つれづれなるままに~「最後の活動期」ということ~

●オミクロン株の状況は大変なものである。
 年末、年始が終わったら、一気に広がっている。
 無症状の感染者が、旅行や帰省で日本全国にばらまいたのであろう。
 そして、沖縄や山口、広島は、米軍がらみの感染である。

 全国の感染者が、1000人を越えてから、1万人を越えだすには、
 デルタ株→37日 オミクロン株→8日 ということ。
 いかにオミクロンの感染が急激だということがよく分かる。
 3,4日で発症するらしい。

 1月から2月にかけて、数万規模の感染が広がると識者は伝えている。
 ちょっと想像ができない状況である(1/12)

 そう思っていたら、1/13には、全国の感染者が18000人超になる。
 翌日の14日は、22000人超。
 数千人単位で増えている。
 第5派のピーク感染者は、25851人(8/20)であるので、もう数日で越えそうである。
 これからどこまで行くのか心配になる。

●新潟の庭野三省先生から年賀通信をいただいた。
 その通信には、精神科医和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道』(詩想社)から次の引用がなされていた。

 これまで70代ともなると、大病を患ったり、病院での生活を強いられたり、介護が必要になったりする人もそれなりにいましたが、今後は、自立して多くの人たちが70代を過ごすことになっていきます。70代の10年間は、ある意味、中高年の延長で生活できる期間となったのです。/それは、人生における「最後の活動期」と言っていいと思います。70代が活動期になったからこそ、その過ごし方が、80代以降の老いを大きく左右するようになったのです。

 70歳の古希を迎えられる庭野先生は、「最後の活動期」だと宣言されている。
 私も、急ぎこの和田さんの本を買い求め、読んでみる。大いに参考になる。

 私も、今年75歳を迎える。
 後期高齢者の仲間入りである。
 「最後の活動期」があと5年残っている。
 
 今年の2月から始めるのは、オンラインでの初任者講座である。
 今準備中なのだが、「味噌汁・ご飯」授業研究会会長の秦安彦先生と一緒に講座をもつ。
 秦先生は、校長退職後初任者指導をされている。ばりばりの現役である。

 2月から7月まで月1回のペースでオンラインで講座をもつ。
 詳しいことについては、後日報告したい。
 ★
私は、7月に出した本を最後に引き下がろうと思っていた。
 そんなときに、京都の明日の教室の糸井先生からオンライン講座の誘いを受けた。
 ズームでのオンライン講座を初めて自宅から発信した。
 この経験は、貴重なもので、「こういうことがオンラインでできるのだ!」と眼を開かれた思いになった。
 糸井先生からは、これで引き下がらないでぜひ活動を続けてほしいという助言をもらった。
 
 「そうなのだ!私には25年以上続けてきた初任者指導の経験があり、それをもう少し初任の先生に伝えることはオンラインでできそうだ!」という思いになった。
糸井先生に背中を押してもらわなければ、こういうことにならなかったと
しみじみ思う。感謝したい。
 ★
 「最後の活動期」なのである。
 年寄りはしゃしゃり出るなという意見もある。

 サッカーのカズが54歳になっても現役にこだわっている。
 「カズ、何をこれからしたいんだよ!」とついつい口にしてしまうが、それは自分に向けられることなのである。
 
 自分に問いかけてみる。
 まだ、まだ、できそうである。
 私の最後の仕事を、この初任の先生へ向けての講座にしてみたい。
 強く必要な仕事だと認識しているからである。

 オンラインの講座を進めていくためには、伝えるべき自分の声をしっかりしておかなくてはならない。
滑舌である。老人は、声から衰えていく。
 
 これについては、長年朝の儀式として「発声練習」を繰り返してきている。
 最近では、「外郎売り」を全部覚えて、それを繰り返している。
 
 つま先立ちをして部屋をうろうろしながら、この外郎売で声出しをする。
 8分間。
 
「最後の活動期」をこうして過ごしていきたい、と。

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つれづれなるままに~暗いうちはまだ滅亡せぬ~

●フランスでは、学校でのいじめを厳罰化する動きが進んでいるということ。
 次のようなことである。

 「フランスで、学校でのいじめを厳罰化する動きが進んでいる。
 国民議会(下院)は11月、いじめ被害者が自殺または自殺未遂した場合に最大で禁錮10年と15万ユーロ(約2000万円)の罰金を科すことなどを定めた法案を可決。来年1月には上院の審議が始まる。」

 今までもフランスの現行法は次のようになっている。

 「現行法では、いじめ加害者が13~17歳の場合は最大で禁錮2年6月と7500ユーロ(約100万円)の罰金、18歳以上の成年なら最大で禁錮5年と7万5000ユーロ(約1000万円)の罰金が定められている。被害者が自殺または自殺未遂した場合に刑が最も重くなる。刑事責任を問われない13歳未満の加害者は罰則の対象外」

また、次のようなことも考えられている。
 
 「ここ数年はインターネットを通じたいじめが増加している。政府は来年2月、いじめ被害者のスマートフォンに届いた嫌がらせメッセージの画面内容を保存した「スクリーンショット」などを送信できる通報アプリの運用を開始予定。子供のパソコンやスマホなどを親が管理できるようにする措置も検討している」ということ。

 日本でも、こういう法律ができたら、瞬く間にいじめは収束していくに違いない。ほとんどのいじめは、確信犯だからである。
 いじめで自殺していく青少年はなくなっていくに違いない。
 法制化に動いてくれないだろうか!
 
