つれづれなるままに~発想を転換する~

●連休前に次のようなことを書いていた。
 ★
 変異株のコロナ感染が広がっている。
 今回の第4波は、第3波を越えて大変になると識者は警告をしている。
 変異株の感染力と広がりは、従来株よりも強大である。

 変異株は、今までの従来株で通じた「3密」(密閉、密集、密接)では防ぎきれないと言われている。

 ところが、連休中自由に遊びまくった人たちの、防ぎ方はほとんど3密のの捉え方のままである。
 マスクと、除菌をすれば防げるという捉え方。

 F県では、ある1人の先生からクラスの子供たちに感染し、そしてその子供の家庭に感染し、どんどん広がっていったと聞いている。
 
 また、S県の感染の広がりは、アクティブ・シニアのカラオケからだという。

 今回の変異株は、1密でも、2密でも、感染してしまう。
 今までの捉え方をまったく変えねばならない。
そこがまだ多くの人たちに伝わっていない。

 だから、連休後は大変なことになりそうである。
 ★
 連休を過ぎて、やはり変異株の感染が広がっている。地方の広がりがすごい。予測通り。
 このあと、16日の週にどの程度の感染者が出てくるのかが大きなポイントになろう。
 私たちは、もはや飲食の場だけでなく、普通の接触の場で感染させられることを覚悟しなければならない。
 

●これも連休前に書いたものである。ワクチン接種は、もう少し進んでいるはずである。
 ★
 ワクチン100人当たりの接種者数で日本は1.7人。世界116位。ベ ラルーシよりボツワナよりラオスよりミャンマーより下である。もちろん 先進国最下位。

 早めに終わっているはずの医療関係者だって、まだほとんど終わっていな い。
  7月いっぱいには高齢者のワクチン接種を終えたいと首相は言っている  が、現実には今年いっぱいかかるのではないか。

 どうして日本は、こんなことになっているのか、分からないまま。

●私も高齢者なので、接種券がきた。横浜市である。
 翌日ネットで予約しようとすると、もはや予約枠がいっぱいでログインできない。
 この次は、5月17日だという。この次も無理だろうなあと思ってしまう。
 高齢者は必死なのである。
 

●昨年の7月、ブログで相談された、ある中学校の先生。中2の担任をされていた。
 学級がうまくいかないのである。
 「うまくいかないのは私のせい」「力のない自分が悪い」「教師に向いていない」「私が担任なんて生徒は不幸だ」と思っておられた。
 
 3学期の1月。中3に持ち上がれるかどうか悩んでおられた。
 校長面接の前に、心療内科に行かれる。

 医者から深刻なうつ状態だと言われて、すぐに休職を勧められて診断書を書いてもらう。

 こうなれば、誰でもが当然休職になる。100人中100人がそうなる。
 そうしなければ、命に関わってくるからである。

 しかし、この先生の判断は違っていた。
「今の私の思考は病気のせい」と思ったら、ものすごく楽になったということ。
 性格なら変わらないけど、病気なら、治ればあの時の自分に戻れると光が見えた、と。

 結局、校長面接では、「力不足かもしれませんが、頑張ります!」と、診断書は提出しなかった、と。
 
 2月には、学級がまとまりだした。できるようになったこと、子供たちのいいところに目が向けられるようになる。おとなしい子供も発言できるようになる。クラスに温かい言葉、雰囲気が生まれる。
「なんて良い子たちなんだろう」と笑顔で教室で過ごす。
 授業の準備もでき、生徒も授業が楽しそう。良い授業にしたくて、朝活ができるようになる。

 3月、「良いクラスだったね」「楽しかったね」とプラスの言葉で修了式を終える。
 最後まで続けられたのである。
 ★
 そんな報告を受けて、ブログをやっていて良かったとしみじみ思ったものである。
 心理学のアドラーは、すべての悩みは対人関係の悩みだと言っている。
 この先生も、生徒たちとの「関係づくり」で悩んでいたはずである。

 うつ病で休職の診断書が出たのに、それでも続けた先生の試みは、決して勧められることではない。繰り返しになるが、命に関わるからである。
 
 それでも、この先生には、何があったのだろうか。

 アドラーはまた次のようなことを言っている。
「自分に価値があると思う時にだけ、勇気が持てる」と。

 この勇気とは、課題に取り組む勇気である。
 この先生は、病気だからうまく行かないのだ、病気が治ればまた再びうまくいくはずだと肯定的に考えている。
 発想を変えている。

