題にとらわれすぎて,日常授業に専念できない教師もいたことででしょう。
これでは,本末転倒です。日常授業がきちんとできる教師を育成していかなければ,学力向上も望めないと思うのです。
全員参加の授業ができない教師や指導技術もほとんど知らない教師に,生徒が主体的に学ぶような授業ができるわけがありません。もっと教師の基礎力を固める必要があります。
 ★ ★ ★
 
 うなずきながら、読ませてもらった。
 まさに、現実の学校の公開発表は、このようになっている。
 50年以上前から同じような発表形式である。

 終わった先生たちは、「ああっ、終わった!」という感激があっただろうし、一人ひとりの先生には学びもあったにちがいない。
 だが、明日からまた日頃の「日常授業」に戻っていく。研究授業とは関係ない授業である。
 ★
 研究授業について、私は今の現状を否定的に数多く書いてきている。
やられている研究授業と毎日やっている「日常授業」との関係がほとんどなく、ショー的に今の研究授業が展開されていることが問題である、と。

 要は、1つの公立学校で何かの研究をするというのが一番の問題である。
1回や2回の授業で仮説の検証などができるはずはない。

 しかし、私は研究授業そのものについて否定してきたことはない。
 若手の先生が、精一杯教材研究をして、その授業に取り組むことはおおいに力をつけることになる。
 
 でも、これから学校全体で、研究授業をする場合は、いかに「日常授業」を変えていくかという視点で取り組んでいくことである。
 こうしなければ、絶対に何も変わらない。
 そして、研究ではなく、研修をするのである。
 
 ★
 Y先生が重要な点を指摘されている。

「全員参加の授業ができない教師や指導技術もほとんど知らない教師に,生徒が主体的に学ぶような授業ができるわけがありません。」

 Y先生の学校では、今年度は、研究テーマが「全員参加の授業づくり」だったと聞いている。
 まさに、最適なテーマである。

 このY先生の記事のコメントで、他の先生が「その基礎力を、若手の先生たちは、どこで身に付けるのでしょうか?」と書かれていた。
 まさに、問題はここである。

 この基礎力がないままに、今求められている「話し合い」や「討論の授業」を行っている若手の先生の授業をよく見ることがある。
 まったく授業が成立していない。

 全員の子供たちをどのように授業に巻き込んでいくのかという試みがないままに、形だけを身に付けようとする。
 だから、無残な授業になる。
 ★
 私は、義務教育の段階では、子供たち一人ひとりに次のことを身に付けさせることがもっとも必要なことだと考えている。

 ①課題に対して自分の答えをもつ。
 ②自分の考えを言語化する。
 ③それを他者に伝えられる。

 これを一人ひとりに身に付けさせるのである。
 全員参加の授業と主張する理由がここにある。

 それから、この土台の上に、話し合いや討論の段階がくるはずである。
 ★
 ところが、これをやらないで、課題を与えて、「さあ、話し合いをしましょう!」とやっている授業があまりにも多すぎる。
 今求められているアクティブ・ラーニングを追究しているつもりである。

 一部の子供の話し合いや討論でしかない。
 ほとんどの子供が、自分の答えを持たないままに「さあ、話し合いましょう」とやるから、こういう無残な授業になる。
 
「見栄えの良さ」ばかりを追究するからである。
 ★
 だが、これが現実である。
 このことを克服して行くには、今までのやり方を変える以外にないのである。

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学級崩壊をどうするか(3)~学級崩壊は個人の責任か?~

 初任者指導の先生へ向けての本の原稿を書いた(小島康親先生と共著)。
 出版は、3月になる。

 最近は、都市部で大学出たての初任者が、クラス担任をもつのが困難になっている。
 学級崩壊してしまう。それで辞めていく。
 このような状況は数限りなくある。

 初任者指導の先生が、そのようにならないような手立てを打てない。
 反対に、指導の先生と初任者の「すれちがい」が起こり、その原因で辞めていく初任者もいる。困ったことである。

 その「すれちがい」の原因は、初任者指導の先生の指導にある、と私と小島先生は結論づける。
 2人とも、実際に初任者指導を3年間行い、今も初任者指導に関わり続けているのである。そこでの結論である。