●次のような情報を得たことがある。
 ドイツでのこと。

 ドイツでは、学級で授業の邪魔をする行為をする子供に対しては、担任教師が3回の注意を行う。
 
 それでも行為が改まらない場合は、保護者へ向けて3回手紙を出す。
それでも行為が改まらない場合は、その子供は退学になる。

 このようなことである。
 おそらく、ほとんどのEU諸国は、こういうことになっているのであろう。

 アメリカは、もっと厳しい。
 カリフォルニアの日本人学校(補習校)へ呼ばれていったときに校長先生や教頭先生に聞いたことがある。

 「日本では、校長に対して『死ね』なんか平気で言う子供がいるのですよ!」という私の情報に、2人はびっくりされた。
 「日本では今そういうことになっているのですか!」と。
 
 「アメリカではそういうことはないのですか?」
「アメリカは、校長に対してそんな物言いをしたら、その場で退学です!」

 アメリカは、全米で「ゼロトレランス」という法律がある。
さまざまな問題を含んだ法律だと言われているが、授業の邪魔をする子供は、注意をしても聞かない場合、退学になるということである。
 
 これは厳しい。
日本では退学になったら、なかなか受け入れてくれるところがない。
 ところが、アメリカはさまざまに受け入れ先があるということ。

 それにしても、欧米諸国は、きちんとした対応で学校や教師たちを守っている。
 おそらく、日本でもこれからこういう対応を考えなければやっていけなくなる時代になってくるはずである。

●新年から暗い話ばかりになる。
 私はよく言われる。
「野中先生の話されることや書かれることは暗い、重いことが多いですね」と。
 ほんとにそうだから、頷かざるをえない。
 
 でも、『右大臣実朝』で太宰治は「人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ」と書いている。
 「暗い」うちは、まだ大丈夫なのだと自分で自分を納得させている(笑)。


 
 

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あけましておめでとうございます。

 あけましておめでとうございます

1月1日は、横浜では、寒いながら、からりと晴れた日でした。
 2020年もこうして明けていきます。

 昨年のコロナ禍の中で、私たちに希望の光を与えてくれたのは、大谷翔平選手の活躍でした。このスーパースターは、「言葉の力」というのを私たちに存分に伝えてくれたのでした。
「良かったこと、悪かったことが出てくることはとても幸せなことだと考えています」
「やることがたくさんあることはとても幸せなことです」
「自分の評価は自分ではしないと決めています」

 私たちは、「良いこと」が起こったら舞い上がり、「悪いこと」が起こったら落ち込みます。
 ところが、大谷はそうしません。悪かったことも、当然の出来事として受け入れ、これから取り組んで行く課題として考えています。
 私は若い人に今まで「悩むな、反省なんかするな、次が大切だ」と伝えてきましたが、まさにそれを実践している存在が、ここにいました。
 この27歳の若者は、特別なスーパースターというだけではなく、人生を生き抜いていく大切な何かを私たちに教えてくれています。

 今年こそは、コロナ禍が収まってくれることを願っております。 

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つれづれなるままに~小さな幸せを見つける~

●今年は秋の穏やかな日が多い。
 玄関前や庭に植えている植物の土を入れ替えている。
 
 鉢植えのポトスの土を入れ替えてあげる。
 もう10年以上、そのままになっている。
 丈夫な植物なので、ついついそのままにしてしまっていたのである。

  入れ替えて1週間経ったら、3鉢ともに小さな新芽が出てきた。  
土を入れ替えてあげたことで、喜んでいる様子を伝えてくれていると思い、うれしくなった。

 今年は、テッセンにも土を入れてあげたら、元気を失っていた様子からすっかり元気を取り戻し、1つ花を咲かせた。
 それも夏に咲く花のようにみごとなのだ。
 これにはびっくり。
 