 そして、子供たちとの「関係づくり」に取り組んでいく勇気を持ったはずである。

 今、この先生は中3の担任を続けている。
 がんばってほしいと精一杯のエールを送りたい。

 この先生にあったのは、自分への肯定感と、何よりも試みていく勇気があったのである。

 勇気、勇気 なのである。

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学力を大きく伸ばした~学力論と実践のプリントさしあげます~

 学力を大きく伸ばしたという報告である。

 M県の先生からメールがきた。
そこには、次のようなことが書かれていた。
 
 私がM県を訪れたとき、懇親会で先生方に渡した学力論のプリントを参考にして1年間指導されたということ。
 学力が大きく伸びました、と。
 研究会の先生方に、私のそのプリントを配布していいかという連絡である。

 具体的にどのように学力は伸びたのか、詳しいところを教えてほしいと連絡をして送ってもらった。

 M県で使っている標準学力検査での成績である。
 次のような報告を受けている。

 「コロナで十分な時間はなかったが、約半年間(4月から11月末まで)これまで述べてきたような実践を学年と個人で行ってきた。12月のテスト結果における本校の正答率はかなり高いものであった。
 国語は全国より約3ポイント(約7ポイント)算数は全国より約8ポイント(約10ポイント)も高い結果となった。( )は我が学級 」

 これは、これはすごいことである。

 M県は、全国の学力テスト算数で、全国最下位に沈んでしまったところであるので、県教委から早速視察に見えたと聞いている。 
 ★
 その先生の取り組みは、私の学力論のプリントから始まっている。
 
 このプリントは、ごく少数の先生方に渡しただけのものである。
 改めて読み直してみて、良いではないか(笑)と思い直した。

 せっかくだから、このプリントも欲しい方にあげようということにした。
 学力を上げたいと思っている先生は、必読である(笑)。
 ただし、今までの学力論とは大きく違うことを覚悟してほしい。
 
 学力論に付け加えて、単元テストの成績を上げた実践、学力テストの成績を上げた実践(M県でのN先生の寄稿)を付け加えておいた。
 
 『「学力」をあげる方策』~こうしたら「学力」は上がっていく~

 枚数がA421枚にもなる(それなりのパソコンでお願いしたい)。

 欲しい方は、ブログのコメント欄で申し込んでほしい。
 (コメントは非公開で、いずれ消去するものである。)
 

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また新たな気持ちで!

 4月が終わり、5月の連休中である。
 1ヶ月間が終わったのである。
 そして、連休が終わったら、また新たな気持ちで「学級づくり」が始まる。
 
 クラスの様子はどうであろうか。
次のようなことを、あるところに書いたことがある。

 ★ ★ ★
   ルールづくりの極意とは?
 4月の後半から落ち着かなくなるクラスがある。一日中ざわざわした感じ。4月の1ヶ月は、「安心・安全な居場所づくり」がメインな課題である。それがうまく作れなかったのだ。
 5月に、再挑戦することになる。1学期の間は、クラスを立て直していくことは十分に可能である。
 さて、どうするか。「安心・安全な居場所づくり」をするには、教室にちゃんとしたルールが息づいていなくてはならない。きちんと定着するルールづくり。それが中心課題になる。4月の最初には、「学校のきまり」や「クラスのルール」を担任は説明する。「これからきちんと守っていきましょう」と子供たちに伝える。ここまでは済まされているであろう。
 問題は、ここから。どうしても必要になるメインのルールがある。たとえば、「授業が始まったらすぐに席に着きましょう」というルール。これはどうだろう?落ち着かなくなっているクラスは、これがうまくいっていない。教師がただうるさく注意するだけで済ませてきたのではないか。
 ルール定着には、ちゃんとした鉄則がある。それは、「確認をきちんとする」ということ。これをおそろかにするから定着しないのである。
 まず、朝の会で、画用紙に「授業が始まったらすぐに席に着きましょう」という目標を書いて提示する。趣旨説明をして、「頑張って守っていきましょう」と呼びかける。低学年は、1時間ごとに「守れた人は立ちましょう」と指示。2時間目から始める。人数確認をして、目標の紙に記入。「2時間目から目標を守れた人がこんなにいました。良いですね。でも、おしい!まだ守れない人がいます。残念!3時間目はがんばってほしい」と。3時間目、また守れた子供たちを起立させて、「ほら、3時間目はこんなに多くの子供たちが守れました。すごい!さすがに2年1組ですね。」とフォロー。中学年以上は、朝の会で目標説明をして、終わりの会で一日の目標確認をすればいい。どの学年でも「おしい、残念」→「すごい、さすが!」を繰り返す。
 このようにして、メインのルールは定着させていくのである。大切なのは、「確認をすること」。このルールづくりは、私が提唱している「目標達成法」に引き継いでいけばいい。この実践は、『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)に詳しい。クラスを初めて受け持った女性の初任者の実践である。彼女は「目標達成法」を駆使しながら、みごとにクラスにルールを定着させていった。
 