 初任者指導のほとんどの先生は、最初から授業の指導をする。
 授業さえうまくいけば、クラスは安泰であると考えている。
 
 週に一度、初任者の教室へ通い、一日中授業を見ているのだから、自然とそうなる。私も、最初は同じように失敗した。
 
 初任者も、最初は、授業さえうまくいけば、クラスは何とかなると思っている。大学では、授業、授業の勉強をしてきたのであるから、自然とそう思うようになる。
 
 ところが、実際に教室へ入ると、授業どころではない。
 朝自習をどうするか、朝の会をどうするか、給食指導をどうするか、掃除をどうするか、……など「教室の一日」を成り立たせる方策が突きつけられる。
 
 初任者は、こんなことを学んできていない。
 あわてて、学年主任の先生に聞きに行く。ところが、学年主任の先生も自分のクラスのことで手一杯。簡単に要旨だけを伝えられる。
 それでは、具体的に対応できない。
 そこで、見よう見まねでやっていかざるをえない。
 クラスは最初から停滞するわけである。
 
 「学級づくり」の最初は、すうっ~~~とスムーズに進行しなければいけないのだが、もう最初からだらだらした進め方になる。
 
 ここは、初任者指導の先生が、きちんとした「学級づくり」を教えなければならないわけである。

 ところが、指導の先生は、最初から授業の指導ばかりする。
 「単元構成は?」「学習課題は?」「あの発問は?」……ということになる。
 ここですれちがう。

 今、一番初任者が困っていることに対応できない。
 ★
 初任者指導がうまくいくためには、どうするか。

 最初に土台になる「学級」をつくり、それから授業についての指導をする。

  「学級づくり」→「授業づくり」の方向

 もちろん、この2つは同時進行であるが、まず「学級づくり」が優先されなければならない。

 私は実際に指導をしてうまくいっている。
 また、小島先生も、そのような指導をして、うまくいかれている。

 大学出たての先生だって、このやり方でうまくいくのである。
 普通の先生たちが、きちんとこのやり方をやれば、うまくいかないはずはない。

 まず「学級」をつくるのである。
 ここをいい加減にしない。

 17年前に1冊目の本を出して、あれから17年後の今でも、この結論は、ますます確かになる。

 学級崩壊を避けるには、まず「学級づくり」を最優先にすることである。
 
 ★
 考えてみれば、この17年間は、「学級崩壊に対してどう対処するか」という1つのテーマを追い続けてきたのだ、と。
 
 ここで事態は、ワンランク上がる。

 学校が抱えている問題は、学級崩壊どころの問題ではない。
 学校そのものが、潰れていくのである。

 冒頭に上げた若手の先生は、そのパワーポイントのファイルの中で、次のように結論づけている。

 「学級崩壊は個人の責任」とする限り学校に未来無し。
                          (完)
 
                        
 

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学級崩壊をどうするか(2)~学級経営の必要がますます重要になっている~

 今から17年前に1冊の本を出した。初めての本。
 『困難な現場を生き抜く教師の仕事術』(学事出版)である。

 学校現場に広がる学級崩壊に対して、教師は何ができるかと問いかけた本。
 その対処法として、学級経営がポイントになると提起したものである。

 この時代、ほとんど授業研究しかなされていなくて、その種の本しかなかったのである。
 今では、学級経営の本はあふるれぐらいに出されている。

 それでも、現場では、学級経営を真正面から取り上げることは主流ではない。相変わらず、授業、授業で進んでいる。
 ★
 あれから17年経った。
 何が変わったのか。

 学級崩壊が膨張した。それは間違いない。
 各教育委員会は、その実態を一切報告しないが、確実に広がっている。

 文科省が提起した校内暴力の実態報告が、その証拠を表している。
 小学校は平成27年度からうなぎ登りに膨れあがっている。
 それは、間違いなく学級崩壊の増加である。
 都市部から地方へ広がっていることも、間違いない。

 こんな状況に対して、学校は何ができるかと、前回のブログで問うた。

 ほとんで何もできない。対症療法しかできない。
 学校全体で、「ワンチーム」として学級崩壊に対処できる体力をもう亡くしていっているのではないか、と。
 
 その状況をはっきり示したのが、神戸市の東須磨小事件であった。
 これは氷山の一角。
 あの種のいじめ事件は、各学校で広がっている。
 私が耳にしただけでもかなりの数になる。