 夏頃にさくテッセンが、こんな秋に咲いてくれたのである。
 これも土を入れてあげたことで、喜んでいる様子を伝えてくれたのかと思い、うれしくなった。

 ★
 2019年の3月に、101歳で亡くなった生活評論家の吉沢久子さんが次のように書かれていたことがある。

 ★ ★ ★
 毎日の生活の中に見つける「小さな幸せ」はとても大切だ。
 「今まで我慢してきた、大変なこと、疲れ切ってしまうようなことはたくさんありましたが、小さな幸せを拾い集めることを上手にやって、なんとかやってきました。この家にはその『小さな幸せ』がいっぱいあるんです。例えば、庭の花を切ってきて、好きなコップに挿してみる。『きれいだなあ、この花を今年も見られて良かった』と考えれば幸せになれるでしょ」
 ないものを望んで悲しむよりも、自分の身の回りにある小さな幸せを見つけたほうが、楽しく生きられる。それが毎日を丁寧に生きていくことにつながる。そして、一日が終わる幸せを思う。
 「寝るときに、『ああ、よかった、今日一日』と思う。それが続けば嬉しいですね」(『吉沢久子 すっきり生きる言葉』主婦の友社)
★ ★ ★

「小さな幸せ」を見つける。
今日は、女房から「お父さんは『小さな幸せ』を見つけるのが得意だね!」と言われて、それもうれしくなった。

●娘から「お父さん、森岡毅さんって知ってる?」と言われた。
 「知らないよ。どんな人なの?」「この前動画で林修さんとの対談を見たんだけど、おもしろかったよ。この人の本もベストセラーになっているらしいよ」と。

 早速、その対談を探した。

 https://www.youtube.com/watch?v=VdvgbdaYNVM
 

   これである。
 「何だ、大阪USJをV字回復させた立役者だったんだ!」
 とにかく発想がおもしろい。

 早速2冊の本を購入した。
 今読んでいるところである。 

●本を読んでいたら、人間はその体が、60歳までしか制度設計がなされていないから、60歳過ぎたらあちこちが痛くなったり、病んできたりするのは当たり前である、と。
 
 これはよく分かる。
 私も60歳過ぎたら、確かにあちこちが病んできたからである。
 
 アレルギー性鼻炎で季節が変わるときには、鼻水が大変になる。

 また、尿酸値が高くて、痛風になった。
 これは、家系でもあり、ずっと尿酸値が高かったのである。
 それが退職後に痛風を発症した。
 北海道でうまいものを食べ過ぎた結果であろう。

 それから足の先が冷えて、しもやけになったり、眼の炎症になったり。
 それぞれにメンテナンスをする以外にない。

 最近気づいたのだが、元気でいるのは、自分なりの健康法をもっている人なんだということである。
 
 私は、両手振り体操(スワイショウ)と30分走(家の中)を健康法の基本にしている。
 
 両手振り体操は、朝、太陽を浴びながら20分間行う。
 昼ごはんを食べたら、また太陽を浴びながら、10分間行う。
 夕方、10分間行う。
 毎日2000回行う。

 そして、夕方、4時30分から30分間家の中を走る。

 だから、まだまだ2,3時間の講演でも、立って行うのは平気である。
 
 自分なりに戒めている俳句がある。

   浜までは海女も蓑着る時雨かな(瓢水)

 どうせ、濡れるのだから濡れていっていいじゃないかという発想はとらない。
「どうせ」という言葉を使わないで、丁寧に生きていくということである。

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中村健一著『策略 ブラック新卒1年目サバイバル術』(明治図書)が発売になる!

 中村健一先生が新著を出された。
 『策略 ブラック新卒1年目のサバイバル術』(明治図書)。

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   ブラックシリーズの続編。
 明治図書では、売れに売れたベストセラー本である。
 
 ところが、このブラックシリーズは、一部の先生からは評判が悪い。
 「品性がない!」と。

 健一先生は、そんなことは織り込み済みで、さんざんにブラック色を出しまくったのである。
 
 これらの本の内容は、今まで教育界でタブーとされてきた「本音」である。
 私は、本音を出すことは必ずしも良いことばかりではないと思っている。
だが、このブラックシリーズは、「本音」を出すことによって、大切な「現実」を差し出したのである。
 「ブラック」という言葉に喩えて、その書き方は見事なものである。
  ★
 今回の本は、初任者が最初にぶつかっていくハードルを提出し、その克服法が書かれている。
 それもいわゆる初任者本ではない。
 

 初任者がぶつかるハードルをきちんと、正確に提出されているからだ。
 建前での書き方はない。

  「自分は所詮『シロウト』なのだと、悟れ」

 「1年目の初々しさは、ハンデにこそなれ、『武器』にはならない」

 「子どもは、ウソをつく生き物である」

 「あなたたち『シロウト』がうまくいかないのは、当たり前。上手くいかなかったら、とにかく早めにSOSを出して助けてもらえ」

 「初任者は、先輩教師の助けなしでは、1年目を生き抜くことはできない」

   …………
 ★
 今の初任者指導は、ほとんどが授業の指導ばかりである。
 最初から「発問はどうだ?」「単元構成はどうだ?」……などと、そういう指導ばかりがなされている。
 