 ★ ★ ★

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勝負の1ヶ月が終わろうとしている(2)

 4月いっぱいの1ヶ月で、最初にぜひともやらなくてはならないのは、「学級づくり」である。
 
 どんな状態になっているのがベターなのか。
子供たちが自分たちで学級を動かしていけるようになっていること。

 なっていなければ5月の連休明けに取り組まねばならない。

子供たちが自分たちで学級を動かしていくとは、どのようなことか。
 私の方法は、日直(毎日2人ずつ)をつくって、その日直にその1日を動かしていけるようにすることである。

 もう1つは、学級の仕事を一人一役で振り分けて(クラスの人数分仕事をつくって)、その1人1人にその日一日の仕事をさせていくことである。全員で学級の仕事を果たしていくためである。

 くわしくは、『初任者指導の教科書』(明治図書)のp50「図解で分かる!教室の一日」を参考にしてほしい。

 ★
 なぜ最初に「学級づくり」なのか?
 それは、前回にも書いたことだが、子供たちの多くが教室に求めている安心感を確保するためである。
 これが今「学級づくり」に求められる、最も大事な、最大の課題なのである。
 担任にしかできない。

 安心感が求められる教室とは、どんな状態なのか?

 ①担任が学級をリードしてくれている。
 ②「教室の一日」が子供たち全部に伝わっていて、自分たちで
  スムーズに動いている。
 ③教室でのルールがはっきり明示されていて、みんなで守って
  いけるシステムになっている。
 (このルールづくりは、先ほどの本『初任者指導の教科書』のp68を参考にしてほしい)

 この3つである。
 担任は、この3つに全力を傾けていけばいい。
 4月の1ヶ月で軌道に乗るようにしていくことになる。
 ★
 このことが4月の1ヶ月でできないために、学級が不穏な状態になる。
 そして、6月頃には学級が壊れていく。

 あるY市は、数年前に1年間で辞めた初任者は44名。
 学級崩壊になった初任のクラスは、多分その3倍、4倍になったことであろう。

 学級を最初にきちんとつくらなければ、このような事態が起こってくる。
 とくに、初任者のクラスでは容易に起こる。
 先ほどの3つがきちんとできていないためである。

 まだ4月なのだ。これからでも十分回復ができる。
 頑張ってほしいものである。
 

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勝負の1ヶ月が終わろうとしている(1)

 あと1週間で、「勝負の1ヶ月」が終わってしまう。
 
 さまざまに初任者の様子が伝わってくる。
 問題なのは、初任者ではなく、初任者指導の方になる。
 困ったことである。

 初任者指導の先生たちは、最初から授業の指導をさかんに行う。
 初任者が、まだ学級をつくり得ていないのに、授業だけを事細かく指導しようとする。

 指導の先生は、授業さえうまくできるようにさせれば、学級はうまく軌道に乗っていくと信じて疑っていない。
 自分の初任時代は確かにそうだったのである。
しかし、授業だけはそう簡単にうまくなるはずはない。
 さまざまな試行錯誤が必要である。

 それよりも、「学級をつくる」のが先なのに、そこにまったく考えがいかない。
 そこをちゃんとしないと、今はすぐに学級が崩れていくのに、そこが分かっていない。授業、授業しか頭にない。
 ★
 「学級をつくる」とは、子供たちが、自分たちでクラスを動かしていくようにすることなのである。
 担任は、どんどん後ろへ下がっていって、子供たちがクラスの今日一日を動かしていくのである。