 学校が大変になる事態に対して、教職員がまとまるというのが、本来の在り方なのだが、実際はそうならない。
 職員室も、学級崩壊の相似形の形で崩壊していくのである。

 職員室は、パソコンにかじりつく先生ばかり。
 最近は、学年会さえも満足に開かれていないという声も聞く。

 限りなく職員室の「同僚性」が、この17年間で亡くなっていったのである。
 ★
 しかし、私は、17年前に提起した「学級経営」の必要というテーマは、現在でも生きていると考えている。
 いや、なお一層重要になっていると。
 そのことについて次回は書いていきたい。(つづく)
 


 

 

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学級崩壊をどうするか(1)~これからの学校崩壊現象にどう対処するか~

 知り合いの先生から、ある研究会で提案するパワーポイントのファイルを送ってもらった。

 学級崩壊を何とかしたいという思いがあり、校内研究を、そのための対応として考え直していくべきではないかという提案である。

 校内研究は、どこの学校でも、授業研究だと決まっている。
 もはやそういうことではない対処を考えるべきではないかということ。

 その先生は、「今の学校の危機的状況に対応したものに変えなければならない」という結論。

 その学校は、毎年平均2学級が学級崩壊になっている。
 発生率10%、直近2年間では、発生率20%。

 学級崩壊は、若手とベテランのクラスで起きやすい。
 これは、どこの学校でもこの傾向がある。

 その対処法として、空きの先生が入れ替わりにその教室に行ったりする措置が取られるが、ほとんど効果はない。
 結局、前の状態に戻ることはなく、担任が休職になり、担任交代という措置がとられる(その学校は、そうなっているかどうか分からないが)。
 どこの学校でも起こっている事態である。
 ★
 この状態を乗り越えた学校がある。

 私の地元の学校。
 Y市で単身の家庭向けに公営の住宅(マンション)が建てられた。
 そこから小中ともに引っ越してきた子供たちがこぞってその小中の学校へ入ってきたわけである。
 一気にその小中ともに学級が荒れ出し、大変な状態になっていった。
 
 その中学校は、私の娘が通っていた当時は、すばらしい学校であった。
 それが一気に崩壊状態になった。
 
その小学校では、一人の先生が提案した。
 「この状態で校内研究で研究授業をやっている段階ではなく、朝子供たちが来てから、帰るまで全学級で一緒に対処できる方法を校内研究で研究しましょう!」と。
 私は、その学校に初任者研修に行っている先生から、その話を聞いた。

 その研究の中から、保護者が学校へ来たら、一人の担任が対応するのではなく、学年全部の担任で対応するというようなことまで決められていったという。

 そういう研究を経て、その学校は落ち着いた状態を取り戻していったという。

 学校全体の先生たちが、こうして一つになって取り組んでいけば何とかなるという事例である。
 ★
 今、学校は、学級崩壊が日常的に起こっているはずである。
 今までは1クラスだったのが、2クラス、3クラスに膨れあがっている。
これから「学校崩壊現象」が起こってくる。

 それに対して、学校は何ができるか。
                  (つづく)
 

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つれづれなるままに~身の丈発言のこと~

●経営コンサルタントの神田昌典さんの「シゴトのヒント365」を毎日送ってもらっている。
 神田さんの本は、今まで必ず読んできたものである。

 https://www.kandamasanori.com/shigotonohinto365offer/
 

 この「しごとのヒント365」は、登録するだけで無料で送ってもらえるもの。
 たとえば、次のようなものが送られてくる。

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「シゴトのヒント365」神田昌典 10月9日号
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【今日のヒント】

目標は、それに至る習慣なしでは、達成できない。


【解説】

同じことを繰り返すことは、最もパワフルな
目標達成法。小さな習慣を繰り返すことで、
意志の力を使うことなく、大きな成功を
確実に手にいれることになる。


【質問】

あなたの目標に直結する
小さな習慣は、何ですか?


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「シゴトのヒント365」神田昌典 10月14日号
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【今日のヒント】

あなたの「毎日の儀式」は、何か?


【解説】

想像もできなかったほどの変化を起こすためには
2つの重要なことがある。

1 センターピン
ボーリングのピン10本を倒すには、真ん中の1本を当てなければならない。
あなたが望む変化を達成するために、突破すべき重要な「ひとつ」は何か?