 初任者が、学級をつくることに汲々としているときに、指導案をさかんに書かせて彼らをぼろぼろにしている。
 初任者の授業は上手くないので、指摘するところは山ほど出てくる。
 それを一々指摘して、それが指導だと自己満足している。

 学級開始のときには、とにかく「学級づくり」をしなければならない。
 
 1つの組織がつくられる時、その組織づくりをするのは当たり前の常識である。
 たとえば、あなたが社長として1つの会社をつくろうとする。
 最初にすることは、営業、企画、経理、工場などの組織をつくり、商品の販売をどのようにしていくのかを考えるであろう。

 ところが、初任者指導の先生たちは、その組織づくり(「学級づくり」)の支援をしないで、授業ばかりの指導をしている。
 会社では、何も組織をつくらないで、毎日社長が全員を集めて、商品の販売をどうするかを指導しているみたいなものである。
 ありえないこと。

 健一先生は、きちんと指摘されている。

「私は、学級づくりという土台があった上で、授業づくりがあるのだと考えている。
 学級づくりが上手くいけば、どんなひどい授業でも、子どもたちが乗ってくる。
 逆に学級づくりが上手くいかなければ、どんな素晴らしい授業をしても、子どもたちは乗ってこない。
 分かりやすい例が、学級崩壊である。学級崩壊しているクラスでは、どんな素晴らしい授業をしても、子どもたちは乗ってこない。乗ってこないどころか、授業が成立しない。
 だから、授業づくりの前に、きちんと学級づくりをする必要がある」

 この指摘通り。
 私もまた、授業づくりの前に(同時進行になるが)、学級づくりをしなければならないと主張している。
 しかし、この指摘が当たり前になっていないのが現実である。
 
 だから、「初任者のクラスの8割が荒れる」となり、辞めていく初任者が数多く出てくるわけである。

 ただでさえ、教師になろうとしている学生は、年々少なくなっている。
 このままいけば、教師になろうとする学生はいなくなっていく。そこから学校教育は崩壊していく。

 こんな中、教師になってくれた人を辞めさせていく「間違い」を犯してはならないはずである。
  ★
 ぜひとも教師になろうとする人たちは、この本を読んでほしい。
 初任者の先生たちが抱えている現実を知り、その処方箋に学んでほしい。

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若者たちに心の変化が起こっているのか~愛知中3刺殺事件~

 ずっとトゲが刺さった状態のままである。
 もはや報道もされなくなっている。

 愛知中3刺殺事件のこと。
 事件当日、現場になった中学校では、1時間目の授業が始まる直前の、加害少年Aは、殺害された伊藤くんを呼び出して、刃渡り20㎝の柳刃包丁で腹部を一突きしている。

 この学校は、愛知県弥富市立十四山中学校。
 この弥富市には、かつて教育委員会から講演の依頼があり、一度訪れていることから他人ごとのようには思えなかった。
 
 田園地帯が広がり、静かな田舎町なのである。
 ここで事件は起きている。
 ★
 流れてきている情報は、ほとんどどこも同じである。

 「県警は加害少年のスマホを押収して捜査を続けていますが、現時点でSNSを巡る仲間外れなどのトラブルは確認されていないそうです。むしろ逮捕された少年は、死亡した被害者について『伊藤くんが生徒会選挙に出た際、応援演説を頼まれたことが嫌だった』、『伊藤くんが給食当番の時、すぐに箸を渡してくれなかった』、『仲の良い友だちとの会話に割って入ってこられた』という趣旨の供述をしているようです」
 
 「逮捕された男子生徒が『今思えば悪いことをした』と供述していることが、新たに分かりました」

 「男子生徒は、事件前、『人の殺し方』についてインターネットで検索していたということです」

 「加害少年は学校から禁止されていたスマホを旅行に持参していたのですが、それを他の生徒に見つかり告げ口され、教師に叱られて没収されました。それまでも学校で嫌な出来事が重なって、『どうでもよくなった』と感じるようになり、伊藤君の殺害を決意したと供述しているといいます」

 「Aくんはオンラインゲームが好きな大人しい子でした。部活はバレー部に所属。小学校時代はサッカー部で、伊藤くんと一緒のチームでした。対して伊藤くんはクラスのリーダー的存在。大の阪神タイガースファンで、中学校から入った野球部で活躍していました」

 「家族関係は良かったと聞いていますよ。兄が一人に、両親、祖父母、さらに曾祖母という7人家族です。お祖父さん、お祖母さんも元市役所職員。父親は4年前まで地元の自治会長を務めていました。近所ではちょっとした名家でしたよ」