 たとえば、朝自習の時間。
 担任は、まだ教室に来ていないことが多い。
 時間になったら、日直が、教室の前に立って、「朝自習を始めてください!」と呼びかける。そこで、全員は、静かに朝自習を始める。10分間。
 そのうちに、担任は、教室へくる。

 朝自習が終わったら、朝の会になる。
 また、日直が、前に立って「朝の会を始めます!」と声をかける。
 プログラムに沿って、日直からどんどん指示が出る。

 担任は座っていて、最後に日直から「先生、今日の予定をお願いします!」という呼びかけでやっと担任の登場。今日一日の予定を話していく。
 …………

 私が初任者指導で指導した4年生のクラスは、5月からこのようなことがきちんとできるようになっていた。
 4月いっぱいは、マニュアルを作成してやり方を徹底して教えていくのである。

 もうこの時期には、クラス全員に役割(一人一役)が決まっていて、どんどん仕事が進行していく。
 担任は、その仕事具合を見ているだけになる。
 ★
 どうだろうか。
 このように学級は動いているのだろうか。

 ところが、初任者のクラスはこうなっていない。
 
 担任が教室へ行くと、教室中で子供たちが遊んでいる。
 朝自習の時間なのに、机についているのは、2割ぐらいの子供。

 担任は、「朝自習の時間でしょう!何をやっているの!」と叱りつける。

 朝の会になる。
 「ほら、日直さん、前に出てきて朝の会を始めるのでしょう!」と毎日声をかけないと日直は動かない。

 …………
 すべてのことが、担任のかけ声でしか、日直も、子供たちも動かない。
 さらに、日直などを設けていないクラスもあって、担任が日直代わりにすべてをしきっているところもある。
 担任が、教室に仕組みをつくっていないからである。
 
 仕組みとは、子供たちが自分たちで教室を動かしていくシステムなのである。
 ★
 このような仕組みづくりを指導の先生は、最初に初任者と一緒につくらなければならないのに、そんなことをしないで最初から授業、授業で行ってしまう。
 授業の発問とか、単元構成とか、……そんなことばかり指導する。
 初任者の方も、授業をやっておけば良いと考えている。
  
 ひどい指導教官になると、その日の指導案までつくらせる。
 1時間1時間である。

 初任者は、子供たちへの対応で精一杯なのに、そんなひどいことを指導する。
 自分でも初任者の頃にはやったことがないはずである。
 それを初任者に強いる。
 初任者は睡眠をけずって仕上げる。ふらふらになって授業をする。
 1教科で1時間はかかる。指導書にかかりっきりになってパソコンに向かう。
 
 指導教官は善意なのだ。授業さえうまくいけばクラスは大丈夫だと確信している。
 もはや、そんな時代はとっくに過ぎ去っているのに分かっていない。

 こんな指導をされた初任者で、学級崩壊になり、休職に追い込まれた事例を何人も知っている。ひどいことである。
 
 かえって指導教官が、初任者がきちんと育っていくのを阻害しているのである。
 いない方がどれほど良いのにと思ってしまう。
 ★
 なぜ、「学級をつくる」が先なのか?
 
 今子供たちの多くが、学級に求めているのは、「安心感」なのだ。
 学級に来て、安心して机に座っておられるというのが一番良い状態なのである。
 これは担任にしかできない。
 これが最も求められることになっている。 

 安心感がない教室は、担任がいない時には無秩序状態になる。
 やんちゃな子たちが、教室の「空気」を支配する。
 そのうちに、学級崩壊が始まり、弱肉強食の状態になる。
ひどい「いじめ」がはびこり、子供たちは自分がそのターゲットになることを恐れる。

 そうならないために、どうしても「安心感のある学級づくり」が優先される必要がある。

 1週間で、学級の仕組みをつくり、それが機能するように残りの日々で繰り返し徹底する。また、クラスのルールをつくり、そのルールが機能するように動かしていく。

 5月の連休明けには、もう教室は、子供たちが動かしていく。
 そうなっているだろうか。
(つづく)


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値踏みの時間(2)