2 デイリーリチュアル(毎日の儀式)
センターピンを倒すために、毎日、少しずつ行うべき
小さな行動は?


【お薦め映画】

『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』
主演:マイケル・キートン


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「シゴトのヒント365」神田昌典 10月18日号
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【今日のヒント】

大きな未来に向かっていくときには
「理由」を手放すことも必要。


【質問】

理由はわからないけれど、
「自分はここにいくべきだ」
「自分はこれをやるべきだ」と
思えることは、ありますか?


【ヒント】

スティーブ・ジョブズは、これを
「コネクティング・ドッツ」と表現しました。

今、見えている点と点は繋がらないけれど、
未来からみると、見事な線として繋がっているのです。

ですから今日は、理由を詰めて考えることなく、
行動してみましょう。

理由は、あとからついてきます。






 ビジネスに関してのヒントなのだが、実におもしろいヒントが毎日送られてくる。

●子供の頃から口内炎は持病だった。
 もうずっと最近まで悩まされてきた。
 もともと腸が弱いので、その原因で口内炎になるものだと思ってきた。
旅へ出ると、必ずと言っていいほど口内炎が出てきた。

 歯医者で健康診断を3ヶ月に一度しているのだが、歯科衛生士の方に、「舌磨きを使って舌を磨いてください。ちょっと白くなっています。」と注意された。

 テレビで、舌磨きは、味覚を傷つける恐れがあると報じていた。その替わりにガーゼで拭き取ればいい、朝一番は、口内菌が溜まっているので、その時にやればいいということ。
 試しにやってみるか、ということでカットされているガーゼを買い込んできた。

 もう4ヶ月も、口内炎が出ていない。
 正確には、ちょっとは出たのだが、ふいているうちにすぐになくなった。
 びっくりしている。
 郷里に帰っていたときも、出なかった。

 もうずっと死ぬまで口内炎とは付き合うのだと思っていたのが、これである。
 こんな簡単なことを、毎日続けることで克服できている。
 要するに、私の場合、口内菌が強くて、口内炎を起こしていたのである。
 ★
 口内炎に悩まされている人は多いと思われるので、やっていることを伝えておこう。

 起きがけに、水などを飲んだりしないで、すぐ行う。
 ①まず、カットされたガーゼの上の方で、舌の右端を拭き取る。
 ②次に、ガーゼの下の方で、舌の左端を拭き取る。
 ③ガーゼの真ん中で、舌の真ん中上下を拭き取る。
 ④裏返して、ガーゼの上で口の左側を拭き取る。次に、下で口の右側を拭  き取る。
 ⑤そして、最後にぶくぶくうがいを何回も行う。

 これだけである。特に、いつも口内炎になる箇所は集中的に行うことが必要。
 
 まったく自己流のやり方だが、これでもう4ヶ月も口内炎を防いでいる。
 

● 萩生田文科省大臣の「身の丈」発言から、急きょ延期された英語の民間試験の内実がいろいろと明らかにされている。
 この民間試験は、もともと問題だらけで、それでも何とか文科省は、実施することに拘っていたわけである。
 
 驚いたのは、北海道の稚内に住んでいる高校生が、札幌まで出て、民間試験を受けるためには、8万円近くのお金が必要になると報道されていたことである。
 これでは、まず受けることに躊躇するのは当たり前になる。
 この地域格差は、大変だったわけである。

 11月6日のNHKの放送によると、昨年の12月にから複数回非公開の有識者会議が行われていて、繰り返しこの問題が指摘されていたことが分かったと報じている。
 文科省は、課題や問題が多いことは分かっていたのである。

 それでも、日本国憲法や教育基本法の精神に反してでも、何としてもこの民間試験を実施していきたいという思いが、文科省にあったということである。

 それは、何なんだろうか。
 
 結局、来年度から始まる新学習指導要領のアクティブ・ラーニングにも繋がることである。
 経済界の強い要望がある。
 アクティブ・ラーニングは、エリート教育なのである。
 決してそういう言い方はしないで、「グローバルな存在を育てる教育」という言い方をする。
 民間試験も、そのエリート教育に繋がる試みであり、それが強く文科省に求められていたということであろう。

 「身の丈」発言は、その本音がぽろりと漏れたというわけであろう。

 さてさて、どうなるのだろうか。

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