 こんなところである。

 <考察>
 加害者と被害者は、小規模の小学校でずっと一緒に過ごしてきた関係にあった。小学校のサッカー部でも一緒だった。
 しかし、タイプの違いからどうしても被害者の少年とAは上下の関係になっていることが分かる。被害者の少年は、いつもの調子で、ずかずかとAに関係をつけたり、嫌なことを平気でしたりということがあったと思われる。
 生徒会の選挙の応援演説の頼みも、そういう関係から生まれているはずである。
 だが、嫌だったら断れたはずだし、そうしなければならなかったはずである(それができなかった関係だったということも言えるが……)。

 要するに、出てきている報道の数々は、なんということもない、ありふれた男の子たちの関係である。
 全国の学校現場では、どこにでも転がっていること。

 私たちは、そのありふれた原因で、短絡的に相手を「殺す」というにつながっていることに戸惑うわけである。

 ★
 一方、学校側の対応である。
 最初は、校長がトラブルは確認していないと公式発表をしていた。
 ところが、昨年の2月のアンケートでは、いじめを受けたことがあるということに○をつけていたことが判明。
 そのことを学校側が委員会に報告していなかったということが問題視されていた。

 報道によると、次のようなことになる。

 「学校はアンケートを受け、今回の事件の加害者生徒から聞き取りを行った後、担任から今回の事件の被害者生徒に話をしました」

 「事件があった中学校の校長、今回の事件の被害者生徒は反省し、『分かりました』と答えました。(3月初旬)その後は『大丈夫か』と今回の事件の加害者生徒に連絡したところ、『今は落ち着いています。大丈夫です』と答えた」

 <考察>
 学校側は、このいじめについてはほとんど問題視していないと予測される。どこにでもある、普通の諍いであり、指導しておけば収まることだという判断だったと思われる。
 そんなことよりも大変なことはいっぱいあるからである。
 私は、学校側は、普通の指導をしたのだと判断できる。
 たいしたことだと思っていないのである。

 だから、こんな諍いで殺人事件が起こってしまうこと自体が、学校側にとっては晴天の霹靂である。
 また、全国の学校現場の先生方にとっても、同じ思いであろう。

 私たちが目にしている報道によると、こんなことになる。

だが、ここで立ち止まる。
 一体、何が起こっているのだろうか、と。

 私は先日のブログで、19歳の甲府殺人事件や24歳の京王線事件を次のように書いた。
 ★ ★ ★
 19歳と24歳。若者である。
 私がもっとも注目したのは、「飛躍する」ということ。

 山梨の事件の犯人は、「長女に好意を寄せていて、それがダメになった」ことで長女の親2人を殺傷し、その後に放火まで起こしている。

 京王線の24歳は、仕事がうまくいかず、友人関係もうまくいかず、2人ぐらい殺して死刑になりたいということで事件を起こしている。

 驚くことは、山梨の19歳に起こったことも、京王線の24歳に起こったことも、ありふれた、誰にでも起こる(実際に起こってもいるであろう)ことで、残虐な事件につながっていることである。

 普通の人に起こる、ありふれたこと→人を殺す
 一本線の、とてもシンプルな構図。

 ここには、ものすごい飛躍がある。
★ ★ ★

 また、同じ事件が起こったということになる。
 普通の人に起こる、ありふれたことが、殺人事件に結びついている。

 3人に共通しているのは、最後に自暴自棄になっていることである。

 私は、ここには大きな飛躍がある、と思ってしまう。

 殺人事件を起こした犯人たちには、自分なりの、切羽詰まった思いがあったのだろうが、それを受け取る私たちは、「そんなありふれたことで殺人事件を起こせるのか?」「そんな簡単な思いで、殺人事件を起こせるのか?」ということになる。
 たとえば、私たち団塊世代ならば、ほとんどの男たちが殺人を犯していることになる。

 どうだろうか!
 子供たち,
若者たちの思いが、大きく変わっていっているのか、ということを危惧する。
 私たち大人がとても理解できない心の変化が子供たちや若者たちに起こっているのか、ということを想像してしまう。

 

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「大谷翔平」という存在(2)

 冬は雪深く、実践練習がなかなかできない東北の地から大リーガーになり、二刀流という偉業を成し遂げた大谷翔平。
 マスコミはさまざまな報道をしている。

 今回の偉業は「すごい!」「コロナ禍でこんなうれしいできごとはない!」……ということで終わらせるにはもったいことだ、と思ってきた。

 私は、彼が語る「ことば」に注目した。
 注目した発言は、2つ。

 1つ目は、起こってくる事態への対処の言葉である。

 「良かったこと、悪かったこと、出てくることはとても幸せなことだと考えています」と。

 「良かったこと」だけを考えていない。
 「悪かったこと」を経験できる幸せを語っている。

 ここが普通の人とは、違う。
 普通の人は、「悪かったこと」が起これば不幸なことだと認識してしまう。そして、落ち込む。

 しかし、大谷は、「悪いこと」は1つ上のレベルで経験している証(あかし)である、と。
 チャレンジしている場所では、必ず「悪いこと」が起こるのであり、そのことで挑戦していく課題が見つかるのだと語っている。