 どうしても最初にやっておかなくてはならないことがある。
 次の2つ。
 これは、子供たちを担任として動かしていくための基本の基本である。

  ①担任の話を聞かせる約束(ルール)を身に付けさせること。
  ②指示の基本を徹底すること。

 これがちゃんとしていないから、クラスが落ち着かなくなるのである。

 さて、①についてどうするのか。
 
 始まってすぐに指導することがある。

 Aこれから先生や友達が話すときには、黙って話に耳を傾けます。
  おしゃべりをしたり、手いたずらをしたりして、聞いてはいけ 
  ません。

 このような指導は、どの先生でも最初にするはずである。
 ところが、初任者などは、1回指導して終わりにする。
 他にやることがいっぱいあるので、1回指導しておけばいいだろうと思っているわけである。わかっていない。

 次の指導をしなければならない。

 B 今から先生は、大事なことを話しますから、黙って聞きます。
  勝手にしゃべってはいけません。最後まで聞いてから分からない
  ことを質問します。

 当然、途中でぺらぺらしゃべりだす子供がいる。4,5人。
 その子たちには、「最後まで聞いてから質問しなさい!」と注意をする。

 私が担任しているときには、次のことを付け加えておいた。

 C でも、途中でどうしても話したいことが出てきたときは、手を
  挙げなさい。そしたら、その人に当てますから。

 ぺらぺら話し出す子供を意識している。
 この子供たちは、今までの生活習慣で、思ったことをすぐに言葉にしてしまう癖がついてしまっている。
 すぐに、治すことができない。
 その子たち向けに③を出している。
 必ずぺらぺらと話す。悪気はない。無意識なのだ。
 その時は、「ほらAさん、手を挙げなさい!」と注意できる。
 まずは、自分でぺらぺら話していることを自覚させなければならない。

 2,3人は、その習慣が改まることはなかなかない。
 それでも、クラス全体は、話を聞く姿勢ができあがる。
 ★
 次の基本がある。

 ②指示の基本を徹底すること。

 学期最初に、担任が子供たちに投げかけることは、ほとんどこの「指示」の言葉。
 「廊下に並びましょう!」
 「ロッカーを整頓しなさい!」
 「算数のノートをしまいます!」
 …………
 ただ、忙しいために、指示が出されても、その「確認」をしない。
 出しっぱなしである。
 子供たちは、次から次に出される指示に戸惑う。
 そのうちに、「先生が言うことはテキトウに聞いておけばいいや!」となる。 

  「指示―確認―フォロー」という原則がある。

 「廊下に並びましょう」という指示を出したら、担任は、きちんと並んでいるのか「確認」をしなければならない。
 並ばないでうろうろしていたら、「Aさん、きちんと並びましょう!」と注意しなければならない。
 これが確認。
 そして、「フォロー」が付け加えられたら、ますます良い。

 ところが、現在初任者指導をしている先生に聞いたら、確認まではすぐにできるようになるらしいが、この「フォロー」がなかなか出せない。
 余裕がないのである。

 フォローとは、ほめたり、認めたり、励ましたりすること。あるいは、否定したり、叱ったりする場合も出てくる。

 このフォローを自在に使えるようになれば、1つ上のレベルに上がることができる。
私は、子供たちの活動や発言などに対して、即座にフォローできる言葉を身に付けておきたいと勧めている。

 たとえば、私はSWIM話法と言う。

 S……すごい、すばらしい、さすが、その調子
 W……わかる
 I ……いいね
 M……みごとだね

 この程度の、みじかいフォローは即座に出して、子供たちの活動を認めていくようにしたい。


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値踏みの時間(1)

「値踏みの時間」というのがある。
 始業式から1週間。
何を値踏みするのか。
 子供たちが担任を値踏みするのである。

 この1週間は、子供たちは比較的おとなしめにしている。
 2,3人のやんちゃだけが賑やかだが……。

 初任者は、情報で、今子供たちが大変だと脅かされているので、すっかり安心する。
「良い子供たちで良かった!おとなしい子供たちばかりを配置してもらっているのだな。」と。

 値踏みをされていることを分かっていない。
 1週間は、「この担任は、どんなタイプだろうか?」「我々にどのように対応するのだろうか?」「給食はどうするのか?」「宿題はどうだろうか?」……さまざまな値踏みをしている。