これはすごい「ことば」である。

 2つ目は、自分がやったことへの評価についての言葉になる。

 「自分の評価は自分でしないと決めている」、と。
評価は、他人がするもの。自分ではしない、と。

 これもすごい。
 普通の人は、自分がすることへの評価を始終気にしている。
 自分がやる一挙手一投足を気にする。
 そして、「良かったら」舞い上がり、「悪かったら」落ち込む。

 大谷は、出てきた結果で、小さな変化を見逃さない。
 自分の評価をしないかわりに、自分の中の小さな変化に注目して、その課題をしっかり見つけようとしている。
 
(この2つについては、斎藤孝さんに教えてもらったことである)
 ★
 27歳の若者が、こういう境地に到達している。
私たちは、この若者から多くのことを学ぶ。

 大谷翔平のこれからも、茨の道が続いていくであろう。
 しかし、その道がどんなに困難であろうとも、自分の道を歩んでいくだろうことだけは確実である。
(終わり)
  

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「大谷翔平」という存在(1)

●大谷翔平がMVPに輝いた。
 満票だったということで、誰でもが認めた賞である。

 素人判断ながら、大谷は、野球の何かを大きく変えてしまったのではないかと思われる。
この27歳の若者が、アメリカに渡って、これほどまでの偉業を成し遂げている。

 私は、その原点は、高校時代にあるのではないかとずっと考えてきた。

 ★
 朝日新聞に、花巻東高校硬式野球部監督佐々木洋さんのインタビューが一面に掲載されている(2021/11/18)。
 
 この先生が、菊池雄星選手や大谷翔平選手を育てておられる。
 興味深く読んだ。

○「メジャーリーガーとして活躍する選手は高校生の頃から他の選手とはまったく違うのですか」という記者の問いかけに、佐々木先生は、次のように答えておられる。

◆「大谷を最初に見たときはびっくりしました。すごい速い球が投げられるわけじゃないんですけど、リーチが長くてとてもしなやかだった。ただ、すぐにメジャーリーガーになる姿を思い描けたわけではありません」

○「選手の才能をみるときのポイントはどこですか」

◆「身体能力は重要です。骨格は遺伝するので、親も観察します。更に重視するのは、親が子どもにどんな言葉をかけているか、他の親とどんなふうに接しているか。親の育て方や考え方で子どものマインドは変わり、伸びしろに差が出ると感じています」

 家族についての発言は注目すること。

また、佐々木監督は次のようにも答えられている。

◆「私が重視しているのは、考え方のインストールです。部員たちには目的と目標の違いを伝え、目標達成のための数値を明確にし、こと細かく設定させます。大谷や菊池はこのときに、すでに目標としてメジャー入りをあげていました。何をするにせよ生きていくには、この考え方が欠かせない」

 やはり、「目標達成シート」を教えたのは、佐々木監督だったということが分かる。
 私は何度も言っているが、この目標達成シートは、マンダラートと言って、今泉浩晃さんが考え出したもので、それをマネしたものである。
(このマンダラートに興味ある人は、『考具』加藤昌治著 CCCメディアハウスを参考にしてほしい)。
 
 このシートは、「考え方」を育てるものである。
 だから、大谷は、高校時代からメジャー入りを目指し、目標達成へむけて、この「考え方」を鍛えていったことが分かる。

 佐々木監督は、さらに続けて語っている。

◆「大谷のような身体や運動能力がある人間と、そうではない人間には必要な練習が違います。指導者は各選手に合わせた練習やアドバイスをしなければなりません。ときには野球に向いていない子どもに、他のスポーツや進路を勧めることもあります。これはあきらめではない。見極めなんです。子どもたちは高校を卒業した後、この競争社会で生き抜いていかないといけないのですから」
 
◆「私は渋沢栄一の『論語と算盤』が好きなんですが、野球選手にとって運動能力は算盤です。でも一生は使えない。だからこそ考え方や生き方といった論語の部分が大事です。社会は不平等だし、競争を強いられる。でも、勝負するフィールドは自分の発想で選べるし、変えられるのです」

○また、「大谷選手の活躍以外にもうれしいことがあったそうですね」という問いかけに、

◆「今春、野球部の卒業生が2浪して東京大学に合格しました。私は野球ではなく学力で生きていくべきだと伝えました。彼は東大という目標を掲げ、実現した。私は盆栽が趣味なのですが、指導者の仕事と似ています。盆栽は若木の時に枝に針金をつけて方向付けます。すると、かたちが整って価値を増して輝く。必要であれば針金を掛けたり、時には外したりする。器を変えれば、根が大きく張って、幹も太くなる。環境を整えて、子どもたちの意識を変えて意欲を促していくということです」
「子どもの才能を開花させるにはこうした強制が必要なタイミングがあります。その点で、最近の教育は自主性の重視に偏り過ぎているように思います」