 この時間はおとなしめと言ったが、ただ質問だけは頻繁になされる。
 「先生、今日ちょっと具合が悪いので給食は残していいですか?」
 「野菜が苦手なので、残していいですか?」
 「宿題を忘れたんですが、どうすればいいですか?」
 …………
 ★
 学校は、2週間目を迎えている。
 さて、子供たちは、そろそろ値踏みが終わって、動き始めているのではないだろうか。
 賑やかになってきている。
 「おとなしめだったはずなんだが……」と。
 ★
 値踏みされている時間に、反対に担任がやっておかなくてはならないことがあったのである。
 もちろん、1週間で学級の仕組みをつくることは必須の課題である。

 きわめて基本的なこと2つ。

  ①担任の話を聞かせる約束(ルール)を身に付けさせること。
  ②指示の基本を徹底すること。

 クラスとして動き出すためには、まず①が必要、そして②が必須。

 ①は、担任の話をきちんと聞くルールが身についていなければちゃんと動けないわけである。
 また、ほとんどの動き始めは、担任の②の指示から始まる。

 初任者は、これがいい加減になるから、クラスが落ち着かなくなるのである。
 ★
 5月になって、初任者から次のような質問を受けることが数多くなる。

 「子供たちがいつもざわざわしていて、落ち着きません。注意をすれば、その場はなんとかなるのですが、また同じようになってしまいます。だから、しょっちゅう叱っている状態になります。どうしたらいいんでしょうか?」

 これは、先ほどの①、②を最初にきちんとやっておかなかったことから起こっている。
 
 子供たちは、集まればすぐにおしゃべりをしたり、手いたずらをしたりして、落ち着かないもの。
 これが子供たち本来の自然のエネルギーなのである。

 しかし、この状態をそのままにして、ルール化できない場合が先の状態。

 まだまだクラスは始まったばかり。
 ①、②の手立てをやり直すことから始めなくてはならない。
 それは、次回に書きたい。
                  (つづく)
 

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つれづれなるままに~初任者研修に出かけています~

●愛知県の小牧市に行った。3月29日。
 初任者研修のためである。
 新幹線で名古屋まで行き、名鉄で岩倉まで行く。
 ここに迎えに来てもらう。
 かなり時間があった。
 
 岩倉を下りたら、ぞろぞろと連なる人たちがいる。
 「きっと桜だな!」と思い、ついて行く。

 やはり、桜の名所である。
 五条川。桜名所100選に選ばれているところ。
 初めて、こんな素晴らしい桜名所を見物する。 

その後、13:30に迎えに来てもらい、初任者研修の場所の小牧市役所に行く。
 もうこの小牧市の初任研に来るようになって15年ばかり(昨年は中止になったが)。
赴任前研修を始めたところであり、今ではそれが全国に広がっている。

 2時間たっぷりと初任者の先生たちに訴える。

 「今日聞くことは、みなさんが初めて聞くことばかりだと思われます。
  私の話を聞いて、始業式までの時間に準備をしてもらいたい!」と。

 私の話を聞く、聞かないでは、これからの子供たちとの出会いは大きく違ってくるはずである。

●神奈川県の厚木市に行く。厚木教育委員会の初任者研修。
 4月2日。
 5日の始業式までに、3(土),4(日)の2日しかない。
 50人程度の初任者である。

 教育長の話のあとに、私が2時間話をする。

 ここでも必死に初任の先生たちに訴える。
 心の準備をしてもらいたいのである。
 
 「良いクラスをつくろうと思わないでいい!」
 「多くの先生が、担任の先生への憧れで先生になったという人がいます。
  そうすると、その憧れの先生のクラスと、自分の今のクラスを比べて
  悲惨な気持ちになる場合があります。
  比べることはありません。その憧れの担任の先生だって、初任の頃は
  うまくクラスをつくれなかったかもしれないわけですから。
  この1年間は、必死にもがいて、凌いでいくということでいいのです。
  2年目からは見通しができてきます。」
 