 ◆
 「大谷翔平」という存在を生み出したのは、素質と家庭環境が土台にある。
 しかし、それだけでは「大谷翔平」は生み出されなかった。

 やはり、高校で佐々木監督と出会い、目標を実現する「考え方」を教わっているのがキッカケになっている。
 この出会いがなかったら、恐らく私たちは「大谷翔平」を見ることはできなかったであろう。
 
 佐々木監督は「指導者で才能が開花するというのはうそだと思います。大谷や菊池を私が育てたとは恐ろしくて言えません」と謙遜されている。

 しかし、きっかけだけは確かに与えられている。
佐々木監督から教わったマンダラートできちんと実現できる力を、大谷翔平はもっていたということになる。
(つづく)
 
 
 

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教師の仕事は、種まきの仕事である!

 伊勢原小学校での授業の続編である。
 私の授業を受けた児童が家に帰って、保護者に早速報告したということ。
 「とてもおもしろい先生で、国語がとっても楽しかった、また来て勉強を教えてほしい!」と。

 その児童は、初めての人とは話がうまくできず、緊張してしまうと保護者からも心配だと言われていた、ということである。
 ところが、家に帰るなり、その児童がとてもうれしそうに野中先生のことを話してくれて、驚きましたと、次の日に報告に見えたと、教頭先生から連絡があった。
 
 担任の先生からも、その子については連絡を受けて、気にして授業に入った次第だった。

 1時間の飛び込み授業。多分もう二度と会うこともない児童との、1時間だけの出会い。

 前の日に送ってもらった座席表で、すべての子供の名前を覚えて授業に向かう。
 とくに、緘黙児童などは要注意である。

 授業の中で、「Aくん、そうでしょう?」といきなり名前を呼ぶと、「えっ、どうして知っているの?」と。
 「顔に書いてあるじゃない!」と言うと、その子は手で顔をしきりにふく。
その様子がなんともおもしろい。

 私は、かつて次のようなことを『学級経営力を高める3・7・30の法則』(学事出版)の本に書いたことがある。
 少し長いが引用したい。
 
 ★ ★ ★
 (3)小林先生の話
 私が小学校の3年生のときであった。担任の先生がお休みで、代わりに隣のクラスの小林先生が来てくれた。
 「今日は、お話をします」
 と言って話をしてくれた。今でもそのときの小林先生の身振りを覚えているくらいに、とても興奮するおもしろい話であった。ずっとそのときのことが私の心に残っていた。
 教師になって、そのとき小林先生が話してくれたのは『アリババと40人の盗賊』という本の内容だったことがわかったのである。
 おそらく、この小林先生の1時間のお話がなかったら、私がこうして子どもたちにお話をするということはなかったのだとつくづく思う。小林先生は、たった1時間で、私に種をまいてくれたのである。

(4)名前を知らないその先生の思い出
 小学校2年生のとき、私は、クラスで選抜されてラジオの歌番組(予選会)に出演したことがあった(よく思い出せないが、そんなものだったと思う)。隣の佐賀大学の附属小学校に朝早く出かけていった。
 私たちは、附属小学校の中庭で朝の待ち時間を遊んでいると、そこへ見慣れない先生と子どもたちがやってきて、
 「私たちは、ずっと山の方の学校から来たんだけど、町の子どもたちの遊びがどんなものか仲間にいれてくれないか」
 という申し出があった。もちろん、私たちは、承諾して、一緒に遊んだのである。
 そのときの先生のことがずっと忘れられなかった。なんと素敵な先生だろうと子ども心に印象づけられたものであった。
 ものの15分か20分ぐらいを一緒に遊んだんだろうか。
 それだけである。しかし、教師になってからも、その先生のことが私の心に残り続けた。
 名前を知らない先生である。しかし、私の心にその先生は、確かに種をまいたのである。
 
(5)教師の仕事は種まきの仕事
 小学校のあるとき、確かに2人の先生が私の前をしなやかな印象を残して通り過ぎていった。しかも、ほんの短い時間である。
 そのことを考える。
 お話をしてくれた小林先生。私がまだその話しぶりを覚えているほどに真剣であった。適当な話でお茶を濁すことはなかった。このことから子どもと関わるときには、真剣でならないことを教えてくれたんだと思う。
 一緒に遊びに加わってくれた先生。2年生の私たちに対して、<町の子どもたち>という一目おいた対応をしてくれた。そのことがとてもうれしかった。
 <子どもと関わる>ということの大切な何かをこの2人の先生は、体験的に教えてくれている。だからこそ、私の心の中にいつまでも残り続けた。
 私たちの教師の仕事は、種まきの仕事である。その種がどんな芽を出すのか、どんな花を咲かすことになるのかをほとんど見ることはできないけれど、それでも、子どもたちは、きっとどこかで自分の花を咲かせてくれるだろうという未来にかける仕事である。
 ★ ★ ★