●前回のブログで、変異株のコロナウィルスで第4波がやってくることを書いたが、こんなに早くやってくるとは驚くばかりである。

 すでに関西は、大阪、兵庫が第4波になっている。
 関東も、じわじわと陽性者が上がり始めている。

 どのくらいの規模に第4波がなってくるのかは、今のところは見当が付かない状態であろう。

 まさか2年越しでコロナが猛威を振るうなんて誰も予想できなかったであろう。
 そして、これがどのように終息を迎えるのかも、まったく予想がつかない状態である。 

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つれづれなるままに~初任者研修がありました~

●サンデーモーニングという番組で、オリンピックの意義について話題にしていた。
 何のためにオリンピックを開くのか。
 それが分からなくなっているのである。

 もうすでに世界の70%以上がオリンピックを開くことについて否定的である。
 日本でも、7割の人が中止か延期をアンケートしている。

 聖火リレーが始まったが、盛り上がらない。
 意義が分からないのである。

 復興五輪というテーマはもうすでになくなっている。
 また、人類がコロナ禍を克服した証として開くという意義も、世界は変種株に犯されている現状では克服も何もないではないか。

 日本もまたこれから変種株の第4波が襲ってくることが現実味をおびえているではないか。

このままでオリンピックを開くというなら、日本の国民体育大会に外国選手が参加するということぐらいでしかない。
 それをやろうということである。

 私は最初から中止を早めに決断すればいいと考えていたが、そうならない状況で進んでいきそうである。

●3月26日に、神奈川県海老名市の初任者研修会に行く。
 昨年も、この26日に開催された。
 ほとんどが中止になる中での決断であった。
 
 教育長は、この初任研は「不要不急の研修ではない!」と言われている。
 ぜひとも必要なのだ、と。
しかも、赴任前研修として行われている。

 私の話を初任者に聞かせて、始まるまでに10日間の準備期間があるわけである。その準備の時間を取ろうという試み。

 私も初任者に「今日話をすることは、ほとんどが初めて聞くことです。今日の話を聞いて、あと10日間で心の準備を含めて準備をしてください!」と話し始めた。

 初任者にとって(とくに担任をする初任者にとって)、いくつかのハードルがある。
 初任者は、そのハードルがハードルだと意識しないままに進めてしまう。
 そこで失敗をしてしまう。

 その失敗を避けさせなければならない。
 もちろん、きちんと実践できなければどうにもならない課題だが、まずそのハードルを意識させることが大きな課題である。

 そこが最初の初任者研修の意義だと、私は感じている。

●以前のブログでも話題にしたのだが、教師も子供たちも、互いにマスクをして授業をしていることについてである。

 もう1年間ずっと、こういうことになっている。
 何が問題なのか。

 子供たちと「関係づくり」をするとき、教師は、「ことば」と「表情」しかない。
 ことばに表情を伴って、子供たちにことばを届ける。

 これがマスクで共に覆われているので、子供たちは教師がどんな表情でしゃべっているのか分からない、教師も子供たちがどんな表情で受け取っているか分からないのである。

 だから、ことばだけが教室空間を浮遊しているのではないか。

 その結果、「関係づくり」がうまくいかなくなっている。
 子供たちとの関係がうまくつくれないので、学級がまとまらない。

 ただ、コロナ禍が終わったとしても、クラスの半数ぐらいはずっとマスクを付け続けるのではないだろうか。
 私は、そのように予想している。
 もう子供たちは、マスクを付けている方が安心感が増すと思っているのではないだろうか。

 教師にとっては、困った事態である。
 以前にも増してむずかしい「関係づくり」が強いられる。
 どうしたものか、と思っていた。

 ふと思ったのだが、経営コンサルタントの神田昌典さんから毎日このような動画を送られてくる。
 この動画を見ながら、このように手を動かしたらどうだろうか、と思ったのである。
 
 youtu.be/nhVRZEEfwfQ

 神田さんはマスクをしていない。
 でも、このように言葉を発すると同時に、さまざまな手の動きを付け加えられる。
 このように表情の替わりに、この手の動作を付け加えて、言葉を発していったらどうだろうか、と思ったわけである。
 確実に、ただ突っ立ったままで「ことば」を発するよりも、より子供たちへ言葉は伝わっていくのではないだろうか。
 どうだろうか。

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業務連絡です!

資料をさしあげますというブログを出しましたところ、たくさんの方が応募されました。
ありがとうございました。
ところが、送る段階で枚数が多いために3回に分けて送ったりしているので、送り忘れが
あるということで数人の方から連絡がありました。
資料が届いていない方、面倒でももう一度連絡をお願いします。

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«もう一度、資料をさしあげます!