 ★
 教頭先生から連絡があった、I 君のこと。
彼は、授業後の感想で、次のように書いている。

 「きょうは詩についての授業をしてくれてありがとうございます。谷川しゅんたろうさんの詩にかくされているひみつとかいろんなことが分かりました。本当にありがとうございました。」

 教師の仕事は、その子の未来にかける仕事なのである。
 
 


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つれづれなるままに~母100歳の誕生日~

●寂聴さんが亡くなった。99歳。
 つい最近まで朝日新聞に連載で書かれていたので、いきなりの訃報である。

 かつてのかつて、尊敬する故E先生が私に語られたことがある。

 「瀬戸内晴美の『比叡』はすごいよ。この本はどんな世界の名著よりも
  抜きん出ているよ!」

 20代だった私は、早速その本を買った。
 だが、いずれ読もうと思いつつ、ずっと読まないままにそのまま書棚に眠っている。
 ★
 私が最も寂聴さんに注目したのは、「過去」の処理の仕方とでも言えようか。
月並みな言い方になるが、「マイナスをプラスに転換させていった、見事な生き方」だ、と。

 幼い一人娘を残して家を飛び出したことがすべての始まり。
 敗戦後、夫の教え子だった青年と恋に落ち、良き妻、良き母を捨て、幼い頃から憧れていた文学の世界へ飛び込んでいる。

 普通の人なら、このマイナスイメージは立ち直れないほどのダメージになる。
 もしネットがある、今の状態ならば大炎上になって非難されたことであろう。

 それでも寂聴さんは、したたかに生き抜いている。

 「なぜ書き続けるのか」と問われたことがある。
 「まだ、お母さんともしゃべれない幼い娘を捨てて文学の世界に飛び込んだんだから、書き続ける責任がある。私は幸せになっちゃいけないの」

 最後の最後まで書き続けた。
 ★
 私たちは、かつての失敗などを思い出しては暗い気持ちになり、暗澹とした生活を送っている。
 そこから立ち上がれない人たちも数多くいる。

 しかし、寂聴さんは、過去がどんなにひどく、悲惨なことであっても、生き続けることでプラスに転換することはあるんだよ、と教え続けている。

 「過去って、そのように考え、転換するんだよ!」と。
 ★
 寂聴さんが眠る墓は、長年住職を務めた天台寺にある。
 その墓碑には、愛や自由、平和を求めた強き女性作家の生涯を、端的に表す言葉を記すと寂聴さんは話していたという。
 「愛した 書いた 祈った 寂聴」と。合掌。
 
●武道家であり、思想家の内田樹さんが「撤退のために」(仮題)という本を編著で出される予定である。そのための寄稿依頼をブログに書かれていた。

 その中で注目する内容は、次のこと。

 ★ ★ ★
 僕の書き方がいささか悲観的過ぎる、日本の衰え方をいささか誇大に表現しているのではないかという疑念を持つ方がおられると思います。でも、日本の未来について楽観できる余地はほんとうにないのです。
 国力衰退の第一にして最大のファクターは「人口動態」です。わが国の総人口は2004年をピークとして、今後減り続け、21世紀の終わりには、明治四十年代の日露戦争前後の水準にまで減少することが予測されています。人口推移の図表を見ると、1900年から2000年までに増えたのと同じだけが2100年までに減るので、人口推移グラフはきれいな左右対称の山形をなしています。
 具体的に言うと、2100年の人口予測は高位推計で6470万人、中位推計で4771万人、低位推計では3770万人です。現在が1億2千600万人ですから、中位推計でも今から80年間に7000万人以上減る勘定です。年間90万人。毎年県が一つずつなくなるというペースです。
 ★ ★ ★

 恐ろしい話である。
 「我々は生きていないからいいや!」という話になろうか。
 
 それでも、今生まれている赤ちゃんが80歳になる頃の話である。
 そうなると、話は違ってくるではないか。
今生まれてくる子供たち、孫たちの話である。

 これから80年間で7000万人が減る。
 想像もできないこと。

 会社などはもうなくなっているのだろう。
 働く人たちが限りなく少なくなる。
 高齢者ばかりの社会になる。
そんな日本が成り立つのだろうか。

 教育の世界はどうなるのだろうか。
 学校は統合、統合で減少する。
一体、公立の学校が存在できるのだろうか。

 もちろん、教員もどんどん少なくなる。
 子供がいなくなるからである。

…………
 想像できない事態が訪れる。

 こんな事態が80年後には訪れるのに、国はどうするのだろうか?

●母が100歳の誕生日を迎える。11月16日。
 現在は、佐賀で施設に入っている。
 このコロナ禍で2年間会っていないのだが、いよいよ100歳なのである。
 「100歳まで生きんば!」と目標にしていた。
 それが成し遂げられる。
なんとも目出度いことである。

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